徹夜明け
三題噺もどき―ろっぴゃくさんじゅうよん。
「……ん」
ギシ―とベッドの軋む音がした。
横を向いていたせいか、左肩が痛い。枕を使っていないせいなのだろうか。あまり好きではないのだ……。ちょうどいい枕というものに出会っていないだけだろうけど。そんな運命的な枕なんてそう簡単に見つかるわけはないし。
「……」
運命的な枕ってなんだろうな……。
思考が上手く回っていない気がする。寝起きは割といいつもりではあるが、今日はどうにも鈍いようだ。ほんの少し頭痛すらしている。視界も少しぼやけている。
時間を確認したかったが、針の音が聞こえるだけだ。
「……」
昨日は。
何をしてたのだったか……。
「……」
いつも通りに、起きて、暗くなる街を眺めて、風呂に入って朝食を食べて。
部屋に戻ったら、連絡が来ていて……。
アイツに言われて休憩をしつつ、仕事をして。寝る直前までやっていて……。
それが、緊急のモノで明後日までにという締め切りだったわけで。
「―――!!」
思わず、ガバ―!という効果音が聞こえるほどに、跳び起きてしまった。
そうだった。こんなのんびり眠っている暇はないのだ。
スリープ状態になっていたパソコンは、マウスを少し動かすだけで電源が入る。
表示された画面には、緊急の仕事というやつが写っている。
「……」
昨日の寝る直前の記憶が曖昧なので、終わっていたかどうかわからなくて飛び起きたが……。昨日の私はよく頑張ったようだ。スクロールしていくと、あとはあちらにデータを送るだけという状態にまでなっていた。
之なら、今送ってしまってもいいだろう。とりあえず、軽く確認をして送るとしよう。
締め切りにはあと一日あるが、再度変更というのもあり得るので、さっさと送ってしまおう。
「……」
起きてそうそう仕事のことを考えるのはあまり好きではないし、パソコンの画面を見ているのも嫌ではあるが、仕方ない。仕事だから……。頭痛が悪化しそうなので、早々に画面を閉じる。とりあえずは、一件落着である。
「……ふぅ」
思わず漏れた溜息と共に、体の力がどっと抜ける。
そういえば、布団に入った記憶がないのだと思いだす。昨日は夕食を取ってからもパソコンに向かっていたのだけど……。風呂に入った後ではあったから、寝間着ではあるが。
「あ、おはようございます」
聞き慣れたその声と共に、廊下からドアが開かれる。
立っていたのは、エプロンをして、手元にたたまれた洗濯物を持っている小柄な私の従者である。いつまでたってもノックを覚えない。
「おはよう」
「昨日は寝落ちしてましたよ」
そういいながら、タンスの中に服を直していく。
……なるほど。ベッドまで運んでくれたのはコイツだったか。どうりで記憶がないわけだ。よく見れば机の上に置きっぱなしになっていたはずのマグカップもなくなっている。
「そうか……ありがとう」
「いいえ……朝ごはん食べますか」
「あぁ、うん」
返事を最後までは聞かずに、さっさとリビングへと戻っていく。
洗濯まで済ませているということは、コイツが起きてから結構な時間が経っているのだろう。外はもう既に真っ暗なはずだ。昨日が新月だったから、今日は月明かりもないだろうから、きっと、どこまでも暗い世界が広がっている。
「……」
まだ少し重いような体を動かし、廊下へと出る。
リビングからは珍しく、パンの焼けるような匂いがしていた。
この国に来てから、朝食は基本的に和食が多かったりしたのに。今朝はパンの気分だったのだろうか。
「……」
リビングへとたどり着くと、すでに朝食の準備が整っていた。
今日は、焼き立ての食パンに、ジャムが数種類。それとマグカップに入ったスープ。軽めの朝食というイメージだ。
昨日ほとんど徹夜のような感覚だった私にはありがたい朝食である。
「ココアを淹れますね」
そういいながら、別で用意していた二つのマグカップに粉を入れていく。
なんとなくすっきりしないので、コーヒーを飲みたい気分ではあったが、昨日ずっと飲んでいたからな……ココアを飲めと言うことだろう。カフェインの取りすぎはよくないらしいから。
「……どうぞ」
「……ん」
渡されたコップを手に取り、席に座る。
湯気の立つ、暖かな朝食だ。
「「いただきます」」
「昨日は世話をかけたな」
「いえ、それが仕事なので」
「……何か機嫌悪いのか?」
「そんなことないですよ」
「今日は休みにするから、どこかに行くか」
「……どうぞ、付いていきますよ」
お題:運命・ココア・コーヒー