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短編3 誕生物語

作者: 花谷馨

「わたくしは、死神です。あなたに、死を宣告いたします」

 古代の衣のような布をまとったブロンド女性が、年配の男性に対してにこやかに話しかけている。男性も笑顔だが、女性のそれとは真逆の不敵かつ傲慢さを湛えている。

「笑わせんでくれ! 私はつい今しがた死んだばかりだ。自覚している。死人を殺すことなど、たとえ死神でもできるわけがない!」

 死神は、心の底から楽しんでいるような笑顔のまま続けた。

「それが、何度だって殺せるんですよ。なにせ、死神ですから」

 そして、間髪入れずに男性に対して挨拶をした。

「いってらっしゃいませ!」


----------

 日本の主要都市は、米軍のB29による無差別爆撃によって、悉く灰燼と帰してしまっていた。呉でさえ、猛烈な空襲によって甚大な死傷者を出している。この廣嶋がいまだ大きな被害を受けずに残っているのは、奇跡なのかなんらかの意図によるものなのか?

 理由はわからない。ただひとつ、確実な予感はある。いや、予感というのはおこがましい。だれしもが推測できるように、この街もそう遠くない日に無差別爆撃の標的となるだろう。だからこそ、三歳になったばかりの娘、良子だけは庄原に暮らす両親のところに疎開させようと考えたこともある。一方で、本土決戦で一億総玉砕となれば、どこにいても結果は同じだ。であれば、最後まで良子と一緒にいたいという想いの方が、強くなっていく。結果、今日もこうして自宅の庭で一緒に遊んでいる。時計を見ると午前八時だ。もう二十分もすれば、戦時徴用された市内の軍需工場へ出仕しなければならない。

 晴天、青空。暑い!

「とおちゃん、いくけぇね!」

 良子はそう叫ぶと同時に、私が竹で拵えた水鉄砲の銃口を向け、容赦なく発射した。水滴の弾丸は、私の顔に見事に命中した。

「やりおったのぅ、良子!」

 私が手にした竹の水鉄砲で撃ち返すと、良子は大はしゃぎをしながら逃げ回った。水滴の弾丸は、夏の陽光を反射して、無限の彼方にまで煌めいているように見える。

 この絶体絶命な国難にあっても、今日の自然はどこまでもやさしく眩しい。

 

眩しい?


眩しい!


ふと背後を振り返ると、眼前で太陽が輝いている。太陽にしては、近い。すぐ上空ではないか!


 再び正面を見る。太陽の光を正面から浴びているはずの良子は、影になっていた。ありえない! よく見ると、それは影ではなく、炭ではないか!

「良子! 良子!」

 私は魂の底から叫んだ。しかし、声は全く出てこない。どうなっているんだ?

 しばらくすると、猛烈な暑さを背後に感じた。

「熱い!」

 が、次に自分の掌に視線をやったとき、私は全てを悟った。私も、すでに炭と化していた。


 炭になった良子に向かって、私は再び魂の底で叫んだ。

「私の命は捧げます! 神様、どうか良子だけは助けてください!」

 意識はその時すでに肉体の中から飛び出して、もともと自分であった炭と良子の形をした炭を斜め上方から眺めている。次の瞬間、風が抜けて行った。猛烈な爆風だ!

 かつて私と良子だった炭は、細かい灰塵となって大気中に霧消していった。

「良子! 良子!良子! 良子!」

----------


「やめてくれ! 死神さんよ、なんで私はまた死ななければならなかったんだ? しかも、こんなにまで無念で無惨に!」

 年配の男性は、取り乱して絶叫している。死神は、相変わらず邪気のない笑みを湛えている。

「なんでって、あなたがやったことですもの。あなたは二十万人以上の罪のない人命を命乞いの暇さえなく一瞬で奪い去ったのですよ? そのひとりひとりの想いを、生まれた瞬間から追体験する必要があるでしょ? だから、私が何度でも生き返らせて、何度でも死刑執行してあげます。あなたの使用した兵器によって、確実に!」

男は、声を荒げて反論した。

「私のしたことは、何十万のアメリカ兵と、本土決戦で死ぬはずだった何百万の日本人市民を救ったんだぞ!」

「そうですよね。うんうん、そうですよね。だったらその信念を通しつづければいいじゃないですか。いずれにせよ、あなたは亡くなった全員分の人生を追体験することになります。安心してください。あなたは魂の寄生虫みたいなものです。寄生した人物の人生には一切干渉できません。ただ、その楽しみ、苦しみ、痛みを同体として体感できるだけです。なーんにも、しなくていいんですよ! 楽な試練じゃないですか!」

 男は、蒼ざめた。冷静に計算したからだ。

「待ってくれよ、死神さん。仮に一人の人生が三十年だと仮定する。死者が二十三万人だとする。間断なく体験し続けたとして、六百九十万年も私はそこに拘束され続けるってことかい?」

「当たり前じゃないですか。あなたはそれだけの時間と想いを、一瞬で抹消したのですから。因果応報って知りませんか? 教会で、死後裁きにあうって習いませんでした?」

 男は、茫然自失とした様子で、しばらくは全く口を開かなくなった。やがて、かろうじてこう言った。

「すまなかった。私は生前に重大な過ちを犯した。主よ、赦したまえ!」

 死神は、いつまでたっても笑顔のままだ。

「ごめんで済んだら、死神はいらないです!」

 そして、続けた。

「良かったですね。次はたった三年です。あなたが今回喪失感を体験させてもらったお父様の娘、良子さんに寄生していただきます」


「やめてくれ、死神さんよ! やめてくれ! やめてくれ!」

 男は何時間も繰り返し絶叫している。死神は、暖かく見送ってあげることにした。


「いってらっしゃいませ、ミスター・グローブス!」


(永遠の静寂……)





「オギャー!」


 



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