13 貪欲の釜(グリード・ケルン)
数歩歩いただけで力つき黒い床の上に崩れ落ちた。
そこに小さな悪魔コノマがフワっと飛んできながら、ふかふかの身体を揺らして背の上に乗ってきた。
「ふふふ。数歩は歩けたのか。一歩も歩けないと思ったけど、初めてにしてはお主も頑張った方だな」
コノマは小馬鹿にしているかのようにニヤッと笑いながら言った。
魔力による重力がなくなり、体がふっと軽くなる。
くるっと仰向けになると、それに合わせてコノマも胸の上に乗ってきた。
「だが、休息は無価値だ。ご主人様は待ってくれないぞ」
コノマは胸の上で小さな尻尾を振りながら訓練場の壁を指差した。
「さあ、立つのだっ!わっち様が次の説明をしてやろう」
重力が解かれているため、即座に壁まで移動し、コノマは顔の周りを飛びながら説明を続けた。
「魔力の重力発生している時、壁に黄金の筋ができているのに気づいたか?」
うん。
黄金の筋が脈動しているのがわかった。
「ちゃんと見ていたようだな。あれはこの部屋の魔力回路だ。元々この部屋には高密度の魔力で溢れていて、その魔力が重力としてお主にのしかかってくる。それだけではなく、感じたと思うが針のようにお主の魔力回路を突き刺してくるだろう。お主がこれに耐えれば耐えるだけどんどん壁の魔力回路は大きくなっていく。お主はこの魔力回路を金色の奔流に変える勢いで起動させるようにするのだ。部屋に入る時にも言ったが、この部屋は貪欲の釜という。ご主人様の強欲そのものを具現化した部屋だとでも言っていい。この釜に投入されたものを煮溶かし、最も純粋な価値だけを抽出するための巨大な魔力の炉を意味するんだ」
なるほど、確かに貪欲の釜という名前に相応しい部屋だな。
それに耐えれば耐えるだけどんどん重力は増していくってことか。
肉体と魔力を基礎から鍛えるにはうってつけだが、ずっと続けるのはきついな。
「そういうことだ。この訓練でお主の肉体は魔力によって焼かれ、そして強化される。これは献身の焼印という肉体的で魔力的な訓練だ。よし、大体は説明したからまた再開するぞ」
魔力で肉体を焼け。捧げろ。この肉体を、あの笑顔に相応しい価値のある器に作り変えろ!
ズンッ!
訓練が始まった直後、再度激しい灼熱の痛覚が、指先から心臓へと直結する。
体内の魔力回路が悲鳴をあげ、まるで熱せられた鉄のように赤く発光しているかのようだ。
「グオおおお!!」
痛みに耐えるように叫び声を出すが、数歩目で崩れ落ちてしまう。
「また数歩で崩れ落ちたな。このままだとお主は無価値だぞ。ご主人様に熱意で示すのだ!」
コノマは楽しそうに、背中を小さな足で突いてくる。
激痛の中、拳を握り締め立ち上がる。
肉体は激痛と重力で痙攣し、意識は飛びそうになるが、脳裏には常にアワリティアの満面の笑顔があった。
この愛が、この修行を耐え抜く狂気的な原動力だった。
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何日、何ヶ月経ったかわからない。
食事も睡眠も必要のないこの体でずっと貪欲の釜で生活をしてきた。
身体の限界を超えた激痛と灼熱の訓練を繰り返し、屍食鬼の肉体は以前とは比べ物にならないほど引き締まり、血管の奥には金色の微細な魔力が静かに宿っていた。
貪食の釜から出ると待っていたのは、ふかふかの身体を揺らす小さな悪魔のコノマだ。
コノマの赤い瞳は、全身を舐めるかのように下から上まで見つめ、愉悦に満ちた声をあげる。
「ふふふ、見事だよ。献身の焼印の訓練は身を結んだようだ」
コノマはピョンと跳ね、顔の高さまで飛び上がると、小さな手が握りしめていた一つのものを差し出した。
それは、鮮血のように濃く、不気味な液体に満たされた小さなガラスの瓶だった。
瓶の栓には、銀色の細工が施されており、紋章が刻まれていた。
魔王アワリティアの紋章なのだろうか。
「ご主人様からの餞別だ。ありがたく思えよ」
なんだこれは。
回復薬的なポーションなのだろうか。
「お主が使っている屍食鬼の体は進化に必要な条件を満たしている。お主の無価値な屍食鬼の肉体から価値ある肉体へと進化するための材料だ」
コノマは、その瓶の中身が持つ意味を楽しげに囁いた。
「中身は、血統転換薬だ。これを飲めば、お主の醜い屍食鬼の血は、ヴァンパイアの混血へと上書きされ進化する」
ダンピール。
転生前にも漫画やゲームでも見たことがある。
ヴァンパイアのハーフとも言われていて、吸血鬼ハンターとかとして登場していた気がする。
この赤い液体が、貪欲の釜で自分の命と引き換えに捧げた苦痛の全ての結晶だ。
この進化がさらなるアワリティアへの支配を意味するんだろうな。
だけど、アワリティアからの贈り物だ。
嬉しさ半分、恐ろしさ半分だな。
考えても仕方がない。
最強になるためには、必要なものだ。
感謝と狂気に満ちた眼差しで、その瓶を見つめコノマから受け取った。
理性の囁きは、この進化が自身の自由と命をより強固な鎖で魔王に捧げることを意味すると警告していた。
「さあ、さあ。とっとと飲め。無価値な屍食鬼の時間はもう終わりだ」
コノマは、小さな翼で宙に浮きながら、扇動するように急かしてくる。
銀細工の栓を開け、魅惑的な匂いを放つその液体を一気に喉の奥へ流し込んだ。




