現代版「ごんぎつね」
昔、村の近くの山の中に「ごん狐」という狐がいました。
ごんは一人ぼっちの小狐で、森の赤に穴を掘って住んでいました。なぜ一人ぼっちかというと、ごんは両親に捨てられてしまったからで、決して自らの意思で一人ぼっちになったわけではないのです。
ごんは昼も夜も、あたりの村へ出てきて、いたずらばかりしました。畑へ入って芋を掘り散らかしたり、菜種が干してあるところへ火をつけたり、百姓家の裏手にある唐辛子をむしり取ったりといろいろなことをしました。
両親がおらず、また友人もいないごんは、こうすることでしか人とのかかわり方を知らず、この行動は誰かにかまってほしいという願いの表れでした。
ある日ごんは、村の若い男性である兵十に出会いました。兵十は川でうなぎやきすを捕まえていました。
兵十が魚を入れた袋を置いて川上のほうに向かっていったとき、ごんはいたずらをしてやろうと思いました。袋を開き、中の魚をつまみ出しては川にぽんぽん投げ込みました。
最後に太いウナギを掴みにかかりましたが、何しろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。ごんはじれったくなってうなぎの頭を口にくわえると、うなぎはゴンの首へ巻き付けました。
そのとたんに兵十が向こうから、
「うわあ、ぬすと狐め」とどなりたてました。ごんはびっくりしてうなぎを振り捨て逃げようとしましたが、うなぎはごんの首に巻き付いたまま離れません。ごんはそのまま逃げようとしましたが、兵十が切羽詰まった表情でこう言いました。
「そのうなぎはおっ母が食べたいと言っていたうなぎなんだ。だからそれだけは返してはくれないかい」
ごんはそれを聞いても逃げ続けようとする心持はありませんでした。親がいないごんだからこそ、親のいない孤独感は誰よりも知っていたのです。
「それは本当か。ならわしは兵十とそのおっ母に謝らねば。どうか二人の家に連れてくれないか」
そうしてごんと兵十はうなぎを一匹もって村に帰りました。
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兵十の家に着くと、兵十はすぐさま部屋の隅で床に床についているおっ母のもとに向かい、
「おっ母、約束通りうなぎを持ってきたよ。道中いざこざがあってそこのごんとかいうぬすと狐に盗られそうになったけども」と言いました。兵十はごんのことを許してはいなかったのです。
おっ母は目を開き、兵十にお礼を言うとごんのほうに目を向け、
「ごんは何しにうちに来たんだい」と言いました。ごんにはその目が濁りなき慈愛に満ちているように見え、正直に答えました。
「兵十のおっ母が床についてると知らず、おっ母が欲しがっていた魚を逃がしてしまった。ちょっとしたいたずらのつもりだった。どうか許してほしい」
ごんがそういうと、兵十が壁に掛けてあった火縄銃に手をかけ、
「おっ母、ごんは今までも村でいろんないたずらをして皆を困らせていたんだ。ここで殺しちまったほうがいいんでねえか」と言いました。
ごんはそれを粛々とした態度で聞いていました。兵十の言う通りごんは、これまでいろんないたずらをしてきましたが、今回のいたずらは人の親を奪ってしまうかもしれない行為でした。それに気づいたごんはどんな罰も受けるつもりでした。
しかしおっ母は兵十とごんにこう言いました。
「兵十、何でもかんでも暴力で解決しようとするのは悪いことだ。ごんは確かに今まで悪いことをしてきたかもしれないが、まだやり直せる。ごん、あなたは今まで行ってきたことを反省して、これから人のために行動できる?」
ごんは力強く頷きました。この時ごんは初めて誰かに必要とされたのでした。
それからごんは兵十の家、そして村のために働くようになりました。兵十の家に毎日くりや川で捕った魚を渡しに行き、村では畑の整地を手伝ったり、作物を育てました。
兵十のおっ母も元気になり、物事がいい方向に傾いていきましたが、ある日事件が起きました。兵十の家の畑が何者かに荒らされていたのです。
兵十はいまだにごんのことを許せていませんでした。いくら反省しようと過去に行ったことがなくなるわけではない、また元気になったおっ母と親しげに話してることも兵十の癇に障りました。
兵十はごんを犯人と決めつけ、おっ母には内緒で村への立ち入りを禁じました。次戻ってきたときには今度こそ討とうとも思っていました。
実際、ごんが来なくなって10日間が過ぎても畑は荒らされなかったのですから、より一層ごんが犯人だと思い込むようになりました。
ある月の晩、兵十は外からかすかに聞こえてくる異音に目を覚ましました。窓からのぞくと狐の影が見えるではないですか。
やはりごんが犯人だったのだな。
「ようし。」
兵十は火縄銃をとって、火薬を詰めました。
そして足音を忍ばせて銃を思い切り陰に向けました。月明かりに照らされてその影は正体を現しました。こちらに背を向けているそれはたしかにごんでしたが、体は傷つきぼろぼろの状態でした。するとごんの肩越しに何者かが逃げていくのが見えました。
兵十は火縄銃を構えましたが、すぐに下ろしごんに駆け寄りその体を支えました。
「ごん、お前だったのか。畑荒らしから守ってくれていたのは」
ごんは無言でうなづきました。
兵十はこの時やっとごんを許すことができたのです。