明日へ
現代小説 短編『再生の時代へ』
夕暮れ。電車の中。
参考書を片手に座っていた学生が疲れて寝ている。その正面に、乗り込んできたサラリーマンが立つ。
「チッ!」
50代後半だろうか。連日勤務に追われているのか、スーツにはしわが寄っていた。顔にも疲労の色が見える。
するとそのサラリーマンは、座って寝ている学生の肩を揺すりたたき起こした。
「君は、電車の中のマナーを知らんのか。年配者には席を譲るんだよ!立てよ!」
周りがびくっとするような大きな声を学生に浴びせる。
学生は、醒めきらぬ意識の中で慌てて立とうとした。そこに柔らかく、しかし凜とした声が掛かる。
「君、立つ必要は無いですよ。」
見るとサラリーマンの斜め後ろに60代と思われる初老の男性が居た。
「あなた、若い者に間違ったことを教えてはダメですよ。マナーとは誰かに強要されるものではなく、自ら自発的に行動に移すべきものです。疲れているのは、あなたも彼も同じです。」
優しい言葉でしかりつける。
「それに、あなたが疲れているのは、学生さんのせいではありません。我々自身のせいなのですよ。」
サラリーマンが苛立たしく言い返す。
「あんたね、何を言っているんだ。この学生たちが安心して暮らしていけるのは、我々世代が必死になって頑張っているからでしょ!敬意を払われて当然でしょ!」
初老の男性は、『ふーっ』とため息をついた。そして言う。
「私たちの世代が、この国のために頑張ったのだと、本気で思っていますか。この国を立て直したのは、戦後の若者たち。その次の世代が頑張って成長させた。でも、その後の私たちの世代は、マネーゲームに奔走し、自分が勝つ事、『勝ち組』になることを望んで、この国を食い荒らした世代ですよ。」
サラリーマンは困惑したような顔をした。
「あなた、誰のために働いていますか?自分のためじゃないですか?会社でもいろいろなことをごまかして、利益重視になっていませんか?」
サラリーマンは、そこまで言われて、はっとしたような顔になった。
「自分の利益のために、この国を食い荒らした我々の世代は、次の世代に立て直しをお願いする立場です。若者の成長を支え、我々世代が生み出した『負の遺産』の精算をお願いする立場です!」
そして学生に語りかける。
「学生さん、勉強、ご苦労様です。こんな国にして申し訳ない。でも、お願いするしかないのです。どうか、しっかりと勉強して、この国を頼みます。新しい視点で国を立て直してください。答えはまだありません。その答えすらも、君たちに見つけ出してもらうしかない。でも、いまはどうぞ、ゆっくり疲れを取ってくださいね。」
次の駅に着き、サラリーマンは、背を丸めて下車していった。そして、その場に居合わせた若い世代の人々は、何かに気づいたように顔を上げた。