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自動販売機

作者: makura

駅に着いてすぐ、私は自動販売機へと向かい、缶コーヒーを選択した。小気味いい音を立てて落ちてきた缶を手に取り、まだ飲んでもいないのにほっと息をつく。冬の夜。残業帰りのことである。

曇天とまではいかないがやや雲がかかった空を見上げ、私はふと思い出した。

今と同じく冬であった。確か中3のとき。受験直前ということで、私は夜遅くまで塾に籠っていた。ストレスフルな生活の中で、唯一と言ってもよい癒しがコーンスープであった。塾の前に並んだ自動販売機の一角にあるもので、入塾当初から愛用していた。140円の贅沢を、数十万つぎ込んだ塾を目の前に飲むのはなんとも厭味ったらしく、またわびしく、それがまた捻くれた受験生にはたまらなく美味いのであった。

その日も、いつもと同じく自販機の前で嗜んでいた。缶であったし、私は自転車で通っていたので、飲みながら帰るという選択肢はなかった。そのため寒空の下、缶を包むようにしながら少しずつ口に含んでいた。そんなとき、一人の男の子が私をよけて自販機へと向かった。小学生のようであるが、随分と背丈が小さい。大きなリュックを背負い、疲れた顔をしているが、どこか品を感じる顔立ちをしている。こんな時間に小学生なんて珍しいな、と思っていると自販機が大きな音を立てた。

 彼はかがんで缶コーヒーを取り出した。その様子に、小さくない衝撃を受けた。それは確かに、コーヒーを飲めなかった中坊の幼稚な対抗心でもあったが、それだけではなかった。それを表現する言葉は、今でも見つからない。ただ、彼のコーヒーを飲む仕草、小さく息を吐く動作、彼の人生で特筆すべきことでもないと言いたげな表情、飲み干した後の憐憫にも見える空気。そのすべてが、彼の生きた10年足らずの人生を物語っていた。私の10歳と言えば、昼休みのかけっこ程度のものであった。彼のかけっこは、この後50年続くもののスタートにしか過ぎなかったのだろう。

 その後、彼はひどく体と不釣り合いなサイズのリュックを揺らしながら、母の車に乗り込んでいった。ベンツが走り去るのを眺めながら、私は冷えたコーンスープを飲み干した。甘ったるいその味は今でも鮮明に覚えている。

 当時と変わらぬ寒空の下、冷たい風が薄いコートをすり抜けていった。缶コーヒーを飲み干し、私は出遅れてしまったかけっこに戻ることにした。


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