1.婚約を解消してください
当て馬とは可哀想な存在である。
どれだけヒロインの理解者であろうとも、どれだけヒロインに尽くそうとも。主人公たちの恋を実らせるためだけの装置でしかない。
イケメンにして、地位もそれなり。おそらく、結婚相手としてはヒーローより当て馬のほうが、理に適う場合がある。
とはいえ、当て馬は所詮当て馬であるが故、絶対に報われないのだ。
果たしてこれが許せるか。否、わたしは許せない。
何故ならば、当て馬のほうが、容姿も性格も好みのことが多いからだ。
最近ハマっている小説も、当て馬であるギデオン派。優しくて包容力があり、少しお茶目なところが可愛くて仕方がない。
しかし、ヒロインはヒーローと結ばれる運命。決まった世界線では、ギデオンに救いはないのである。
推しを幸せにできずして、ギデオン担を名乗れるか。そう、わたしは彼を幸せにするべく、この地へ来たのだろう。
「というわけですので、婚約解消をしていただきたく」
「なにが『というわけ』だ。まったくわからん、ちゃんと説明しろ」
目の前で眉間に皺を寄せている男こそ、ヒーローのアルベルト・ライトニングだ。青みがかった黒髪に、金色の瞳。肌も綺麗だし、顔立ちも申し分ない。ヒーローの名に相応しいイケメンである。
どうしてアルベルトと会話をしているのだろう。わたしのほうが聴きたい。
いつものように、『花を散らす獣たち』を読んで寝落ちしたと思ったら……あら不思議。聞き覚えのある名を呼ばれて、ハッとなったものだ。
鏡を見れば、また不思議発見。なんとアルベルトから婚約を解消をされる脇の脇の脇役だった。
放っておいても1年後に婚約はなくなるが、正直に言って1年もアルベルトの顔を見るならギデオンの追っかけをしていたい。
夢かと思って目覚めを期待していたけれど、3日経っても目覚めません。どうしましょう。夢でないのなら、絶対に居るはずの、呼吸をしているギデオンに会いに行かなくては。諦めてギデオンに会いに行こう。というわけだ。
「わたしたち、魔力の相性が良いというだけで婚約をしたじゃないですか」
「それが王家の血を継ぐ者の習わしだからな」
腕を組み、話す姿は他人事のよう。けれど、さすが次期公爵家当主にしてヒーロー。座っているだけで様になる。
ふと、前髪から覗く金色の瞳が眇められた。あまりにも凝視してくるから、貴族に擬態するのも容易じゃない。
「好きでもない女と子作りできるとは思えませんが」
ソーサーにカップを戻しつつ、そっと呟く。すると、ソファーへ凭れたアルベルトが、こちらをじっと見つめたのち、そっぽを向いた。
「確かに、興味がないな」
アルベルトの言葉が重石となってのしかかる。わたしに向けた言葉でなくても、今は自分がアルベルトの婚約者だ。
きっと、胸の奥を燻る違和感は、この子のものだろう。身体を借りている身としては、わたし自身も幸せにならなくては申し訳が立たない。
「だが、そう簡単な話では」
「いいえ、結構。わたしは忙しいので失礼しますわ。Adiós!」
「ああ……は? アディって誰……いや待て、まだ話が……っ、雄とはどういうことだ!」
◇◇◇
綺麗事を言うつもりもなければ、善人でもない。物語を盛り上げるため、当て馬も脇役の存在も理解している。
たとえ、1行で退場してしまうキャラクターだって、大切な役目だから。
人は運命という言葉に弱い。レティーツィアは、アルベルトとヒロインを、”運命”で結ばれたと強調するためだけの装置だった。
深い紫色の長い髪に、黒曜石のような黒い瞳。美しい見た目だが、ヒロインじゃない故に彼女は選ばれない。
決められた枠の中で、勝ち目のない戦をさせられているのである。
……可哀想なギデオン。あんなに優しい男が捨てられるなんて、わたしは耐えられない。
おそらく、今は物語がはじまったばかり。ギデオンが居そうな場所を巡ってみたが、1週間ぐるぐるしていただけで、まったく会えなかった。
「もしかして……わたしが、接点のない脇役だから……!?」
街の真ん中で、頭を抱えて崩れ落ちそうだ。
ギデオンに会いたい。現物はどんなに美形で、高身長で、髪が柔らかいのか。睫毛も長くて、程良く筋肉質な身体なんだろう。エメラルドグリーンの瞳に見つめられたら、それだけで心肺停止に違いない。だが、本望である。
なのに、1週間ずっと、ずっと、ずっっっっと。毎日アルベルトに会うのはどうしてなの。
「あの、公子さま……昨日も一昨日も、その前の日も会ったような?」
「そうだな」
「王都には、なにかご用でも……?」
「無いが?」
用もないのに、この人は暇なのか。しかもだ。ただっ広い王都であり得ない遭遇率。まるで、居場所がわかるかのように必ず捕まる。
今日、連れていかれた先はカフェだった。白を基調とした、シンプルでお洒落な空間。わたしたちの間に流れる空気は、全然洒落てない。
縮こまってうつむいていると、アルベルトが口火を切った。
「君は一体、なにをしている?」
「……別に、なにも」
「嘘をつくな、ギデオンを探しているらしいな?」
ぐうの音も出ない。低い声で問い詰められ、ヒリついた視線が肌に突き刺さる。
思えば、ふたりは顔見知りだった。アルベルトは王太子の側近だが、ギデオンは王太子の専属護衛。とはいえ、わたしがギデオンを探しているなんて知らないはずなのに。
「まさか、浮気を疑って」
「それ以外になにがある?」
「わたしたちの間には愛なんてないはずです」
「愛がなければ他の男と逢引しても構わないと?」
ド正論すぎて、項垂れた。まさにヒーロー。欠点がまるで見られない。
今のわたしたちはまだ婚約者同士だ。世間の目を気にして、アルベルトは忠告しているのだろう。
でも、わたしだって考えて行動をしている。貴族は噂に敏感だ。だから、一度もギデオンの名を口にしたことはない。
「ギデオンが、好きなのか?」
固まっていると、鷹揚な声が降ってくる。さっきとは違う。慎重に、確かめるかのようなものだ。
ここで頷いたら、解消してくれるのだろうか。ギデオンに対する想いは、愛情ではない。崇拝なのである。
相手は神であり、崇め奉る存在。目の前にいれば、地に頭をつけて拝み倒しているだろう。
だが、やはり婚約者がいる身は面倒だ。はやく解消してもらうに限る。
わたしは責められる覚悟で、首を縦に振った。
「……そうか」
これは手応えがあった。アルベルトからみても、興味すらない女といつまでも婚約を続ける利点はないはず。
高揚する気持ちを抑えつつ、返事を待った。けれど、耳に届いたのは失笑。
口許を覆ってうつむくアルベルトは、目を細めてわたしを映す。
「わかった。絶対に、婚約は解消しない」




