12 小さな悪魔
アワリティアが去り、部屋を見て回ることにした。
どの部屋も蛍光灯など明かりの類は見当たらないが、魔法なのだろうか僅かに温かみは感じるし、どこから光が出ているかわからないが明るい。
何ヶ所も部屋はあるが、鍵がかけてあるのか開かない部屋もいくつかあった。
寝室に暖炉やソファなどが置いてあるリビングにキッチンにトイレなどあったが、寝ないしご飯も必要ない俺にとっては必要ない部屋も多かった。
嬉しいのは、お風呂だ。
この世界にきて一度も風呂に入っていないし、屍食鬼ということもあり臭いのではなかろうか。
今更、こんな状態でアワリティアと話していたと思うと恥ずかしくなってきた。
アワリティアが言っていた魔導書が置いてある書斎や訓練場などもあった。
一通り部屋をみて回った後、タラスクことシャドウドラゴンが見える部屋に戻ってきて、とりあえず風呂でも入ろうかなと思った時に背後に気配を感じた。
「探索は終わったか?」
即座に振り返り臨戦体制に入ろうとする。
「遅い!」
バチンっ!と頭を引っ叩かれる。
目の前には小さな影が見える。
その生物は、小さかった。
身長は、成人男性の頭二つ分だろうか。
ふかふかとした黒い毛並みに覆われていて、小さな体は二頭身という愛らしい比率をしていた。
額には短いツノが生え、小さな翼と尻尾がピコピコと揺れている。
しかし、その顔は紛れもなく悪魔そのものであり、瞳はアワリティアと同じ鮮血のような赤色をしている。
その見た目は、悪魔的な可愛らしさと、どこか意地の悪そうな目つきを併せ持っていた。
「ふふふ……。わっち様の名前はコノマ様だ!」
小さな悪魔は、アワリティアの優雅さを真似しているのだろうか、片側の翼で身体を覆いどこか稚拙だが耳に残るような声で名乗った。
「わっち様のご主人様が、お主には案内人が必要と言っていたのだ!」
コノマはピョンと跳ねると、足元をチョロチョロと動き出した。
その仕草は小動物のように可愛らしいが、赤い瞳は楽しげに見つめている。
なんだこの生物は、可愛いな。
まるで反射のように、手がコノマに伸びていく。
よーしよしよしと触ってみると、なんだこの触りごごちは!
ふかふかな毛に手がスポッと埋まって気持ち良すぎる。
予想以上の柔らかさと弾力。
「んふふふふ。もふもふだろう!わっち様の毛並みはご主人様の寵愛の証なのだっ!ってちがーう!いつまでもふもふしてるのだ!もふもふするもをやめろっ」
ああー、俺のもふもふがタイムがー。
コノマは手を振り払い、パタパタと翼を羽ばたかせながら目の前を飛んでいる。
見ているだけでも可愛いな。
「お主はこんなことしてていいのか!ご主人様に強くなることを伝えたんだろっ」
そうだった。
この最強のもふもふに釘付けになっていた。
危ない危ない。
驚異的な精神魔法だ。
「精神魔法なわけないだろっ。バカなのか!」
コノマも考えていることがわかるのか。
「ふふふ、わっち様すごいだろ!ご主人様同様お主の考えていることはわかるぞ!」
えっへんとパタパタ飛びながら、両手を腰に当て決めポーズをしている。
可愛くてまたもふりタイムに入りそうになるのをグッと抑える。
「わっち様も魔法は使えるし、ここの訓練所の説明などもしてやろう」
コノマが背を向け先導し始め、ふわふわと飛びながら訓練所の前まで行く。
「ここは貪欲の釜という訓練所だ。肉体的、魔力的訓練を行うところなのだ。まあ、説明するよりも試した方が早い。ちょいと入ってみろ。」
訓練所に足を踏み入れる。
広大な部屋でありながら、一切の自然的な要素を排除したかのような人工的空間に感じる。
床、壁、高い天井に至るまで、光を吸収するかのような黒色の黒曜石みたいなものでできている。
空気は重く冷たい。
室温そのものが低いのではなく、魔力の濃度が高すぎるために冷たく感じるのだろう。
「じゃあ、軽く始めてみるぞ」
コノマがその一言を言った瞬間、容赦なく魔力が叩きつけられる。
通常の重力が数倍にも増幅されたのか、質量を持った圧力が身体の隅々まで食い込んでくるような感じがある。
「そのまま動いてみろ」
一歩踏み出してみるも、その一歩を踏み出すだけでも、岩を背負っているかのような激痛だ。
コノマが肉体的だけではなく、魔力的訓練と言った意味が今わかった。
全身の毛穴から、高密度すぎる魔力が針のように刺さり込み、体内の魔力回路を強制的に焼き切ろうとしてくる。
ぐっ……!
空間全体に魔力が満ちているように感じる。
激痛で膝を折る直前に、震える手で黒縁のメガネを押し上げる。
装着しているから重さは感じないはずなのに、メガネを押しあげる行為ですら重く感じる。
壁面を見てみると、無数の黄金の筋が走っている。
部屋に入った瞬間はなかったため、装飾ではなくこの空間全体を支配する魔力循環路なのだろう。
これらの筋は常に微かに脈動している。
この部屋も光源は見当たらないが、天井からは淡く赤みががかった光が降り注いでいる。
赤い光がアワリティアの瞳と同じ色なため、いつでもお主を見ているぞと思わせるような光の色をしていた。
この負荷に耐えきれれば、この肉体は強欲の魔王にふさわしい価値を持つ……!
心臓を突き動かすのは、「代償として最も価値あるものを奪われる恐怖」と、「あの満面の笑顔を再び見たい」という、破滅的な愛の渇望だった。
激痛が理性を焼き切ろうとするたびに、アワリティアの笑顔を思い出す。
その笑顔は、地獄の業火のように彼の魔力炉を焼き、もっと欲しがれ、もっと価値を積み上げろと囁く、狂気的な原動力となった。
全身から汗と血が滲むのを感じながら、訓練場の中心へと向かって、狂気的な一歩を踏み出した。




