表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

明日へ

作者: 昇龍翁

現代小説 短編『再生の時代へ』

 夕暮れ。電車の中。

 参考書を片手に座っていた学生が疲れて寝ている。その正面に、乗り込んできたサラリーマンが立つ。

「チッ!」

 50代後半だろうか。連日勤務に追われているのか、スーツにはしわが寄っていた。顔にも疲労の色が見える。

 するとそのサラリーマンは、座って寝ている学生の肩を揺すりたたき起こした。

「君は、電車の中のマナーを知らんのか。年配者には席を譲るんだよ!立てよ!」

周りがびくっとするような大きな声を学生に浴びせる。

 学生は、醒めきらぬ意識の中で慌てて立とうとした。そこに柔らかく、しかし凜とした声が掛かる。

「君、立つ必要は無いですよ。」

 見るとサラリーマンの斜め後ろに60代と思われる初老の男性が居た。

「あなた、若い者に間違ったことを教えてはダメですよ。マナーとは誰かに強要されるものではなく、自ら自発的に行動に移すべきものです。疲れているのは、あなたも彼も同じです。」

優しい言葉でしかりつける。

「それに、あなたが疲れているのは、学生さんのせいではありません。我々自身のせいなのですよ。」

サラリーマンが苛立たしく言い返す。

「あんたね、何を言っているんだ。この学生たちが安心して暮らしていけるのは、我々世代が必死になって頑張っているからでしょ!敬意を払われて当然でしょ!」

初老の男性は、『ふーっ』とため息をついた。そして言う。

「私たちの世代が、この国のために頑張ったのだと、本気で思っていますか。この国を立て直したのは、戦後の若者たち。その次の世代が頑張って成長させた。でも、その後の私たちの世代は、マネーゲームに奔走し、自分が勝つ事、『勝ち組』になることを望んで、この国を食い荒らした世代ですよ。」

 サラリーマンは困惑したような顔をした。

「あなた、誰のために働いていますか?自分のためじゃないですか?会社でもいろいろなことをごまかして、利益重視になっていませんか?」

 サラリーマンは、そこまで言われて、はっとしたような顔になった。

「自分の利益のために、この国を食い荒らした我々の世代は、次の世代に立て直しをお願いする立場です。若者の成長を支え、我々世代が生み出した『負の遺産』の精算をお願いする立場です!」

そして学生に語りかける。

「学生さん、勉強、ご苦労様です。こんな国にして申し訳ない。でも、お願いするしかないのです。どうか、しっかりと勉強して、この国を頼みます。新しい視点で国を立て直してください。答えはまだありません。その答えすらも、君たちに見つけ出してもらうしかない。でも、いまはどうぞ、ゆっくり疲れを取ってくださいね。」

 次の駅に着き、サラリーマンは、背を丸めて下車していった。そして、その場に居合わせた若い世代の人々は、何かに気づいたように顔を上げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ