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紫毒の蛇は闇をも喰らう

コツコツと白亜色の廊下を鼻歌を歌いながらテンポよく歩く。

着いたのはある部屋の扉の前。


"色彩の紫"ルビル・オグニスは優しく扉を3回叩く。


「みーどーりーちゃーーッボケブァ!!」


返答も待たずみどりの部屋に入ろうと扉を開けたところで横からメイド長のヴァルドールに飛び蹴りされ空中で3回転し、そのまま廊下の先まで飛んでいった。


計算され尽くした蹴りによって回転しながら飛んでいったルビルは見事顔面を床に打ち付けた。


「……ヴァルドールさん?」


目をこすりながら起きたばかりのみどりが部屋の奥から現れる。


ヴァルドールはいつも通り丁寧に一礼した後になにもなかったかのように爽やかな笑みを浮かべて口を開く。


「おはようございます、みどり様。起床時間となりましたので起こし参りました。朝食の準備もできておりますのでご支度ができ次第中央ホールへお向かいください。」


「ありがとうございます。ヴァルドールさん。……あの、ヴァルドールさん。さっき、ルビルさんの声が聞こえた気がするんだけど……」


「いえ、私は見ていませんね。気の所為では無いでしょうか。」


「……そっか、気の所為だったんだ。ヴァルドールさん、私もすぐ行くってみんなに伝えてください。」


「わかりました、ご支度は手伝いますか?」


「ううん、大丈夫です。ありがとうヴァルドールさん。」


「なにかありましたらすぐにお呼びかけください。では失礼します。」


静かに扉を閉め、トタトタと部屋の奥へみどりが戻るのを音で確認し、遠くで転がっているルビルに箒と塵取りを持って近付く。


「ルビル様、おはようございます。」


「あぁ、ヴァルドールちゃん、今日も素晴らしい蹴りやったよ。」


傷だらけのルビルはヘラへラと笑いながら話す。


「お褒めいただきありがとうございます。ルビル様も朝食の準備ができておりますので中央ホールへお向かいください。」


「いや、待ってくれ。今日こそはみどりちゃんの部屋に……いや、幸福に満ちた神域に向かわねばあーーーあーー」


「早く向かいますよ。」ヴァルドールはルビルの襟を掴み力任せに引きずっていく。


それは世界最高の魔術師の扱いではなく。

大きなゴミでも相手にしてるかのような扱いだった。


「俺はまだ諦めへんぞぉーー」


「諦めてください。」


ロリコンの悲痛な叫びが廊下に響き渡る。

ヴァルドールは気にも止めず中央ホールまでロリコンを引きずっていった。


「おはよう、みどりちゃん。ルビル君も今日もヴァルドールちゃんと一緒かい?仲がいいね。」


「おはようございます、アルファさん。」


「おはようアルさん。ほんまにそうなんですわ。ヴァルドールってばもう俺に夢中でなんのっ……あぶなッ」


フォークがテーブルに置いていたルビルの手を貫かんとばかりに勢い良くテーブルに突き刺さる。


「ルビル様、お戯れはその辺で。」


ヴァルドールは刺さったフォークをそっと抜き取りルビルに手渡した。


「おお、こわいこわい。」


そんな茶番を見て笑みを浮かべるアルファはみどりとルビルが席に座るのを確認するとパチッと手を合わせた。


「いただきます!」


「「「いただきま〜す」」」


アルファに合わせて全員が食事を始める。

別にルールやしきたりでは無いがこれだけは毎日決められていた。


みんな、揃って朝ごはんを食べる。


これはアルファが決めたものだ。

どうしてもこれだけは譲れないらしい。


全員が各々の食べ方で食事を続けているとルビルが思い出したかのように話し始める。


「あぁ、俺、今日は見回りしてくるからよろしゅうな。」


「あぁ、今日だったか。気をつけてね、最近は物騒だから。」


「何言ってんねんアルさん、物騒なのは最近だけじゃないやろ。」


ニッと笑う。

そんな、ルビルを見てアルファはやれやれと首を振った。


「それでも気を付けてくださいね。何かあったらすぐに私達に伝えてください。絶対に助けに行きますから。」


いつも通り白のドレスに身を包むフェルーナは真剣な表情で伝える。


頭を掻きながら「大丈夫だよ、姐さん。俺も十分つよーなったから。」とルビルは気恥ずかしさを誤魔化す。


「ふふっ、そうですね。あんなに幼かったルビルがここまで成長してくれて嬉しいです。」


「昔のことはやめてくれや。まぁ、とりあえず行ってくる。」


朝食を済ませたルビルは立ち上がりヴァルドールから鞄を受け取り塔を後にした。



……これが最後か。


時刻は18時を過ぎ、辺りは陽の光でオレンジ色に染まっていた。


着いたのは9件目の孤児院。

各地にある色彩の管理する孤児院の一つであるここでは都市間戦争で親を亡くしてしまった戦争孤児達をスタッフ三人で育てている。


都市ノルンからの支援で成り立つ孤児は各地にあり、その中でもここは都市ノルンから遠く離れていた。


「ルビル様、来てくださったんですね。」


可愛らしいうさぎのバッチのついたエプロンをして柔らかな笑顔の女性が駆け寄ってきた。


「おう、元気しとったか、ナタリア。」


「はい、おかげさまで子供達もスタッフもみんな元気に過ごせてます。」


「そりゃよかった。」


ルビルとナタリアが話していると遠くから子供達が駆け寄りルビルの服を小さな手で引っ張る。


「ルビルだ!」「ルビル!僕、魔法使えるようになったんだよ!すごいでしょ!」「ルビルさん、おままごとしよ!」「ルビル、チャンバラやろ!」


「こら、みんな、ルビルさんは長旅で疲れてるんだから」


「いや、ええんよ。ほな、何から遊ぼうか!」子供達の頭を優しく撫でながらルビルがそう言うと子供達は満面の笑みでその手を引いていく。


"色彩の紫"ルビル、普段は魔術師達から死を操る男などと言われ恐れられている彼が子供達の軽い力でどこまでも引っ張られていく。


色彩にはその席についた時点でそれぞれ莫大な資産が与えられる。

通常その資産は魔術の研究や魔法の製作などの材料に充てられるがルビルはその資産の9割を孤児院の運営費に充てていた。


「みんな、夕飯の時間ですよ!」


スタッフの1人のアズサがカンカンとフライパンをお玉で叩き、子供たちを集めている。


子供達がみんな夕ご飯めがけて走り出していく中、1人の少女がルビルの服を掴んだまま離さずにいた。


「どうしたん?リリナちゃん。」


「………ルビルと一緒にいたい…。」


ぐはっ、なんて可愛さ。

あまりの尊さに心肺停止寸前まで追い詰められるもルビルはなんとか持ち堪え平常を装う。


「じゃあ、一緒にご飯食べに行こか。」


浮遊魔術でリリナの小さな体を浮かせ、お姫様のように優しく抱っこした。


「さぁ、行きましょか。お姫様。」


リリナは少し顔を赤くすると「…うん。」とコクリ頷いた。


ぐふぅッ……。

ロリコンの心の臓に深く突き刺さった幼子の尊さでルビルは命尽き真っ白になって空を見上げながら立ち尽くす。


「大丈夫ですか、ルビルさん。ルビルさん?」


「……あぁ、大丈夫や…ちょっと、リリナが可愛すぎただけや。」


「相変わらずルビル様は子供が好きですね。」


ナタリアはふふふと笑う。


「さぁ、リリナちゃん。ご飯食べに行きましょう。」


「……いや、ルビルと一緒に行く。」


「そうやった、はよ一緒にいかなあかんな。」


「ルビル様、すみません。」


「いやぁ、謝らんでや。子供の我儘を叶えんのも俺の仕事や。」


浮遊魔術でナタリア共々浮き上がり夕飯の待つ室内へ向かった。


その日の夜、子供達が寝静まった後にスタッフとルビルは一室に集まった。


「それじゃあ、本題に入りましょか。それで、子供達の人数が減っていることについて知っていることを話してくれ。」


空気が締まり、スタッフは緊張で体が強張った。

ナタリアは資料を持ちルビルに説明する。


「事の始まりは三日前、その日も普段通り子供達は生活を送り、特に外へ出るなどはしませんでした。ですが、その次の日の朝に人数を確認すると、フォード君とライネちゃんの二名がいないことがわかり、スタッフ全員で付近の捜索、また、都市ノルンの都市警察にも事情を伝え捜索をお願いしましたが現在も見つかっていません。」


「その日に外部から訪れた人は?」


ナタリアがパラパラとその日の状況についてまとめた資料をめくる。


「いません。ルビル様が張ってくださった侵入者用の反応結界にも反応はありませんでした。」


「その日の夜の見回り担当は誰だ。」


亀のバッチの付いた緑色のエプロンを着けた三人目のスタッフのマーラが手を挙げた。


「私です。その日は特に問題なく、深夜2時頃に人数を確認した際はフォード君とライネちゃん両名がいることを確認しました。」


「施設内に問題はあったか?」


「いいえ、結界も含め特に問題はありませんでした。」


「そうか……とりあえず、防御結界と反応結界の強化と都市ノルンから警備を派遣する。あと、都市警察の捜査員を増員して2人の捜査を行う。……俺も今日は警備と捜査の両方に参加する。これでいいか?」


「「「はい。」」」


「あー、あと、信頼はしているがスタッフの全員にこれから1週間または子供達が見つかるまで位置特定魔術をかけさせてもらう。問題あるか?」


「「「ありません。」」」


三人が真剣な顔持ちで応える。


「よし、じゃあ、さっそく俺は捜査に行ってくるわ!今日の見回りは2人ずつで行ってくれ、どんな些細なことでも気付いたことがあればすぐに俺に連絡すること。じゃあ、よろしゅうな。」


そう言って施設を後にしたルビルは暗い夜の空へ飛び立った。


夜風に当たりながらルビルは思考を回す。

外部の人間による誘拐だった場合、俺の防御結界や反応結界を無視できるほど上位の存在ということになる。そうなれば俺だけでの対応は不可能だ。他の色彩の協力を願い出るべきだろう。


だが…これが外部の犯行ではない可能性が高い。信じたくは無いがスタッフの誰かが犯人だろう。


ポケットに入れていた携帯が鳴る。

画面には都市警察捜索第一班とあった。


「こちら、ノルン都市警察のザリアです。」


「なんや、なんかあったか?」


「孤児院の周辺の森林内にて魔物2体の死骸を発見しました。」


「魔物の死骸?わかったすぐ行くわ。」


わかっていた、思考ができなかったわけでも可能性を検討できなかったわけでもない。


そうしたくなかった。


森林内に到着すると複数の警察官が進入禁止のテープで現場を囲んでいる最中だった。


ルビルの姿に気付き駆け寄ってきた警察官が一人いた。


「君がザリアさんか案内してくれるか?」


「はい」


少し歩くと腐敗臭が鼻を通る。

歩みを進めるごとにその臭いが強くなっていく。


ザリアが足を止める。


「こちらです。」


悪魔型の魔物が2体傷だらけの状態で倒れていた。周囲の植物は2体の魔物から漏れ出た魔力で腐り始めている。


「悪魔型の魔物か?」


「はい、特徴を見るに間違いないかと……ですが」


ザリアは近くにいた警官から透明な袋を貰うとこちらに持ち寄った。


「悪魔の片方がこれを抱きしめてたんです。」


それを見たルビルから周囲の警官たちが緊張で動けなくなるほどの威圧的な魔力が漏れ出す。


「最悪だ。」


ルビルは移動速度に魔力を集中させ、飛び立つ。


通り道にある木々の枝を吹き飛ばしてしまうほどの速度で移動するルビルの手には土で汚れてボロボロになったクマのぬいぐるみが握られていた。


数分だった、たった数分目を離しただけだった。


孤児院は炎に包まれた中からは叫び声や泣き声が聞こえてくる。なりふり構わず炎の中へ飛び込むと半身が魔物に変化し、意識が無い子供達が駆けつけた警官達の命を次々と奪っていく。


「なにが起こって…、ッ!」


後ろから別の子供が襲いかかる。

反撃もできず、逃げ回るしか無かった。


意識は無く化け物に乗っ取られた子供達の顔には流した涙の跡が残っていた。


院内を走り回ると一室でナタリアが倒れていのが目に入る。


「ナタリアッ!なにがあっ……」


すぐに駆け寄り仰向けにさせる刺し傷から血が溢れ出していた。


「ナタリア、おい!」


すぐに回復魔術を使おうとするとナタリアが右手腕を掴み回復魔術が解除された。


「なにしてんだ!すぐに回復すれば……」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


急にガタガタと震えだし同じ言葉だけを永遠に言い続ける。彼女は壊れてしまっていた。


「優しくしてあげてくださいよ。彼女は今後悔に潰されているところなんですから。」


防御結界も反応結界も内側から壊されてしまっているため気付かなかった。

ふざけた見た目の仮面を付け白衣を身に纏う男が炎の中から現れた。


「保存魔術式 斬毒弾」


反射的に杖を構え魔術を撃ち込む。

撃ち込んだ魔術は男に当たる直前で消えていった。


「色彩という高位の立場にありながら挨拶もできないのですか?」


「すまんな、でかい虫かと思ったわ。」


どす黒い声で冗談を交わす。


「そうですか、羽虫と私を見間違えるとは節穴にもほどがありますね。私はアモン。以後お見知り置きを」


「見知ってほしいなら仮面外したほうがええで、取りたくないなら取ってやるよ。」


複数の毒の剣がアモンに向けて飛んでいく。


「私には効きませんよ。」


アモンは自身の防御魔術に余程の自信があるのか避けようともしない。


「慢心は身を滅ぼすぞ。」


複数本の毒の剣の内、一本だけ防御魔術を突破しアモンの身体に突き刺さる。


すぐにアモンの身体に毒が回り動きが取れなくなり、その場に膝をつく。


「すぐには殺しはしない、今から言う質問に応えろ。……この惨状はお前がやったのか?」


「はい、そうですよ。まぁ、私は計画をねっただけで実行したのはそこの女ですけどね。」


アモンはナタリアを指差して笑う。


「本当に面白いですよ、その女の精神防御が脆弱性で簡単に操られてくれました。普段は子供のためとか言って夜な夜な子供を攫って私の実験材料として持ってきてくださるんですから本当に笑えますよ。」


聞こえていたのかナタリアが絶叫しながら自分の傷を自分で抉っていた。


「やめろッ!」


すぐに彼女の手を抑えやめさせる。


「私が……子供達を、…みんなを……」


このままでは彼女自信が自分を殺してしまう。


「すまない」細い毒針を刺しナタリアの動きを止める。


そっと、彼女を地面に寝せ、アモンと名乗る男と正面から対峙する。


「傑作だ。やはり、洗脳せずに身体だけ操ることで自己矛盾を起こし自死に追い込む方が面白い!」


ケタケタと笑うアモンの右腕が吹き飛び空中で消滅する。


「なに笑ってんだよ。」


「良い怒りですが、こんなものでそんなに乱していては私のメインディッシュはいただけませんよ?」


「もういい、黙って死ね。」


「もう、言葉すら交わしませんか。金ならも少し話になるのですが、やはり、金銀以外の色彩は所詮()()ですね。」


毒の刃が地面からアモンの首を切り落とすために放たれた。


「あぁ、来てしまいましたか。お披露目はもう少し引っ張った方がいいと思ったんですがね……仕方ありません。"色彩の紫"のルビルさん、お見せしましょうこれが私のメインディッシュです。」


アモンがそう言うと奴の首めがけて放った毒の刃が魔力に分解され、一点に吸収されていく。


細く小さな体、黒く綺麗に整えられた長髪。

まだ、彼女の体温が手に残っている。

まだ、彼女が笑顔を鮮明に覚えている


「……リリナ…。」


内蔵魔力が限界値を超えたときに体の表面に現れる結晶が水色のドレスのように見えている。


「リリナ、聞こえるか!俺だ!」


リリナに声をかけるも帰ってきたのは返事ではなく魔力結晶の刃だった。


「ぐッ……、」脇腹を貫かれ、激痛で膝をつく。


宙に浮き攻撃してくるリリナに反応ができない。

原因は敵意の有無だ。

俺は赤のように長年の戦闘経験も無ければ、青のように優れた戦闘センスがあるわけでもない。

だから、敵意に対して反応する魔術を常時発動することで戦闘におけるあらゆる行動をカバーしている。


「テメェ、リリナにもナタリアと同じように意識残してやがるのか。」


「気付きましたか、凄いですよね。魔獣化薬を取り込んでもなお、意識があるなんて驚きましたよ。想定外、危なく私が殺されてしまうところでした。」


色彩の紫は目の前の異形化した少女や成れ果てた子供たちを戻す術が無いかを模索する。


しかし、その時間も魔力結晶でできた槍が降り続き、思考が上手くいかない。


「どうしました?なぜ、逃げ回るだけで攻撃しないのですか?色彩内で特に人の殺し方を熟知しているはずのあなたが殺すのを躊躇っているのですか?」


リリナに戦わせ、後ろでニタニタと笑い話し続ける外道。


紫の魔法は命を奪う。

使えば、この場は収められるが子供たちは確実に助からない。


碌でもない魔法ばっか作った自分が嫌いになりそうだ。


「蠢く毒の王・呪い滴る牙を立て・喰らいつく……蛇毒牙」


紫毒の大蛇がニタニタ笑うアモンの首元目掛けて伸びる。


「守りなさい」


アモンがそう口にするとリリナは残像が見えるほどの速さでアモン前に移動し自ら大蛇に噛みつかれた。


だが即死の猛毒がリリナの体に広がることはなく大蛇は瞬時に水色の結晶に成り果て崩れ始める。結晶化が大蛇を伝って術者のルビルの腕に現れる。


「チッ」すぐに魔術を解除し、距離を取る。


毒の無効化、いや、違う。

リリナは今魔力の塊に近い状態、俺の魔術がリリナの魔力に耐えきれず対消滅してんのか。


「あぁ、可哀想なリリナ。信頼していた者に傷つけられてなんて悲しいのでしょう………とはいえ、色彩の実力を見るのも私の計画の一つなのですが、このままでは実力を見る前に死んでしまいそうです、どうしたものか…………あれ、もしかして、救えると思っていますか?」


「なにが言いたい。」


「助かりませんよ?子供達に接種させた魔獣化薬は私が作ったオリジナルです。現代魔術ではどうしようもありませんし、元に戻す薬はそもそも作っていませんので。」


「……何を……。」


「あぁ、それとリリナさん以外の子供達はそろそろ死にますね。体で保持できる容量をはるかに超える魔力を体内で生成し続けますから人間爆弾になって十分程度で爆弾します。」


絶望を語るアモンはニヤケが止まらない。


「だから、あなたに取れる選択肢は2つだけです。子供達が綺麗に散るのを見守るか、あなたが自身の手で子供達の命を奪うかですね。どうですか、心が踊るような選択肢でしょう?」


「ふざけるなよ。人の命を何だと思ってんだ」


「実験素材です。」


淡々と応えるアモンに腹の底が煮えくり返る。


ここで理性を失えば奴の思い通りになる。

無理やり冷静さを取り戻し、内側からドロドロと溶岩のような感情が昇ってくるのを必死で抑える。


足元から水色の結晶で形作られた槍が無数に現れ、その内の数本がルビルの身体を貫く。


魔力量に差がありすぎて魔力防御が意味をなさない。


激痛で動けないルビルに狙いを定め、今度は空中から剣が降る。


「我は神の剣に割かれし者・その牙には神をも滅する毒を持つ・恐れるものなど無く・その眼光は数多をを睨み・その八つの口で万物を喰らう」


「「認証しました。」」


「……八岐の大蛇。」


八首の大蛇は宙に浮く剣に噛みつき破壊していく。全ての剣が壊れると大蛇は標的を変えアモンを睨み各方向からその身に食らいつかんと首を伸ばす。


「リリナ……」しかし、その大蛇でさえリリナが落とした何百もの魔力剣によってなすすべ無く貫かれ消えていく。


「本当に私は天才だ!この薬があれば色彩など相手にもならない!喜びでどうかしてしまいそうだ!これこそが私が目指した境地!有象無象がこの私にひれ伏す時が来たのだ!!」


有頂天になってしまっているアモンはこのとき一つのミスをした。そのミスはそれほど影響が出るものではなく、ただ少しだけ精神制御魔術が緩んだだけだった。


だが、その一瞬が少女と彼に覚悟を生むきっかけを作ってしまった。


リリナの猛攻が続く中、頭にノイズが走る。


「……ルビ……き……」


声が聴こえる、耳では無く頭に直接響いてくる。


まさか……


何かに気付いたルビルはその膨大な魔力の波長に自分の魔力の波長を合わせる。


波長が合うと意識が白い精神世界に引っ張り出された。


「……みんな、なんでここにいるんだ?」


俺が波長を合わせたのはリリナだけ、にも関わらずその精神世界にはこの孤児院にいた子供たち全員が存在した。


「わたしがよんだの」


リリナが一歩前に出る。


「ごめんなさい、わたしたちのせいでルビルを苦しめちゃってる。」


その小さな拳を握り、リリナは涙を流す。

他のみんなも口々に謝り始める。


「ごめんなさい」「ごめん」「……ごめんなさい」


「ッ………、なに謝っとんねん!謝らないといけないのは俺……の方だろ。助けられなくて……ごめんな。」


いつもの笑顔が出来ない。

子供たちの前だぞ俺。子供たちの前ではいつでも明るくいるって決めただろ。


……俺が泣いていい訳ないだろ。


俺がうまくやっていれば、子供たちはこんな最悪な目に遭うこともなかった。


俺が油断しなければ、子供たちは苦しむことなんてなかったんだ。


いくら、流れる涙を堪らえようとしても止まってくれない。


感情が渦巻く、色彩という立場を得て力も権力も手に入れても目の前の子供たちすら助けられない。


子供たちに涙が見えないように俯く。


いつものように笑うんだ。

道化のように笑顔を浮かべておちゃらけるのがお前だろ。

悲しい顔なんて見せたら子供たちに心配させてちまう。


自分への失望も無力感も後悔も何もかもに蓋をして笑え。


これ以上、子供たちを苦しめないように。

大丈夫だと任せろと嘘でもいいから言わなきゃいけないだろ。


俺は色彩なんだ……だから、


「ルビル……大丈夫だよ。」温もりに包まれる。

子供たちが情けない姿の俺を優しく抱きしめる。その小さな身体に耐えられないほどの悲しみを抱えているはずなのに、それでも人の悲しみを理解して「大丈夫」と口にする。


俺がやらなければならないことを子供たちにさせてしまった。


「ルビルはすごいんだよ。ルビルのおかげでみんな毎日とっても楽しく過ごせたんだよ。」


涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら少女は優しく弱りきった青年を抱きしめる。


「……お家が燃えて、お母さんとお父さんがいなくなって一人ぼっちになった私をルビルは助けてくれた。ボロボロだった私を抱きしめて「大丈夫大丈夫」って言ってくれて嬉しかった。ルビルがいてくれたから私は生きてこれた。」


少女の言葉が青年の心を解いていく。


「ここにいるみんなもそう。みんなルビルにありがとうって伝えなきゃって思ったから集まったの。私達を助けてくれて、私達を笑顔にしてくれて、私達と一緒にいてくれて……」


戦争に巻き込まれ世界の闇を知り、浴びせられた毒を全て飲み込んだ優しい青年は崩れてボロボロのはずの心を抑え込み、同じ境遇にある子供たちを救い続けた。


青年は言う「自己満足」だと。


なにも救えてないと、誰も助けることができてないと。


どれほど丁寧にすくい上げても大切なものばかりすり抜けて落ちていく世界で青年はそれでもすくい続けた。


彼は自分自身を滑稽だと笑う。

だが、確かに彼は救って(すくって)いた。


すり抜け落ちてしまうものは確かに多い。

しかし、全てを失ってしまった子供たちにとって彼は紛れもなく「ヒーロー」だった。


どんな状況でも笑いながら希望を与えてくれる。そんな物語に出てくるようなかっこいいヒーローがルビルだった。


嘘か本当かなんてどうでもいい。

あの場所でこの手を握ったのが彼であることは変わらない。


子供たちは笑顔で自分たちの「ヒーロー」に感謝を伝える。


「「「ありがとう」」」


……俺は幸せもんだな。


「……俺もみんながいてくれて救われた。みんながいつでも笑顔で迎えてくれるから俺はいくらでも頑張れた。……みんな、ありがとう。」


ルビルは子供たちを抱きしめ返した。

最後まで子供たちの望む「ヒーロー」であろう。いつでも笑って誰にでも希望を与える、そんなかっこいいヒーローに。


「さぁて!最後にみんなで鬼ごっこしよか!俺が鬼やるからみんな逃げるんやで、もし捕まったら俺の必殺ギューっと抱きしめ攻撃やからな!」


わぁっと子供たちはいつも遊ぶ時の満面の笑みを浮かべる。

子供たちから涙が消え、わくわくが溢れ出している。


わざとらしく両手を上げて「始めるで!」と子供たちへ向かってゆっくりと足を進める。


すると子供たちもわーわーと楽しげに声を上げて逃げ始める。


子供たちはみんな笑顔で、みんな楽しそうだった……。



……現実に引き戻されると状況は変わらずリリナは操られたまま対峙している。


「……世界を嘆く紫毒の蛇・絶えず生み出される悲劇めがけて這い回り・涙し者に牙を立てず・万物を溶かす猛毒で・悲しみ全てを溶かしきる・」


今も苦しみ続ける子供たちを救うため青年はその口を開く。


「蛇は自らの尾を喰らい・未来永劫の時を生き続け・未来を見守り守護する・俺は法を壊し未来(子供たち)を守る者……」


子供たちを救う手段は無い。

俺は蛇、毒は作れても薬は作れない。


だから、せめて子供たちが苦しまないように眠らせよう。


「……ウロボロス」


ルビルの身体から毒が溶け出し、辺りに広がっていく。触れたものは痛みすら感じる暇も無く消滅する。


紫色の毒は広がり続け各所で暴れる魔獣化した子供たちに纏わりつく。毒はルビルの形に変化し優しく子供たちを抱きしめ、眠らせる。


「マーナ、ナフ、オリビア、アルガー、ロシエ、ビーナ、バルナ………」


ルビルは捕まえた子供たちの名前を呼び続ける。


紫毒は広がり続け施設全体を呑み込んだ。

目の前の少女以外の全ての子供たちの名前を呼んだあと最後の少女と対峙する。


「何が、何が起こっているんだ。これが魔法…なのか、ふざけるな。こんなものあってたまるか!これは世界に対する冒涜だ。あり得ないあり得てはいけない。こんなものに呑み込まれるなど…り、リリナ、今すぐ私を守りなさい!」


アモンはリリナの魔力結晶に囲まれ毒の侵食から逃れていた。


「リリナはいっつも俺のそばにいるから鬼ごっこで俺が鬼になると毎回最初に捕まるんだよな。けど今日は最後まで残ったな、すごいなリリナ。でも、俺鬼ごっこで負けたこと無いんよな。だから、今日も勝たせてもらうで。」


俺は優しく声をかけ歩み寄る。


「り、リリナ!奴を殺しなさい今すぐに!」


リリナはその小さな手に魔力結晶の剣を生み出し、ルビルに深々と突き刺した。


ルビルの身体からだが滲み出す。だが、ルビルは構わずリリナの小さな身体を優しく抱き上げる。


青い魔力結晶のドレスに身を包むリリナに相応しいお姫様抱っこ。


ルビルは微笑みながら「捕まえた」と鬼ごっこの終わりを告げた。


リリナの身体が消えていく中、精神魔術が消え、リリナが瞳から涙を流す。


「ごめんなさい、私ルビルをいっぱい傷付けた。私のせいでルビルが……」


「なに言ってんねん。俺もリリナに魔術当てちまったんだ、お相子様だよ。」


「でも、あれは…、」


「いいんだよ、俺は最強の魔術師やで。小さな傷なんてホホイのホイで治るんや。だから、心配も後悔もいらんよ。……それでどうやった鬼ごっこ楽しかったか?」


「楽しかったよ。みんな笑ってた。」


「そうか、そりゃ良かった。」


いくら魔力による抵抗が強くともルビルの生み出す毒は変化し抵抗をものともせずに溶かす。リリナの身体も残るは上半身だけだった。


「ねぇ…、ルビル」


消え行く中でリリナはルビルの手を握る。


「なんや?」


少女は太陽のように明るく微笑み、ずっと伝えたかった想いを口にする。


「大好き」


「俺もや!」


たった数秒間、2人は笑い合う。

少女は最後まで笑顔だった。


それだけのことがルビルにとって何にも代えがたいほどの救いとなった。


……少女が消えた後、全ての思いを背負い青年は悪意と対峙する。


「さて、大人同士、クソッタレな殺し合いでもしましょか。」


リリナはもういない。

アモンを守っていた魔力結晶は全て砕け散り、紫毒がアモンの身体を消し始める。


「やめろ、俺にはまだやるべきことがあるんだ、こんなところで死ねるか!」


「いいや、お前だけはここで殺す。何があろうと絶対に」


ルビルは紫毒を操りアモンを毒の檻に閉じ込める。


「やめろ!死にたくない死にたくない!」


人の死を、絶望を、後悔を笑い続けた男が醜く命乞いをしている。


「じゃあな。」


毒の檻を収縮し、アモンを消し去ろうとすると上空から何者かが落ちてきた。


その者は檻を破壊し、アモンを引っ張り出した。


「何やってんだよ、アモン。お前の力じゃ色彩は無理だって言ったろ?人の話全然聞きやしないんだから。」


白と黒が入り混じった髪の毛の君の悪いニヤケ面をした細身の男が目の前に現れる。


「誰だ。」


「ん、あぁ、ルビル君。始めまして、僕はバエル。どうぞお見知り置きを」


「そうか……バエル、とりあえず、その男を離せ。でなければお前も消す。」


「わぁー消すなんて怖いな〜。でも、確かにアモンがやったことは許せないよね。だってこいつかってにおもちゃで遊んだんだよ。ズルいよね。僕だって遊びたいのにさ。」


判断は早かった。


直ぐ様、紫毒を操作しバエルに喰らいつく。

しかし、紫毒の蛇の頭は空間ごとくり抜かれ消失した。


「う〜ん、今遊ぶのはやめた方がいいと思うよ?ルビル君はもう身体が限界でしょ?そんな身体じゃ遊びにならないよ。また、今度遊んであげるからじゃあ、またね〜。」


好き勝手言ったバエルはアモンを連れてどこかへ消えてしまった。


「クソッ」


アモンを逃がした。仇も討てなかった。

取り残されたのは俺はただ曇った空を見上げる。


……ナタリア、あいつは魔法使う直前に転送魔術で警官たちがいた方向へ飛ばしたのだが無事だろうか。


紫毒は未だに止め処なく広がり続ける。

リリナの膨大な魔力防御を超えるために魔法で魔力の毒の性質を変化させ続けた。本来ならば自身の適応を待ってから使うものなのだが時間が無く、短い時間で性質を変化させたため身体が適応できずにルビルの腕は崩れ始めていた。


この調子だとこの毒の完全制御まで数十分はかかる。……駄目だな。どう考えてま完全制御の前に身体が消える。


結局なにも無せなかった。


救わなければならないものは救えず。

仇も取れず。


「なにもできてないじゃねぇか。」


「……そんなことないよ。」


消えるはずの言葉に返答が返ってきた。

すぐに振り向くとそこにはみどりの姿があった。


「みどり……お前、なんでここに。」


「……怖い夢見たんです。ルビルさんがいなくなる怖い夢。だから、ルビルさんとの連絡が取れないってフェルーナから聞いたとき、びっくりしてそのまま追ってきました。」


「そうか……俺も最後にみどりに会えて良かったよ。でも、ここにいたら駄目だ。この毒はいくらみどりでもどうしようもないんだ。だから、逃げてくれ。これは俺の魔法だ、どうせ俺が死ねば魔法も消える。」


「ううん、逃げない。」


みどりは左手の5本の指についた指輪の内の3本を取る。


「また、一人で抱え込むんですか。孤児院の問題は二人で何とかしようって言ってくれたのにいっつも私だけ置いて行ってしまう。」


指輪を外した途端、膨大な魔力がみどりから溢れ出す。


みどりが一歩前に出ると紫毒はもともと無かったかのように消えていく。


「ルビルさんが私を大切に思ってくれてることはわかります。でも、私も色彩の一員なんです。頼りないのはわかりますでももう少し私にも頼ってくれませんか?」


魔力の衝突による魔法の消滅。

魔術が消滅することはある。しかし、それを実現するためにも膨大な魔力量が必要となり、この世界で可能な者は限られる。


だが、魔法を消滅させるほどの魔力を持つ者は世界に存在し無かった。そんな、魔力量は人間の魔力容量を遥かに超えているため、存在するはずは無いと言われていた。


彼女(みどり)が生まれるまでは。


「今回もまた、悲しいことも苦しいことも全部一人で抱え込もうとしていますよね。」


みどりが目の前まで来るとルビルの魔法は全て消え去ってしまった。


「私にも背負わせてください。私はルビルさんに守られてばかりでなにもできていない。」


悔しそうに彼女は話す。


「私がいたからどうにかなったなんてことは無いと思います。ルビルさんができないことを私ができるとは思いません。」


「……でも、この悲しみを背負ったまま一人で消えることは絶対に許しません。私はまだルビルさんから貰ったものを何一つ返せてないんです。これのままルビルさんが消えたら私は後悔し続けることになります。」


みどりは傷と血だらけの手を優しく握る。


「……ルビルさんはすごい人です。世界中の子供たちを救おうと頑張って、どんなに傷付いてもどんなに苦しくても絶対に諦めない。だから、何もできないなんて言わないでください。私は…いいや、私達はあなたに未来を貰ったんです。あの日終わるはずだった人生が今まで続いたのは全部ルビルさんのおかげなんですよ。」


微笑む彼女に俺は何も言えなかった。


「だから、帰りましょう。帰ったら今日あったことを話してください。苦しいことも辛いことも悲しいことも私が聴きます。聴いて一緒に泣いてあげます。」


「………俺はみどりちゃんを泣かせたく無いんだけどな。」


「残念でしたね。今日は泣かせていただきます。」


「……なんだそりゃ。」 


みどりはルビルの手を引く。

その小さな手はリリナと同じように大きな力を持っていた。


それは決して魔力量なんかじゃない。

大人には無い子供だけ持つ大きな力。


俺はこの手を守りたかった。


……すまんな、みんな、まだ、そっちに行けなそうだ。もう少し待っててくれ。


そう思うと急に後ろから突風が吹き、ルビルの背中を強く押す。


……その風はなぜかとても温かく感じた。





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