5 ハヤブサは餌付けが得意
「若い娘? この村にいると思うかい?」
村長が、ガハハと笑う。
「いや、若い娘が五人、行方不明って言われてるんで……」
僕の説明に、『あぁ』と村長が笑いながら言う。
「未婚の女なら六十過ぎてようが、この村じゃ娘と言うのさ」
隼人、僕たち、騙されたっぽいぞ? それとも騙したのは隼人で、僕が騙されたってことか?
「で、若くないと探して貰えないんだ? そんな話は聞いてないぞ」
この時ばかりは怖い顔で村長が言った。
「いえいえ、五人を探すというのがご依頼内容ですから。年齢性別関係ないです」
そうだろう、そうだろう、と村長が満足そうに笑んだ――
風呂のあと、温めた生肉をお犬さまたちは堪能し、僕はホットミルクを飲みながら、それを眺めた。
「朝ごはんはちゃんと食べなよ」
と満が言い
「無茶言うな、隼人がいない」
朔が笑う。
「あ、そっか。バンちゃん、隼人に餌付けされているんだった」
言われたくない言いかたでわざわざ満が言う。僕と隼人の仲を満は以前から妬いている。それでときどき僕に意地悪を言う。
そうさ、僕は隼人以外の血を飲んだことがない。だけどそれを餌付けと言われるのは、少しばかり抵抗がある。そんな僕の気持ちを知っていながら言った満だ。朔が、やめろと満を軽く小突いた。
「僕たちだって隼人に餌付けされたようなもんだ」
朔が遠い目をした。
朔と満が隼人と知り合った時、まだ二人は子どもだった。全部で五匹の兄弟で、母狼に守られていたものがある日、母狼が帰って来なくなった。理由は判らない。五匹の子を養うため、大型の獣――クマとかを襲って返り討ちにあったか、人に捕らえられたか、謝って崖に転落したか……
どちらにしろ幼い狼の兄弟は頼る相手を失って、自分たちで生きていくしかなくなった。
「それからは、必死で逃げ回る日々さ」
気が付くと朔と満、二匹だけになっていた。兄弟の中で一番体が大きかった朔が、一番チビの満を守った。だけど狩りはまだ巧く出来なかった。
腹を減らし、蹲っているところをトビに狙われた。上空から狙いを定めて急降下してくるトビに『もうダメだ』と朔は思ったという。
怯えて縮こまる満の前に立ちふさがった朔が見たのは、自分たちを襲おうとしているトビに突進してきた鳥だった。トビより一回り小さな鳥、ハヤブサは見事にトビを捕らえた。狼の子に気を取られ、自分を襲って来るハヤブサに気付くのが遅れた、それがトビの敗因だろう。
ハヤブサは朔たちの目の前に降りるとトビの息の根を止めて、トビの羽根を毟り始める。
「その隙に逃げるか、それともハヤブサを襲ってトビを横取りするか、迷った」
朔が苦笑する。
すぐに血の匂いがし始めて、満が『くぅん』と鳴いた。すると、ハヤブサが引き千切ったトビの肉を子狼に投げてよこした。
ハヤブサは肉を千切っては投げてくる。それを朔は満に与えた。トビのほとんどを満が食べた。そしてハヤブサは行ってしまった。
残されたトビの骨を満がしゃぶっているうちに、またハヤブサが来た。鍵爪にタヌキを捕らえていて、それを朔の目の前に落とした。そして地上に降りると、姿を人形に変えた。それが隼人だった。
「キミも食べなくてはダメだよ。でないと兄弟を守れない」
と、朔に言った。
満腹になっていた満は警戒することもなく隼人に近寄り、匂いを嗅いでいる。隼人は満を身動きせずに見ているだけだ。
なぜかは判らないけれど大丈夫だと思ったんだ。朔はそう言った。だからタヌキに齧りついた。あのタヌキの味は今も忘れられない……『タヌキを食べながら、朔は泣いてたよ』と満が笑う。
隼人は朔と満に隠れ場所を教えてくれた。そしてそこに毎日何かしらの獲物を持ってきた。
「キミたちは人狼だろう? 人に紛れて生きることもできるし、狼のままで生きることもできる」
自分は人形で、朔と満は狼の姿で、隼人は二匹を抱いて身体を撫でた。親狼なら舐めるんだろうけれどと隼人は言った……朔は言う。隼人は僕たちに食べ物だけじゃなく愛もくれた。
狼として生きるなら狩りができるようにならないとダメだ。でも、ボクは狼の狩りの方法を知らない。自分で考えて工夫するんだ、隼人はそうも言ったらしい。
木の上でハヤブサの姿で見守って、隼人は二匹に狩りをさせた。危険が迫れば隼人も獲物を襲い、二人が仕留めるか逃げるかする手助けをした。
「もう大丈夫、二人一緒なら狼として生きていける。ボクとは今日でお別れだ」
会えないなんてイヤだと泣く満の頭を撫でてから、隼人はハヤブサに姿を変えた。そして二匹の狼のもとに隼人が来ることはなくなった。
大寒波が日本を覆い、山の獣たちを寒さと飢えが襲った年、再び二匹の前に隼人が姿を現す。そして二匹が人間として生きていけるように誘い、朔と満と言う人間の名を付けた。
隼人が人狼の面倒を見ているなんて知らなかった僕は、予告なしに連れ帰ってきた二人の扱いに戸惑ったものだ。
油断すると満は狼の姿で部屋を駆けまわるし、朔はなかなか心を開いてくれず、下手に近寄ると唸り声で威嚇してきた。それでも、隼人が僕を大切にしていることを悟ると、朔も満も僕を仲間と認めてくれた。仲間と認めてくれたけど、隼人の事が大好きな満は隼人の一番が自分じゃない事にはご不満なようで、今でも時どき、僕に突っかかってくる。
朔と満が人間の社会に慣れて衣食住に不自由することがなくなるころ、隼人が日本を出ると言い出し、飛ぶことができない二人は日本に残った。
僕たちに戸籍は当然ない。パスポートが取れないのだから、人間の移動手段は使えない。だけど隼人はハヤブサ、ペレグリンと呼ばる渡り鳥だ。空を飛んでどこにでも行ける。
バンちゃんだけ狡いと満は泣いた。が、小動物に化けられる僕を隼人は運べたけど、成獣になった狼を運ぶのは無理だった。隼人の困り顔に、朔が『僕がいるよ』と満を抱き締め、宥めていた。日本に帰ってきたら必ず連絡すると隼人は約束し、その約束が反故にされたことは一度もない。
でも……満の僕に対する焼きもちはいつまでたっても解消されない。ま、仕方ない、と僕も諦めている。
――村長は予告通り十時に宿舎に来た。食事の後、もうひと眠りしていて、敷きっぱなしの布団に慌てたが『そのままでいいよ』と村長は全く気にせず、ダイニングに行った。そして僕たちは、行方不明の若い女性が一番年下で三十五、年長者は五十手前と知らされる。
「さっそく探して欲しい所なんだけど」
僕が淹れたコーヒーを啜りながら村長が言う。
「今日も大雪だ。村の中を回るのも、東京から来た人には骨が折れるだろうなぁ」
今日もゆっくりしてていいよ、と続く。なるほど、敷きっぱなしの布団で寝ていていいよとでも言いたいのだろう。
「料金はもちろん払う。成功報酬プラス日数って聞いているよ。ニイちゃんたちにとっても、悪い話じゃないだろう?」
時間もまだまだあるんだから焦ることはないと言う。せっつく依頼主は多い。しかし、焦るなと言うのは珍しい。違和感マックスだ。
朔となんとなく顔を見交わしていると、
「それじゃ、押し入れの炬燵、使っていい?」
満が村長に尋ねた。
「あぁ、いいよ。炬燵なんて知っているんだね」
村長が答えた。炬燵くらい知っているだろ、普通。
んじゃ、帰るわ。明日の同じ時間にまた来るよ……今日は長居せず、さっさと村長は帰って行った。
「あったかぁい~」
村長がいなくなると、珍しく満が自分で炬燵を引っ張り出した。炬燵で丸くなるのは猫に限った事ではないらしい。
ちなみに僕たちの宿舎はダイニングキッチンのほかに、襖で隔てられた八畳の和室が二間、片方には立派な床柱の床の間もある。更に広縁があって、硝子戸の向こうには濡縁もある。
外観と居室は純和風で、ダイニングキッチンの向こうにある風呂場からは庭のプールに出られる、なんとも贅沢な作りだ。別荘だったのかもしれない。
と、朔が
「……眷属の匂いがする」
ポツリと言って、炬燵布団をクンクン嗅いだ。
「やっぱ? 気のせいじゃなかったか」
満足そうな顔をするのは満だ。
「かなり消臭したみたいだけど残ってるよね」
「よく気が付いたな」
朔の言葉に、
「昨夜、布団を敷くのに押し入れ開けた時から気付いていたけど酔ってたし、気のせいかなと思って。朔は起きてくれないから、確かめようもなかった」
と満が答える。ってことは、昨夜、布団を敷いてくれたのは満だったんだ……
「昔はこの村にも飼い犬がいたってことかな?」
満の疑問に『どうだろうね?』と、朔がイヤそうな顔で、半ば否定した。




