偽りの結婚式
「これがあればあの計画が遂行できる。」
暗闇で男がブツブツと呟く。
手には複雑に組まれた装置が握られていた。
ようやくなされる願いの成就に男は高揚する。
「ようやくだ、ようやく叶う…。」
不気味な笑い声が部屋中に響き渡っていった。
「くっくっく、はーはっは!!ゲームで僕に勝てると思うな!」
「負けたぁあ!!」
同時刻、ジントの海水浴場にある旅館にて広々とした一室で色彩と学生が集まり、ダラダラと過ごしていた。
「なんで、なんで勝てないの?」
「イリスちゃんは動きが読みやすいからね。ほらほら、そこでそんなことしちゃったらさっきと同じだよ?」
「待って!待ってって!!また、負けだぁ〜!ルリーナちゃん助けてぇ。」
「任せてください。イリスさんの仇は私がとりま…ああッ!」
「フッフッフ、ルリーナちゃんは直線的過ぎるから避けるの楽チンだよ!」
ドヤ顔のアルファとゲーム画面を見て落ち込むイリスとルリーナ。
後ろではライズがビール缶片手に三人を眺めていた。
ガチャと部屋のドアが開き買い物に出ていたオルタとポロネが帰ってきた。
「あ、オルタ。コーラあった?」
「はいはい、これですよね?」
「そうそうこれ。」
「アルファ様、イリス様、頼まれた飲み物買ってきたんですけどこれで合ってますか?」
「ありがとうポロネちゃん。そこのテーブルの上に置いててくれるかな、今いいところだからさッ!」
「あっ、イリスさん!危ない!」
「え!?」
「これでトドメだ!」
イリスのディスプレイにゲームオーバーと大きく表示される。
「うわぁぁん、こんなゲームやめてやるぅ!」
「おい、イリス!俺のゲーム機なんだから投げ捨てんなよ!」
ゲーム機を床に投げつけようとするイリスをライズが必死に止めている。
「ルリーナちゃんもこれどうぞ。」
「ありがとうポロネちゃん。あれ?マリスちゃんは?」
「マリスさんはフェルーナ様とみどり様と一緒にお風呂に向かったよ。」
「私もそろそろお風呂に行こうかな。」
「ねぇ、ルリーナちゃん、これはなに?」
ポロネはゲーム機に興味津々だった。
「これですか?これはライズ様が持ってきてくださった対戦ゲームです。楽しいですよ、ポロネちゃんもやってみますか?」
「うん、ちょっとやってみよっかな。」
「じゃあ、僕が相手してあげるよ!」
「……アルファ様、ポロネちゃんは初心者なんですかちゃんと手加減してくださいね。」
「僕だって大人だよ?そんなことしないよぉ。」
イリスとルリーナから疑いの眼差しを受けながらアルファとポロネの対戦が始まった。
最初は手加減の無いアルファの猛攻に負けていたポロネだが途中からコツを掴んだのか引き分けになる数が増えていき最終的には……
「ポ、ポロネさん?あのー、少し手加減してもらっても……」
「アルファ様、もう一回です!もう一回やりましょう!!」
目を輝かせながらアルファのキャラをボコボコにするポロネが楽しそうに次のゲームにアルファを誘っていた。
すでにアルファは涙目だった。
「ねぇ、ルリーナちゃん。私、アルファが気圧されてるの始めて見たんだけど……。」
「ポロネちゃんは何かに集中し始めると周りが見えなくなってしまうんです。ああなったら、気が済むまで終わらないでしょうね。」
「うぇーん、誰か助けてぇ!」
アルファの自業自得の気もするが少し可哀想に思えてきた。
そんなアルファの持つゲーム機をライズが「貸せ」と言って奪い取る。
そこからポロネとライズの対戦が始まった。
もはや常人には理解できない読み合い。
回避、相殺、即死コンボ。
ライズのゲーム技術がポロネを圧倒する。
しかし、回数をこなすにつれポロネの動きがまた変化し、ライズの動きを読み対応し始める。そして、遂にライズの残機を一つ減らすことに成功した。
「やるな、お前。」
「ありがとうございます。」
「まだまだ、行くぞ。」
「望むところです。」
この数十分でライズと渡り合えるほど強くなったポロネ。2人は楽しそうにディスプレイの中で拳を交わす。
「じゃあ、私はお風呂に入ってきますね。」
「うん、ゆっくり入ってきてね。」
「ありがとうございます、行ってきます。」
部屋を出ると静寂が広がっていた。
近くの自動販売機の稼働音だけが響いている。
お風呂に向かって歩いているとフェルーナとマリスが前から歩いてきているのが見えた。
「あ、フェルーナ様、マリスちゃん!」
「ルリーナはこれからお風呂に?」
「はい、これから行くところです。」
「場所はわかりますか?わからないのなら私が付いて行きましょうか?」
「大丈夫です。場所は覚えていますから。ご心配ありがとうございます。」
「そうですか。ゆっくり温まってきてくださいね。私のおすすめは露天風呂です。」
「露天風呂もあるんですね!わかりました入ってみます!」
手を振り2人と別れる。
お風呂の入り口近くまで来ると疲れた顔をしたメイドのナルとばったり会った。
「あ、ナルさん。」
「ルリーナ様も今からお風呂ッスか。」
「はい、ナルさんも?」
「そうッス。やっと仕事から解放されたッスからね。…こんなところで立ち話もなんなんで、入るッスよ。」
二人でお風呂場へ入るとその広さに「うわぁ。」と声が出てしまった。
「凄いッスよね。私も始めてヴァルドール様に連れてきてもらったときは驚いて腰抜かしたッス。あ、体洗うのはこっちッスよ。」
「あ、はい!」
体を洗い広い湯船に浸かる。
「ふわぁ〜、気持ちいいッスね。」
「はい〜。」
温かな温泉に疲労が溶けていく。
「ルリーナ様はこの合宿楽しいッスか?」
「楽しいですよ。最初はちょっと怖かったですけど色彩の皆さんが優しくて。あとナルさん達の作ったご飯とっても美味しかったです!」
「それは良かったッス。それが聞けただけで私も働いた甲斐があるっスよ。」
「……ナルさんも魔術師なんですか?」
「い〜や、私は魔術師じゃないッス。というか魔術師の「ま」の字も無いッス。本当に1ミリも魔術が使えないんスよ私。」
「そうなんですか、でも、さっきの「たまちゃん」?での砲撃はロイ先生やアレックス様に引けを取っていませんでしたよ。」
「あぁ、あれはライズ様が私のために造ってくれたものッス。魔術が使えない私がこの無慈悲な世界に抗うための剣。それが「たまちゃん」ッス。あの方々の近くにいると忘れそうになるッスけどこの世界は血で血を洗うような最悪の世界ッス。未だに都市間の戦争は続き、なんなら悪化してるッスからね。」
両手ですくい上げそこから流れていくお湯を眺めながらナルは悲しい顔をする。
「私は幸運ッス。戦時下で奇跡的にアルファ様に拾われて何不自由なく生活させて貰えてる。恵まれすぎてて怖いくらいッス。」
「ナルさん……。」
悲しく笑う彼女にどんな言葉をかけたら良いかわからなかった。
「おっと、私としたことが面白くもない話をぺらぺらと話してしまったッス!ルリーナ様、気分転換に露天風呂に行くッスよ!」
手を繋がれ引っ張れるように露天風呂へ向かう。外へ出ると綺麗な星々がキラキラと輝いていた。
「夏とはいえ冷えますね。」
「そ、そうッスね。さっさと入らないと凍るッス。」
露天風呂に浸かり夜空を見上げる。
温かい温泉と涼しい風が心地良い。
「星綺麗ッスね……ルリーナ様」
「そうですね。」
「……ルリーナ様は色彩の席を狙ってるんスよね。」
「はい……でも、今日の戦いでちょっと心が折れそうですけど。」
「わかるッス。でも、「心が折れそう」ということはそれだけルリーナ様が本気ってことッス。空を見上げるだけでなく、どれだけ空を切ることになっても伸ばし続ける。それは誰でもできることじゃないッスよ。本当に尊敬するッス。私にできることがあれば微力ではあるッスけど協力するッス!」
「ナルさん……ありがとうございます!私頑張ります!」
「その意気ッス!!」
温泉に浸かる2人の耳に爆発音が響く。
ルリーナは驚き立ち上がるもナルは驚く様子も無くゆっくり湯船に浸かっている。
「気にしなくても大丈夫ッスよ、ルリーナ様。アレックス様とロイ様の後片付けの音ッスから。」
「あ、後片付け?」
「後片付けッス。いや〜、色彩の方々に勝てるわけが無いのに毎度毎度よく攻めて来るッスね。本当にその納豆見たいなネバネバ精神は敵ながら天晴ッスよ。」
二人が温泉に浸かっている頃、旅館近くの森ではアレックスとロイが後片付けをしていた。
「おい、アレックス!暴れんのはいいけどあんまり音立てんなよ。あいつらから「うるせぇ」って文句言われんだから。」
「音立てずに戦えとは無茶を言いおるな!では、こうしよう、音切り!!」
アレックスが刀を振り下ろすと音も無く前方の敵が吹き飛ぶ。
「これで文句は言われまい!」
「どうやってんだよそれ。」
「ん、あれだ。なんか、いい感じに音ごと切るとこうなる。」
「なるかバカ!」
緊張感の無い2人の攻撃によって敵の部隊は壊滅寸前。敵の軍は大パニック状態だった。
「なにが起こっている!!」
「前線のABCの3班が壊滅!」
「偵察班から連絡、赤と青の2名を確認したと報告がありました!」
「前線の支援に向かったE班の全滅を確認!これでこちらの戦力の7割が壊滅しました!!」
「上層部の命令で来たがこんなんやってられっか!!撤退だ!!全軍撤退!!!」
バタバタと命令を聞きた敵軍が撤退していく。
悲鳴を上げながら背を向け逃げていく敵軍。
「ロイ、追うか?」
「いや、必要無い。さっさと帰るぞ。」
「食後の小運動くらいにはなったか…さっさと帰って風呂に入らねば!」
「俺も酒飲んで寝るかな。」
武器を下ろし、2人は旅館へ戻る。
その姿を旅館の窓からアルファが眺めていた。
「さすがだね。皿洗いとか片付けは出来ないのに戦闘になると人が変わったようにテキパキ動く。」
「本当ですよ。あれを普通の片付けでもやってくれたら良いのに二人がなにもしないし出来ないから結局私が一人で片付けするはめになったんですから。」
「あははは……お疲れ、オルタちゃん。」
「そういえば、アスハさんとみどりちゃん、あとルビルはどこに行きました?」
「アスハちゃんは自室で寝てて、みどりちゃん達はゲームコーナーに行ったよ。多分フェルーナも付いていったと思う。」
「え!?みどりちゃん達ゲームコーナー行ったの!早く言ってよアルファ様!」
イリスがそれを聞き慌てて財布を探す。
「あった!マリスちゃん、ルリーナちゃん、ポロネちゃん、ゲームコーナー行くよ!オルタちゃんも!」
「いや、私は部屋で休んで…、」
「いいから!」
腕を握られ強制的に連れてかれるオルタ。
部屋は急に静まりライズがプレイしているゲーム音が響く。
アルファは椅子に深く座り、「ふぅ」と息を吐いた。湯飲みを持ちお茶を口にする。
「なぁ、春。これからどうするんだ?」
「……そうですね…とりあえずは那由さんの魔法の完成を待ちましょう。そう遠くはないと思います。問題は」
「悪魔共か。」
アルファはコクリと頷く。
「僕と結菜の権限であれば問題はありません、しかし魔法では…」
「対抗出来ないと?」
「はい、魔法はあくまでこの世界の力です。偽物とはいえ悪魔達の力には敵いません。」
「そうか、なら、あいつ等には早めに記憶を取り戻して欲しいところだな。あまり、一人一人に時間は掛けられない。」
「黒樫さんはどこまで権限の行使が可能になりましたか?」
「俺は元の4割程度だな。悪魔は数が多くなければ討伐は可能って感じだ。」
「であれば、黒樫さんは桜花さんと佐藤さんをお願いします。僕は引き続き那由さんと紫藤さん、緑ちゃんを引き受けます。」
「大丈夫なのか?お前、維持に大分力持ってかれてるだろ。」
「大丈夫です。これでも色彩の頭目なんで」
「頭目って人前に立つと生まれたての子鹿みたいになってたやつの台詞とは思えないな。」
「300年近く生きてますからね。性格も少しは変わりますよ。」
「はっ、ジジイってことか。」
「大ジジイですよ。」
全てを知る2人は束の間の平穏を喜び笑い合う、友人達と本当の意味で笑い合える日を願いながら。
色彩の方々との合宿が終わり、長い長い夏休みがあけた。
登校中のマリスはドンヨリと暗い顔をしている。
「……体が痛いですわ……全身筋肉痛ですわ。」
「私もです、あんなにキツイとは思いませんでした。」
「ポロネちゃんもマリスちゃんも体力が無いですね〜。」
「ルリーナが体力オバケすぎるんですわよ。なんであれだけ走らされて息一つ上げないんですの?」
「……あの練習メニューはロイ先生と全く同じなんですよね。すでにこなした事のある練習メニューでしたし、なんなら一ヶ月間毎日あのメニューで練習したこともあります。」
「あの練習を毎日!?ルリーナはドMですわね!?」
「違います!!」
学校に着く校門の前に金ピカに装飾された馬車が停めてあった。
馬車の前には胡散臭い金髪の男が立っていた。
馬車に大きく描かれた家紋を眉間にしわを寄せながら凝視するマリスはなにかに気付き走り出す。
「なんであなたがここにいますの!?」
マリスに気付いた金髪の男は笑顔を見せ、歩み寄る。
「君を迎えに来たんだよ、マリス。」
「なにを言ってますの?私はこれから授業を受けなければなりませんの、あなたに構っている暇はありませんわ!」
「手厳しいな、だが、今回は断られては困るんだ。……先日、ユークリスト家とナーグ家両家の同意のもと僕と君の結婚式を3週間後に行うことを決まったんだ。だから、僕は花嫁を迎えに来た。」
「そ……そんなはずはありませんわ、あなたとの結婚は私がこの学院を卒業するまでは行わない約束で……す、すぐお父様に話を!」
「もう決まったことなんだ、君の父に聞いても結果は変わらないはずだよ。」
「嘘ですわ。そんなの……」
「とりあえず、一緒に行こう話はその後だ。」
力無いマリスを連れて行こうとする金髪男に剣を向けルリーナはそれを阻止する。
「君は誰だい?」
「私はマリスさんの友人です。マリスさんが辛そうだったのでその原因に離れてもらおうと思いまして。」
マリスの肩を持ち抱き寄せる。
「ルリーナ…、」
「君は僕にその剣を向ける意味がわかっているのかな?」
「わかりません!わかりませんがあなたがマリスさんを苦しめていることだけはわかってます。」
「ほう……。」
数時間後……
「あはは……」
「はぁ……。」
「ホントに捕まってんじゃんw」
「ロイ君、笑ってる場合じゃないよ!」
ジントにある拘置所内の面会室で貴族に剣を向けた罪で捕まったルリーナが申し訳無さそうに笑う。
「ポロネに呼ばれて来てみたんだがお前が馬鹿だってことだけはわかったわ。」
「ねぇ、ルリーナちゃん。相手が誰かも分からないのに魔術器を向けるのは駄目だよ。人が人ならすぐに死刑だったかもだよ。」
「はい、すみません。」
気まずい空気が流れる室内で警察官が紙に会話内容を書き記す音だけが響いていた。
「まぁ、あいつも学院前に迎えに来るってのは礼儀知らずだと思うけどな。いくら急用だからってあんな無理やり連れていくんなんてな。」
「マリスちゃんは連れて行かれてしまったんですか?」
「そうだな、連れて行かれたな。だが、ユークリスト自身がどう思っていようがこれ以上の干渉はできない。これは貴族間、それもユークリスト家とユーグ家っていう大貴族の問題だ。他人が安々と踏み込んでいい問題じゃない。」
「それは…わかっていますけど…」
「…ルリーナちゃん、マリスちゃんが嫌々連れて行かれるのを見てよく思わないのは私も同じだよ。だけど、マリスちゃんにはマリスちゃんの立場がある。今回の件を解決できるのはマリスちゃんだけ。だから、信じて待とう。私たちが知るマリスちゃんはそんなに弱々しくはないはずだよ。」
「ポロネちゃん……わかりました。私、マリスさんを信じます。」
「……話はまとまったな。まぁ、話題の魔術師誘拐事件とは無関係で良かったよ。じゃあ、さっさと学校に帰るぞ。」
立ち上がる三人を前に座り続けるルリーナを見て、ロイが「なにしてんだ?」と声を掛ける。
「……?」その言葉の意味がわからず首を傾げる。
「お前も帰るんだよ、早く準備しろ。」
「え、私はこれから牢屋に戻るんじゃ。」
「んなわけねぇだろ。とっくにお前が出る手続きは終わってるんだよ。さっさと行くぞ。」
「手続きは終わってる?」
「当たり前だろ、どこの誰が不敬罪なんて名目で色彩の弟子裁くんだよ。立場だけならユーグより俺のが上なんだぞ。」
大貴族よりロイ先生の方が立場が上?
面倒くさがりで怠惰でろくでなしの先生の方が立場が上……。
何故か、頭の中で先生が上のイメージが出来ない。何故だろう……あぁ、先生の日頃の行いが悪すぎるからか。
とても納得のいく理由が見つかりポンッと手を叩く。
「おい、ルリーナ。お前今、何を納得したんだ?」
「いえ、先生の方が立場が上なことをようやく納得したところです。」
「わかった、お前はもう一回俺への不敬罪で捕まっとけ。」
こうして、私は無事学院生活に戻ることができた。しかし、それから2週間、マリスが学院に顔を出すことはなかった。
ある日の下校後…
寮に着くと寮母さんが「ルリーナちゃんとポロネちゃん宛に手紙が来てたよ。」と言って手紙を渡してくれた。
手紙の宛名を見て2人は互いに目を丸くした。
そこにあった名前は親友の名では無く、「ミレム・ユーグ」とルリーナを不敬罪で捕まえた男の名が書かれていた。
次の日、手紙の内容通り、私達はユーグ家の屋敷に向かい。屋敷の執事を名乗る老執事に応接室に迎え入れられた。
数分後、あの日と同じ姿の金髪の男が現れた。
「ルリーナ・アルスさんとポロネ・ザキエルさんだね。急な呼び出しに応じてくれてありがとう。僕はミレム・ユーグ。よろしく。」
「こちらこそ御屋敷にお呼びいただきありがとうございます。」
ポロネは立ち上がり丁寧にお辞儀をする。
気品あるポロネとは違い作法がわからないルリーナはとりあえずペコリと頭を下げた。
「それで頂いた御手紙には大事なお話があると書かれていたのですが…」
「そうだね、でも、その前にアルスさん、この間はすまなかった。時間がなかったは言えあの対応は許されないことだ。申し訳ない。」
ミレム・ユーグは深々と頭を下げ謝罪をした。
思っていた人物像とはあまりにかけ離れた対応にルリーナは戸惑い「わ、私は大丈夫ですから頭を上げてください」と頭を横にブンブンと振った。
「あの対応はユーグ家の名に泥を塗る愚行。これは謝礼の品だ、どうか受け取ってほしい。」
ミレム・ユーグは目の前に綺麗な宝石箱を2つ差し出した。中では大きな宝石が輝きを放っていた。
「これは?」
「これは魔力結晶だ。ユーグ家が管理する地下鉱脈からより良い物を用意させてもらった。これでどうか許してもらえないだろうか。」
「ま、魔力結晶!?いえいえいえ、流石にこれは頂けません!」
金色に輝く宝石を見て、慌てるポロネにルリーナはユーグに聞こえないように小声で質問をする。
「マリスちゃん、魔力結晶ってなんですか?」
「いいですかルリーナちゃん!魔力結晶というは魔力で形成された宝石です。純度が高い順に金、赤、紫、青、白と色が分かれます。そして、ユーグ様が持っている魔力結晶は金色、それもかなりの大きさです。金色の魔力結晶なんて一欠片だけでも数千万円はするんです!!」
「ということはこれは?」
「数十億はすると思います。」
数十…億、これがあれば一生ご飯に困らない……。
「頼むお願いだ、どうか受け取ってはくれないだろうか!」
「いえ、ですから、こんなに高価な物を頂くわけには…」
受け取らないポロネの横から手を伸ばしたルリーナは金色魔力結晶が入った箱をガッシリと握る。
「ありがとうございます!!」
「おぉ、受けとって貰えるか、ありがとうアルスさん。」
ユーグは謝礼を受け取ってもらえたことに喜び微笑む。
「その誠意受け取りました!!」
「ルリーナちゃん……」ポロネは頭を抱える。
ポロネにはルリーナに付いているはずのない尻尾がブンブンと振られているように見えていた。
多分、ルリーナちゃんには魔力結晶が大盛りご飯にしか見えてないんだろうなぁ。
「ポロネさんもどうか受け取って貰えないだろうか。」
「……わかりました、ありがたくいただきます。ですが、その前にユーグ様が私達をここに呼んだ本当の理由をお聞きしてもよろしいでしょうか。」
ポロネがそう言うとわざとらしく「そうだったそうだった」と口にして宝石の入った箱を丁寧にテーブルに置き椅子座る。
ユーグは真剣な表情で二人を見る。
「僕がこの前に急を用してマリスを連れ出した理由にも関わるんだが…最近ユーグ家現当主であり、我が父オルグス・ユーグに不穏な動きが目立つんだ。」
「不穏な動き?」
「あぁ、先月までは問題無かったんだが今月に入ってから人が変わってしまった。今まで長年ユーグ家の中心だった魔術器の部品開発の事業を取り止め、魔力結晶を使った兵器の開発を始めたんだ。このことは他の貴族達にも薄々伝わり始め問題となっている。」
「兵器ですか……それはどのような。」
「それが形はわかるがどのように使うものかはわからないんだ。形は丸いんだが……そういえば、父上はそれを見ながらこう言っていた。「愚かな創造主を討つためのキーパーツだ」と。」
愚かな創造主を討つためのキーパーツ……意味はわからないがろくなものでは無いことだけはわかる。
「なるほど、ユーグ家当主様の様子がおかしい事はわかりました。ですが、それがマリスちゃんを連れて行くことにどう関係しているのですか?」
「マリスと僕の結婚式が早まったことは知っているよね。」
「はい」
「それを早めたのは父上の意図なんだ。それもユークリスト家の意見を無視して。」
「待ってください、ユークリスト家の意見を無視って、そんなこと……」
ポロネは驚き声を上げた。
ユークリスト家は由緒正しき魔術師の家系。
ユークリストの名を持つ者は必ず魔術の才能に恵まれその力で数多の戦果を挙げた。
ユーグ家は魔術器部品生産の中心を担い続け高い地位についた。ユーグ家は権力はあれど武力ではユークリスト家には太刀打ち出来ない。だから、ユークリスト家を無視してマリスの結婚を早める決定をするなど考えられないのだ。
もし、そんなことが起こるとしたら……
「そうだね、ユーグ家はユークリスト家に意見はできても命令はできない。」
「……ユーグ家現当主がユークリスト家を超えるほどの武力を手に入れた…ということですか。」
ミレムは静かに頷く。
「僕は今回の件について確認を取ろうと思い、マリスの父上に連絡を取ろうとしたんだが会うことも叶わなければ連絡も取れなかった。マリスにも確認を取ったが彼女も同じらしい。」
「連絡が取れない…ですか。それはもしかして……」
「これについて父上に話したら「お前は知らなくていい」って言われたんだ。あの言い方じゃ自分が黒だって言ってるようなものだよ。」
ユーグ家現当主はユークリスト家の当主を監禁している可能性がある。
「ミレム・ユーグ様のお力でどうにかならないんですか?」
「僕としてもユーグ家の問題は自身で解決したい。だが、僕の立場では父上が何を隠しているのかを暴くことはできないんだ。僕の行動は父上に筒抜けだろうからね。」
深刻な表情で彼は続ける。
「父上の不穏な動きを察した僕はマリスが巻き込まれるのを阻止するため父上の手が届く前に急ぎで自分の邸宅へ匿うことにしたんだ。」
「それがこの前の…」
「そうだ、あのあとマリスにも事情を説明し納得してもらった。しかし、その後にマリスから僕に剣を向けた少女がかの英雄ロイ・ニルグリム様の弟子であり、その隣の少女はその明晰なる頭脳で色彩を討ち倒したと聞きいた。それが本当だとしたら僕が匿うよりも君達に任せた方が確実にマリスを守れるのではないかと思い君達を呼んだんだ。」
「では、この御屋敷にはマリスちゃんがいるんですか?」
「あぁ、入ってきていいぞ。」
ミレムがそう言うと後ろに立っていた老執事が扉開く。
「ルリーナ、ポロネさん……」
「マリスさん!!」
ルリーナは可憐なドレス姿のマリスに抱きついた。
「マリスちゃん、無事だったんですね。心配しましたよ。」
「ごめんなさい、そこの男が守護魔術の結界に通信妨害なんて面倒なものを組み込んでいるばかりに一切連絡を取ることができませんでしたの。」
「そんなにそれについては散々謝っただろう?それに僕は魔術師では無いんだ、既存の魔術を使えるだけでその魔術を改良することはできないんだよ。」
「だから、私に守護魔術の媒体の調整をさせてほしいと言いましたよね。」
「いくら、マリスと言えど、自宅の守護魔術の調整を外部の人にさせるわけないだろ?」
「まぁ、それはそうですわね。」
文句を言う割にはあっさりと引き下がる。
「そもそも、そんなに邪魔なら壊せばよかったじゃないか。君なら既存の魔術結界の1つや2つ一撃だろ?」
「私を何でも壊す蛮族みたいに言うのをやめてくださる?」
「いやいや、蛮族なんておこがましい!怪獣か何かだろ君は」
「これから結婚する相手に向かって怪獣とはなんですか!私のどこが怪獣なんですか!」
「文句を言いに僕の部屋に来るたびに嫌がらせのように部屋の魔術結界全てを破壊するところが怪獣なんだよ!別に破壊しなくても入れるだろ!」
「あんなへなちょこの魔術結界なんて張っている意味ありませんわ!私程度の魔術師が壊せる魔術結界に何の意味があるというのですか!」
「全属性使える魔術師が壊せない既存の魔術結界なんてあるわけないだろ!」
ヒートアップしていく夫婦喧嘩を眺めるルリーナとポロネ。
「やっぱり、心配する必要なんて無かったですね。」
「あ、あの〜、それでこれからどうすれば良いかの説明を……」
ポロネの声が届き、やっと周りが見えた2人は恥ずかしそうに顔を赤くする。
「も、申し訳ない」「申し訳ありませんわ」
二人ともペコペコと謝る。
ルリーナは思う「お似合いだなぁ」と。
「それでだ、お二人にはこの騒動が収まるまでマリスの身を守って欲しいんだ。頼めるかな?」
「もちろんです。私に任せてください!」
「私はルリーナちゃんみたいに任せてなんて言えないけど、私もできる限りマリスちゃんを守ります。」
「ポロネさん、ルリーナ……ありがとう。」
「マリスにこんないい友人が出来るなんて……いい友人を持ったねマリス。」
「はい、私の最高の親友達ですわ!」
マリスは2人の肩に手を乗せ嬉しそうに笑う。
「じゃあ、僕は父上にもう一度話をしてみるよ。このまま、魔術器の部品製作を中止し続ける訳にもいかないからね。」
「…気を付けてくださいね、ミレム。」
「君に心配されるなんて槍でも降ってくるのかな。」
「本気で心配していますわ。」
「うん、君も気を付けてね。二人ともマリスを頼んだよ。」
「はい。」
こうしてミレム・ユーグの屋敷を後にし、3人は再び元の日常へ戻った。
マリスとミレムの結婚式までの1週間、私達は水面下でマリスの両親を探し続けた。
ジントの都市警察にも事情は伝えたがあまり目立つとマリス両親の命に関わる可能性があるため、大掛かりな調査はできなかった。
そうしているうちに何も掴めないまま5日が経過した。
その日の夜、私達3人はマリスの邸宅に泊まっていた。広々とした邸宅には使用人が多く雇われており、結婚式前ということもあって慌ただしい。
「結局、何も見つかりませんでしたね。」
3人はマリスの寝室に集まっていた。
「……いや、違いますわルリーナ。私の両親がいる場所はわかりましたわ。これだけ外部を探しても見つからないのであればあとの選択肢は二つだけ……一つはジントの都市外、そして、もう一つは……」
「オルグス・ユーグの邸宅ですね。」
「はい、オルグス・ユーグが私の父と母を監禁している証拠がないため踏み入ることができませんでしたがオルグス・ユーグ自身が都市を出ていないのであれば二人は奴の近くに置かれているはずですわ。」
「人質は近くに置いておかないと意味をなさないですからね。」
「じゃあ、3人でオルグス・ユーグを殴りに行きますか?」
「証拠があればそうしたけれど、証拠が無い今、それをして捕まるのは私達になっちゃうね。」
しかし、時間が無いのも事実。
オルグスの考えもわからない今、強攻策に出るわけにはいかないが2日後には結婚式が行われてしまう。
せめて、オルグスが何をしようとしているかだけでもわかれば……
ポロネは今まで手に入れた情報を1ページ1ページ丁寧に思い出していた。
そして、ある一つの推測に至った。
「そういうことか…」
「ポロネちゃん?」
なにかに気が付いたポロネはマリスの顔を見る。
「確証はありませんがオルグスの目的はマリスちゃんだと思います。」
「え…オルグスもマリスちゃんを狙ってるってこと?親子で三角関係?」
「ゾワッとしましたわ。」
的外れな発言をするルリーナを優しく正す。
「違うよ、オルグスの目的はマリスちゃんの魔力……いや、魔術に対する素質だと思う。……2人は最近起こっている魔術師の誘拐事件知ってるかな。」
「知っていますわ。魔術師ばかり狙う誘拐犯で今だ犯人は捕まっていないんですわよね。記事を見たときは魔術師を誘拐できる人物がいることに驚きましたわ。」
魔術師は軍の兵士と同じ戦闘訓練を受けているため一般人が殴りかかっても勝ち目はない。
一般兵士ならまだしも魔術師ともなれば誘拐など考える方が馬鹿らしいと思える。
「そう、魔術師を誘拐するなんて普通は考えない。抵抗されれば目立ってしまうし、連絡を魔術で行う魔術師には助けを呼ぶ手段などいくらでもある。……でも、今回の事件の犯人は捕まっていない。」
「抵抗できないほどの強者だったということですか?」
「それも正解です、しかし、この事件と同じことを行っている可能性がある男を私達はすでに知ってますよね。魔術師としてあらゆる戦果を挙げてきたユークリスト家の当主を誘拐した貴族を。」
「……まさか、ポロネさんはオルグスが一連の誘拐事件の犯人だと言いたいんですの?」
ポロネは首を縦に振る。
「これが真実なら、オルグスが作っとされる「愚かな創造主を討つためのキーパーツ」は魔術を無力化または使用不可にする兵器だと考えられます。そして、彼には一般兵士程度なら制圧できる味方がいる。多少の無理やり感は否めませんが辻褄は合います。」
「しかし、そうまでして魔術師を誘拐する意味は何ですの?洗脳して自分の兵力を増やしているとか?」
「いえ、そんな簡単な話では無いと思います。…みどり様から夏合宿の際にお話を聞きました。夏休みが始まる前にジントの領地内にある孤児院が攻撃され、孤児院にいた子供たちが敵によって魔物に変えられてしまい。ルビル様が対処したが敵は逃がしてしまった…と。」
「人の魔物化ですか…。」
「魔物化する際は魔力適性と魔術に対する素質が重要になると聞きました。魔力適性、魔術に対する素質においてマリスちゃんほどの逸材は存在しない。そして孤児院の事件でルビル様から逃げた犯人はルビル様の追撃から「逃げる」ことができている。」
「逃げれたということは少なからず抵抗は出来た。色彩に抵抗ができる…それは一般人にとってはどうしようもないほどの力を持っているという意味と同義。」
だから、オルグスは洗脳された。
前提が違かった、私達が戦わなければならないのはオルグス・ユーグではなく、その後ろに立つ何者か。
「では、私達はどうしようも……」
「いえ、これは好都合です。敵はあくまでマリスちゃんの身柄が目的ですからマリスちゃんが手に入るまでは人質を殺すことは無い。それに……」
ポロネは立ち上がり、マリスの机の上にあった紙を手に持つ。
「マリスちゃん、招待状書きましょうか。」
全てを理解したマリスは「全くポロネさんは恐ろしい方ですわ」とその紙を受け取った。
結婚式当日……
「マリスちゃん、とっても綺麗。」
純白のウエディングドレスに身を包むマリスを見て、ルリーナがそう口にした。
「とっても似合ってます。」
「ルリーナ、ポロネさんありがとうございますわ。……今更ですが二人とも巻き込んでごめんなさい。本来なら私がどうにかしなければならない問題のはずですのに…。」
「私は頼ってもらえて嬉しかったですよ。あの魔術の秀才と呼ばれるマリス・ユークリストに頼ってもらえるなんて友達冥利に尽きます。」
「そうですよ!友達は頼ってなんぼです!まぁ、私は何もできていませんが……。」
「二人とも……本当に私は良い友達を持ちましたわ。」
三人が話していると部屋にユークリスト家のメイドが入ってきた。
「マリス様お時間です。ご友人の方々も席にお戻りください。」
「では、予定通りにお願いします。全員無事で乗り切りましょう。」
「はい。」
これから起こることに最大限の警戒しながらそれぞれの席に着く。
式が始まるとすぐにルリーナとポロネは違和感に気がついた。
ミレム様の様子がおかしい。
「ポロネちゃん、ミレム様は既に」とルリーナが小声で話す。
これは予想通りだ、私たちと話した後、オルグスに接触したミレム様は今回の件についてオルグスを問いただした。それを邪魔と思った敵がオルグスのように洗脳したのだろう。
そして、式は予定通り進み。
指輪交換を終えた時、急にオルグスが立ち上がり声を上げた。
「叶った、叶ったぞ!」
壇上のマリスが気を失いその場に倒れた。
新婦が倒れるという異常事態にも関わらず参列者達は誰一人として動かず表情すら変えない、すでに全員洗脳済みだった。
「まさか…指輪に細工が」
ルリーナがマリスの下に駆け寄ろうと立ち上がると「マナーがなってませんね」とどこからともなく現れた男が振った剣で壁まで飛ばされ、体を強打した。
「ルリーナちゃん!」
魔術器を出現させるも、もう一人の男がポロネの首にナイフを当てる。
「動くな。動けば頭が落ちる。」
「ッ!!」
どこから現れたのかすらわからないタキシード姿の二人の男達。
「おい、ルリーナってのは、どっちだ?」
「知らないですよ。どちらも殺せばいいでしょう?」
「それもそうか。」
ナイフの刃がポロネの首に通る寸前で白い閃光によって殴り飛ばされた。
「私は法を写し未来を描く者」
詠唱を終わらせ身に魔法を纏うルリーナがポロネの前に立ち、緊迫した表情をしていた。
「ポロネさん、今すぐ逃げてください。こいつらは…」
「俺達が何だって?」
未完成とはいえ魔法を使っているのに……
気付いた時は後ろを取られていた。
瞬時に対応、防御姿勢をとろうとしたが間に合わず男の蹴りが直撃した。
「うッ!」当たりの物に激突しながら床に倒れる。痛みですぐには立ち上がれない。
「お前がルリーナか……それを使うってことはまだ記憶は戻ってないんだな。」
表情の変わらない男は地面に伏せるルリーナを見下ろす。その後ろでニヤけ面の男が「じゃあ、さっさと殺して帰ろうよ。早くそこの彼女を連れ帰らないとアモンの奴に文句言われるよ。」と急かしていた。
「それもそうだな」納得した男は手に持つナイフをルリーナに向ける。
「自己紹介くらいはしよう。俺はバティンだ。見知って置く必要はない。お別れだルリーナ・アルス。」
「ルリーナちゃん!」
「コラ、静かにしなさい。」もう一人の男がそう良いながらポロネの首を掴み持ち上げる。
「うグッ……」
地上から離れた両足をばたつかせる。
しかし、動けば動くほど首が締まっていく。
「これも壊しちゃっていいかな?」
「知らね。いいんじゃね。」
「ポロネ……ッ!!」助けに動こうとしたルリーナの腕に深い切り傷が現れる。
「あまり、動かないほうがいい。俺は性格がいいから無闇矢鱈に痛め付けることはしない。動かなければ一瞬で終わるからじっとしててくれ。」
状況は最悪……だが、これはポロネちゃんの予想内。だから、この最悪は覆る。
突然、式場の入り口の扉が開く。
「マリスちゃんの大事な結婚式に遅刻するなんてありえないよ。全部ライズが悪いんだよ、届いた招待状無くすから」
「うるせぇ、お前だってドレス選びに時間かけすぎて集合時間ギリギリだっただろうが!」
「ギリギリだっただけで間に合ってますぅ〜。ライズみたいに遅刻してません〜。」
「二人とも静かにしてください、会場内ですよ。」
「みどりちゃんめっちゃドレス似合ってるなぁ。お姫様みたいや。」
「ありがとうルビルさん。」
先頭アルファとフェルーナを先頭にの各々が綺羅びやかな衣装を身にまとい式場に足を踏み入れる。
誰一人としてこの状況に狼狽える者は無く。
いつも通りの騒がしさで会場の緊張感を壊す。
その姿を見たオルグスは「なぜ、お前たちがと」腰を抜かしその場に尻もちをつく。
対照的にバティンともう一人の男は「来たか」と知っていたような口ぶりをする。
「み…なさん、申し訳……ありませんわ…こんな姿で」
薄っすらと意識を取り戻したマリスがアルファを視界に入れ、苦笑いを浮かべる。
それに対してアルファは優しく微笑み応じる。
「御招待ありがとうマリスちゃん。謝らなきゃいけないのは僕の方さ、僕らがちゃんと掃除しなかったせいでマリスちゃんの大事な結婚式に埃が入り込んじゃったみたい、すぐに掃除するから少し待ってもらえるかな。」
アルファがそう言うと後ろで控えていたヴァルドールがマリスの元まで行き、「失礼します」と抱き上げて会場へ一礼した後、控室へと向かった。
「さて、バティンとアスモデウスだっけか、今すぐルリーナちゃんとポロネちゃんを離してもらえるかな?」
「無理な願いだ」
「そっかー……ロイ、アレックス。」
名を呼ばれた二人は飛ばした斬撃から逃れるためバティンとアスモデウスはルリーナ達をその場に残し距離を取った。
「お、お前達はあいつらを殺せ!」
会場にいた全員の姿が変わっていき、アルファ達へ銃を構えた黒い化け物へと変貌した。
「え、参列者全員全身黒タイツは斬新すぎない?」
「なわけ無いだろ、全員元々化け物だよ。」
「失礼だよライズ、化け物みたいに見えるだけで化け物じゃないかもよ。」
「どっからどう見ても化け物だろ、バカイリス。」
「わぁーん、オルタちゃん、ライズがバカって言ったぁ!」
「イリスもライズも静かにしなさい。」
オルタが二人を叱りつける。
それを見ていたバティンがオルグスに視線を送る。
「起動しろ。」
バティンの一言で式場が結界に包まれた。
四隅には球体の装置が宙に浮いていた。
「これがマリスちゃん手紙にあった、魔術を封じる装置か。」
「そうだ、これこそがユーグ家の最高傑作。色彩などと呼ばれて浮かれているお前らもこの結界内では非力な愚者にすぎない!」
「非力な愚者ね……バティン、アスモデウスお前らはこれで僕らを封じ込めれると思ったわけ?だとしたら、僕らを舐めすぎたよ。」
会場内の空気がアルファの発した圧で重くなる。
「"色彩の金"アルファ・デウスの名の下に"最高権限を持って全ての魔法の詠唱を破棄することを許可する"」
その言葉に続き色彩全員が各々武器を構え、唱える。
「俺は法を撃ち未来を滅する者」
「私は法を唄い未来を照らす者」
「俺は法を造り未来を願う者」
「私は法を解し未来を望む者」
「俺は法を壊し未来を守る者」
「私は法を治し未来を救う者」
金銀青以外の全員が魔法を使用した。
イリスが歌い始めの魔法によって空間が豪華な城のエントランスへと変わる。
膨大な魔力が会場を覆い尽くす。
「あれが、ロイ先生の魔法。」
見た目は纏の発動状態に近い姿だが背中に大きな円型の魔法陣が浮かんでいた。
「ライズはイリスを守れ。ロイ、オルタはバティンを、みどりとルビルはアスモデウスの討伐。アレックスはこの場に残れ。以上、これはただのゴミ掃除だ、着替えは無いから服は汚すな。」
「「「 了解 」」」
バティンはナイフを構える。
しかし、対応できない速さの動きで頭を掴まれてしまい勢いよく投げ飛ばされた。
「うちの弟子が世話になったな。」
言葉を交わすこと無く座標を決め、ロイと共にいたオルタにターゲットを移す。
武器は杖、支援が前提のオルタならこちらの一撃が間に合う。そう考え、瞬間移動するとすでにそこにロイが剣を振っていた。
行動が読まれている、そう認識したときにはバティンの身体に斬撃で深々と傷が付けられる。
「な……」
「なぜわかった?ですか。予想通りの面白みのない質問ですね。しかし、疑問を持つことはいいことです。疑問があるということは知識が増えるということですから。」
次読まれるのを考慮してダミーの座標を配置して移動を……
「フェイントは効きませんよ。フェイントは知らないからこそ通じるものです。知っているものには通じません。」
フェイントを入れて移動したはずなのに既にロイが移動先の座標に攻撃している。
既に振り降ろされ始めた斬撃を避けることはできず再び直撃する。
「まさか…」
「まさか、未来が見えているのか?…ですか、概ねそのとおりですが訂正点が一部だけ、見えているというのは少し違いますね。見えているのではなく理解しているというのが正しいですね。」
「チッ、気持ち悪いな。」
「確かにそうですね。使われた側は心が読まれているような感覚になると思います。気持ち悪いですよね、ならあまり抵抗しないことをおすすめします。これからあなたがどうなるのかはすでにわかってますから。」
「なるほどな、ってことはお前が未来を知っても動けない速度でその頭を落とせばいいんだろ。」
「そうですね。そのとおりです。私はあくまで支援職ですからね、あなたに近接戦闘を挑まれてしまえば動体視力も判断能力足りない私は格好の的でしょう。……ですが、そうならないための赤なんですよ。」
赤い閃光がバティンの左腕を切り飛ばす。
文字通りいつの間にか消えた腕の根元を抑える。
「後は俺がやる。オルタは下がってろ。」
「絶対に服は汚さないでくださいね。」
「わかってるよ。」
光に照らされ輝く剣身にバティンの姿が映り込む。
ナイフを構え、動きを見逃さないように目を凝らす。
「気張ってるとこ悪いがもう終わったぞ。」
瞬きはしていない。見えなかったなんてものじゃない認識すらできなかった。
細切れになり塵とかす身体と意識。
呆気ない自身の最後を笑う。
「ロイ、大丈夫ですか?」
「問題無い、さっさとアルファ達の援護に行くぞ。」
アルファが指示を出しロイとオルタが戦闘を始めたのと同時刻。
「私的にはあっちのいい男がよかったのだけど。」
アスモデウスはバティンの相手をしに向かうロイを見て舌舐めずりをする。
「失礼やな。俺はいい男じゃないって良いたいんか。」
「そうだよ、失礼だよ。ルビルさんはいい男だよ。」
「……みどりちゃん。そこは対抗せんでええねん。めっちゃ、うれしいけどな。」
「そ、そうなの、でも、ホントのことだよ?」
「よし、もう戦うのやめて、買い物行こうか。もう、みどりちゃんが買いたい物全部お兄さんが買ったるわ。」
「えぇ!?お買い物はうれしいけど、アスモデウスさん倒すのも大事なお仕事だよ。」
「なぁ、アスモデウス。俺は今すぐにみどりちゃんを甘やかさないとあかんねん。だから、さっさと消えてくれ。」
口を大きく開けた複数体の毒蛇がルビルの足元から現れ、アスモデウスに噛み付く。
「避けもしないか。」
「避ける必要がないからねぇ。」
毒蛇に噛まれても一切顔色を変えない。
「私は色欲を司る者。君はどちらの味方かな?」
頭が霧がかったよつにぼやける、俺は…
なぜか、目の前のアスモデウスを敵だと思えない。
アスモデウスに見惚れてしまう。
彼女を守らなければならないような気がしている。
……だが、
先程より猛毒を持った蛇がアスモデウスに噛み付く。
「あなた効かないのね。」
「当たり前だ、俺に魅了は意味ないぜ。なんたってお前はみどりちゃんの敵だからな。俺がお前をどう思ってようがみどりちゃんがお前を敵と認識しているなら俺はお前の敵だ。」
「無茶苦茶ね。なら、その子がいなくなったら効くのかしら!」
アスモデウスの鋭い爪がみどりに襲いかかる。
「は?」
みどりの身体に爪が触れた瞬間、腕が歪な形に膨らみ消し飛んだ。
「ごめんなさい、触れないでって言うの忘れてました。」
「腕が再生出来ない。なにをしたの?」
「多分、アスモデウスさんの再生限界を超えたんだと思います。私は何もかもを再生してしまうんです。でも、再生して良いものと悪いものがある、アスモデウスさんが再生してしまったのは消えるはずだった悪いもの。」
「なるほどな、お前は再生しすぎると身体が崩壊するんか。じゃあ、これで終いや。」
アスモデウスに無数の毒蛇が飛びつく。
その毒蛇に噛まれたアスモデウスは身体中が先ほどの腕のように膨らみ、破裂した。
飛び散るアスモデウスの身体が服を汚さぬよう毒の壁でみどりを守る。
「危ない危ない、みどりちゃんがいなかったらあいつの魅了でゲームオーバーだったわ。」
「なんで、私がいると魅了が効かないんですか?」
「そりゃあ、俺がみどりちゃんの魅力の虜やからかな。」
「ルビルさん……今のは少し気持ち悪いかも。」
「よし!さっさとアルファ様のとこ戻ろうか!」
バティン、アスモデウスの討伐。
その間でポロネはありえないものを目にしていた。
魔法の詠唱破棄も理解できないが、それ以上に……
「なにが起こっているの……」
目の前で生み出される複数の龍達と豹の頭を持つ化け物達がお互いを喰らいあっている。
それぞれが敵の血肉を食らう地獄がその場には広がっていた。
その戦場の両端でアルファとシトリーがニコニコと不敵な笑みを浮かべている。
数分前、アルファとフェルーナ、アレックスがその場に残り、最後の敵と対峙した。
「ねぇ、いつまでその姿でいるわけ?そろそろ、顔を見せてほしいんだけど。」
「な、なにを言っている。クソこんなことになるなら悪魔どもと手を組まなければ……」
「うるさい」アルファはオルグスに向かって巨大な剣を突き刺した。
濃い土煙が宙を舞い、その中で男とも女ともとれる姿をした者が…オルグスでは何かが動く。
「あーあ、完璧な変装だったのに壊されちゃった。……久しぶりだねアルファ、フェルーナ。あと、初めましてアレックス。私はシトリー、以後よろしく。」
無感情なシトリーがペコリと頭を下げると地面から豹の頭をした化け物が50体ほど湧き出した。
「行け。」
50体がその一言で走り出す。
「アレックス、全部頼む。」
「了解」
命令を受けたアレックスの刀が先頭の化け物を一刀両断する。
「次!」
刀は次から次に襲いかかる敵を斬り伏せていく。
「あれ、思ったより強い。予想より成長が速いのか。50ではどうしようもないな。」
「油断大敵」
アレックスがシトリーの後ろに回り刀を振り降ろす。
「ぬ?」
青い刀身の刀は素手で弾かれ、シトリーの蹴りがアレックスに直撃した。
「これは油断ではなく余裕だよ、アレックス。しかし、この歪な世界でそこまで強くなった君に称賛の意を込めてこれを贈ろう。」
シトリーが手を手刀の形にして上げる。
「遠慮はいらない、味わってくれ。」
手刀から繰り出される斬撃が直撃し、アレックスを壁の奥まで吹き飛ばした。
「ガラッ……」自分に覆いかぶさっていた瓦礫を退かしアレックスは立ち上がる。
ポロネとルリーナは立ち上がったアレックスの姿を見て絶句する。
その一刀で空も海も割る男が頭から血を流していた。いつもの余裕は表情から消え去り、「すまねぇ、お館様。服汚しちまった。」と
口にする。
「こいつが相手じゃ仕方ないさ。でも、そうだね、これ以上、アレ君が本気でぶつかったら敵より先に式場が無くなっちゃいそうだから今回は僕がでるよ。アレ君はヴァルドールちゃんに頼んで着替えて来ていいよ。」
アレックスは少し悩んだ後「了解、ご武運を」とその場を後にした。
そして、現在の状況に至る。
未だ止まることを知らず、2人の強者は龍と獣を生み出し続ける。
「久しぶりに戦闘で使ったから鈍ってるけど案外いけるものだね。」
「えぇ、それで鈍ってるって恐ろしいね。」
地獄を背景に二人は語り合う。
「それで、本物のオルグス・ユーグはどこにいったのかな?」
「殺したさ。別に必要なかったしね。」
「そっか…それは残念。結構真面目でいい人だったんだけどな。」
「あのさ、僕が口にするのもなんだけど、あんたはもっと人の感情を知るべきだよ。」
「……確かに、ここは怒ったりするべきだったか。」
なんの突拍子も無く、アルファの生み出す龍の首が二倍以上に増加する。
「くっ……急に増やすのやめてほしいかな。」
「ん、あぁ、ごめんごめん。まぁ、でも、僕が出ておいて戦闘が長引くのは良くないなと思って。とりあえず、遺言を聞いとこうかな。」
さらに100体の龍の首が顔を出す。
龍はその一口で豹の化け物を数体食らう。
「やば、ちょっとキツイかも。ギブ!ギブアップ!!」
龍に食べられそうになりながらシトリーがそう叫ぶと天井が崩れ男が現れた。
その男は白い剣の一振りで無数の龍の首を両断する。
「バエルか…」
男はシトリーを担ぎ上げ、すぐに何処かへ飛び立ってしまった。
「いいのか追わなくて。」
イリスの護衛についていたライズが声を掛ける。
「今日は奴らの殲滅が目的じゃないからね。この場から居なくなってくれるなら追わなくていいかな。」
敵の排除を完了した各々がアルファの下に集まる。
「ポロネちゃん、ルリーナちゃん、ごめんね、遅くなっちゃって。」
「謝らなければならないのは私の方です。どんな理由があれど色彩の方々を利用する形になってしまった。本当にすみませんでした。」
深々と頭を下げるポロネをアルファは慌てて止める。
「ポロネちゃんが謝ることじゃないって、今回の件は僕達の落ち度なんだから。」
式場の扉が開く。
「いいえ、招待に応じてくださったのにこんなことに巻き込んでしまい、本当に申し訳ございませんわ。」
「マリスちゃん!もう、動いて大丈夫なの?」
「問題ありませんわ。それにヴァルドール様のおかげで囚われていた私の両親も助かりました。皆さんには感謝してもしたりないですわ。」
「うんうん、それは良かった。みんな、無事で何よりだよ。あれ、マリスちゃん、ミレム君は?」
「ミレムもお陰様で無事です。彼は魅力が欠けられてから日が浅かったため、みどり様の治療で元通り治りましたわ。」
「そっか、起きたら彼には辛い思いをさせてしまうね。彼の父親のオルグスは助けられなかったから。」
心を痛め辛い表情をするアルファにマリスは「その御心だけでミレムは救われますわ。」と微笑む。
「まぁいろいろあったし辛いこともあった……しかーし、それでも私は空気を読まず聞かなければならない……ねぇ、マリスちゃん、本当に結婚するの!?私、招待状見て驚きでひっくり返ったんだけど!」
しんみりとした雰囲気を打ちこわし、いつも通りの調子でイリスがマリスに詰め寄る。
「は、はい、少し日程は違いますが私はミレムとの結婚が決まってますわ。それについても皆さんに謝罪を……」
「嘘…私の方が年上のはずなのに私には彼氏のかの字も無いのに。」
イリスは人の話を聞くこともなく、一人絶望していた。
「い、イリス様にもすぐに良い人が……」
「そりゃ、お前みたいな奴より、マリスみたいに才色兼備の女性の方が選ばれるだろ。」
「言うね!言ってくれるね!ライズだって万年ぼっちで彼女なんてできたこと無いくせに!一匹狼気取ってカッコつけてる癖に!」
「カッコつけてねぇし!一匹狼気取ったことなんてねぇーよ!」
「は!この前、「俺、一人のほうがやりやすんだけどな……」ってカッコつけてたじゃん!」
「ほ、本当のことだろ!お前だって、」
「こらこら、本日三回目の夫婦漫才はやめてね。」
「夫婦漫才じゃねぇ!」
「夫婦漫才じゃないです!」
アルファに息ぴったりでツッコミを入れる二人。
「まぁ、でもよく考えたね。貴族間のやり取りに僕たちは手を出せない。けれど、招待客としてその場に居合わせれば、僕等は関係者となり、対処してもルールに抵触しない。これ、考えたのポロネちゃんでしょ。」
「はい、不快な思いをさせてしまいすみません。」
「いいや、称賛はあれど、問い質すことは無いよ。その策のお陰で僕等は貴族内に潜む悪魔を討伐できたんだから。」
マリスはコツコツと歩き、アルファの前で膝を付く。
「……今回のご恩はユークリストの名において必ず報います。改めて私と私の家族を助けていただきありがとうございました。」
深々と頭を下げるマリス。
マリスとしてでは無く、ユークリスト家の令嬢としての挨拶をアルファは拒むことはしなかった。
「うん、でもまぁ、悪魔にいいようにされて壊されて終わりっていうのはちょっと癪だね。だから……あの……フェルーナさん、お願いできませんかね?」
急に腰が低くしたアルファの頼みにフェルーナは「仕方ありませんね。」と杖を出す。
「権限行使」
崩れた壁が、壊れた椅子が、砕け散った天井がその欠片のすべてが宙を漂い元の配置へ戻っていく。
曲がった木材は真っ直ぐになり、欠片が集まった部分は壊れたことが無かったかのように元に戻る。
「これは…」
「俺も久しぶりに見たな。フェルーナ様の魔法。」
ルリーナの疑問にロイが応える。
「これがフェルーナ様の魔法。凄いですね。」
「凄いなんてもんじゃない。時間の巻き戻しなんて人間の持ってていい力じゃないだろ。」
先生が険しい表情をしている。
「先生?」
呼んでみるも返事はない。
ロイ先生の瞳に敵意の色が見えた気がした。
「これでいいですか?」
「ありがとう、フェルーナ。さて、会場も元通りになったことだし、結婚式の……いや、結婚式はまだだったね。う〜ん、じゃあ、マリスちゃんの婚約発表パーティーということでみんなで祝おうか!」
アルファの力で会場が変化し、テーブルと椅子が現れ、そこへヴァルドールとマリスのメイド達が料理を運んでくる。
急に現れたステージでは色彩の専属メイド達がナルのドラムを始めに華麗なジャズを披露する。
オルタは頭を抱え、イリスはルリーナとポロネの手を引き走り出す。
いつの間にか、絶望で色がなくなっていた会場が明るく愉快な色彩に彩られていった。
にんじんは喋る