色彩の紅
「野球しようぜ!」
一人の男子生徒が箒をバットに見立てて構える。
「じゃあ、俺投げるわ。」
もう一人の男子生徒はそこら辺のプリントをくしゃくしゃに丸めボールに見立てて投げ始めた。
突如として始まった野球は魔術学院のある教室で行われていた。楽しそうな雰囲気につられてまた一人と教室野球をする者が増えていく。
最終的には10人ほど集まり実況と解説までつく始末だった。
しかし、それだけ教室で騒げば確実にその様子を見に来るものがいる。
「お前ら騒ぎ過ぎだぞ。」
いつも通りの天然のボサボサ頭に目まで隠れるほどの前髪のだらしない講師が教室の扉からひょいと顔を出した。
普通ならここで慌てるなり、ものを隠すなりして教室野球という見つかれば絶対に怒られてしまうこの状況を隠蔽するのだがここにいる生徒全員が叱りにきた講師の顔を見て隠すのをやめた。
「ロイ先生じゃん!先生も野球やんね?」
「やんね〜よ、そんなガキの遊び。俺は忙しいんだよ。」
「忙しいって、どうせ部屋に戻って寝るだけでしょ、俺らと変わんないじゃん。」
「お前ら、俺を万年暇人みたいに言うな。」
「じゃあ、戻ってなにするんですか?」
近くにいた女子生徒が質問してくる。
「昼寝するに決まってんだろ。」
「………なんで、そんなに堂々としてるんですか?」
なんか、周囲の生徒達の視線に呆れという感情が割合的に多く含まれているような気がする。
「てか、ロイ先生、もしかして野球下手?」
「は?下手な訳ないだろ。」
「じゃあ、打ってみてよ。どうせ打てないでしょ。」
プリントを丸めたボールを持った生徒がロイを煽る。そんな、煽りに乗る奴はいない。
「好き勝手いいやがって、やってやる、貸せ!」
箒のバットを男子生徒から取り、バッターのように構える。
「へっ、負けて泣くんじゃねぇぞクソガキ。」
「ロイ先生こそ、負けて泣くなよ。」
紙のボールが投げられ、大人気のない、いや、大人気などそもそも無いロイは力一杯箒振った。
紙のボールは箒に当たり窓の外に飛んでいく。と同時にそんな速度で振られることが前提で作られていない箒が折れ、飛んでいき、窓ガラスにぶつかった。
「「「「あ、」」」
その場にいた全員の声が重なった。
箒の硬い部分がぶつかった窓ガラスはキラキラと光りを反射させ、ガシャーンと学院中に響くほどの大きな音を立てて割れた。
「………」
沈黙が広がる。これは誰が悪いだろうか。いや、俺では無いはずだ。俺はただ箒を振っただけで箒が勝手に窓ガラスを割ったんだ。
「ロ・イ・先・生?」
後ろからの声に悪寒がする。
まずい、後ろには般若のような顔をした鬼が立っているに違いない。
しかし、それを見ない訳にもいかず恐る恐る後ろを向き……アスハということを確認して全力で走り出した。
「逃げるな!」
「そんな、鬼のような形相で追われたら誰でも逃げるだろ!」
「誰・が・鬼・で・す・っ・て・?」
くっ、まずい、このまま捕まるわけには。
いい案が無いか思考していると後ろから魔術の起動を音が聞こえ……、
「ひいぃ……」
先ほど野球をやっていた生徒が廊下に顔を出す。廊下には気絶したロイ先生の首根っこを掴み、ずるずると引き摺りながら歩く小さな鬼の姿があり、野球に関与した生徒達はあまりの恐怖に震えていた。
「ねぇ、さっき教室で遊んでたのって君達だよね……」
教室から廊下を覗いていた二人の男子生徒。一人は野球始めた者、もう一人はプリントでできたボールを投げていた者に鬼は一切笑っていない笑みを浮かべて「一緒に職員室行くよ。」と命令する。
「は、はいぃ!」二人の生徒と一人の講師ははアスハに職員室に連れてかれてしまった。
「で、今反省文を書いていると?」
般若の形相のアスハにしこたま怒鳴られ、現在、学院の自室で反省文を書くため、虚ろな目でパソコン画面を見つめているといつの間にか放課後になっていたらしくルリーナが訪れていた。
「なぁ、ルリーナ。1500字の反省文ってさ、"ごめんなさい"を250回書けば良いんじゃねぇかなと思うんだけどどう思う?」
「中学生みたいなこと言ってないでさっさと書いてください。」
呆れた顔で真面目なことを言われてしまった。
「なぁ、ルリーナ、「その反省文代わりに書きますよ」って言ってくれない?そうすればお前に押し付けても俺は注意だけで済むからさ。」
「私に押し付けようとしないで早く書いてください、アスハ先生呼んできますよ。」
「なんて血も涙もない弟子なんだ。」
「はぁ、コーヒー買ってきてあげますからさっさと終わらせてください。」
「あ、じゃあ、タバコもついでに……」
「未成年にタバコ買うように頼まないでください!」
バンッと勢いよく扉が閉められる。
一切真面目に取り組む気の無い反省文から視線を天井に移す。そして、現実から目を背けるため静かに目を閉じた。
「ルリーナちゃんもコンビニで買い物?」
コーヒーの微糖、ブラックなど一体、ロイ先生は何を飲むのかを聞き忘れたことでコーヒーの棚の前で悩んでいたところに横から声をかけられた。
「アスハ先生。はい、ロイ先生にコーヒーでも買っていってあげようかと」
アスハ先生はカゴにお弁当とペットボトルの飲み物と野菜ジュースを入れていた。
「先生思いの良い生徒だね。それでなにを迷ってるのかな?」
「ロイ先生ってコーヒーのブラックを飲めるのかなと思いまして…。」
「飲めるよ。というかロイ君はコーヒー飲むときはいつもブラックしか飲まないんだよね。」
「そうなんですか。アスハ先生に会えてよかったです。わからないまま買っていって飲めないなんてことになったら申し訳ないですから。」
「本当にルリーナちゃんは良い子だね。あ、そうだ、ルリーナちゃん、ロイ君との修行の方はどう?順調?」
「はい、とても順調……です。」
はっきり言い切るつもりだったはずが最近の悩みが頭をよぎり言い切るのを躊躇ってしまった。
「その感じだと万事順調ってわけじゃないみたいだね。」
二人はレジで会計を済ませコンビニを出た。
「ちなみにどんなところが順調じゃないって思ったのかな?」
「……ロイ先生の指導のおかげで強くなってる……とは思います。そこはとても感謝しているのですがロイ先生が修行をつけられない日が多くて、このままで学内戦までに間に合うのか不安になってしまって……。」
「う〜ん、それに関しては私も君に謝らなきゃいけないんだよね。いつもロイ君に反省文を渡して放課後の君の修行に行けなくしてしてしまっているのは私だからね。仕事とはいえ君にそんな不安を抱えさせてしまうとは講師失格だね。」
「いえいえいえ、アスハ先生は何も悪いありませんよ。……自分を推薦してくれた先生にこんなこと言いづらいんですけど、もうちょっとだけロイ先生が真面目になってくれればいいなと思ったりもして……。」
「あはは……なんか、ごめんね。」
「……ちなみになんですけど、ロイ先生は今日は何をして反省文を書いてるんですか?」
「……教室で生徒達と野球してて窓ガラス割ったからかな。」
「アスハ先生……なんか……ごめんなさい。」
「いやいやいや!ルリーナちゃんが謝ることじゃないよ。全部、あの男が悪いんだから………そう、ロイ君が全部悪いんだ……」
ゴゴゴと怒りが湧き上がる音がアスハ先生から聞こえた気がした。いつもは心の内で留まるはずの怒りが口にし始めたことで決壊した。
「こないだも授業に来ないって生徒から言われてロイ君の部屋見に行ったら「悪い用事あったわ笑」って紙切れ一枚に書いて机に置いてどっかいっちゃうし、会議にはまともに出席しないし、私の机に嫌がらせでピーマン詰め込むし、貸したペンは返ってこないし、仕事任せようとするとすぐに逃げるし、無理やり任せたらサボるし………」
私が隣にいることも忘れ、アスハ先生のロイ先生への愚痴は次々と溢れ出る。
「ロイ君はさ私のことチビって煽るだよ。酷い!まだ、成長期が来てないだけなのに!」
アスハ先生、それは無理があるのでは……と言えるはずもない言葉が頭をよぎる。
なんか、段々と小さい子供の癇癪を見てるような気になってきた。日頃どれだけアスハ先生にストレス掛けてるんですかロイ先生。
アスハ先生が一つ愚痴を呟く事にロイ先生への信頼はどんどん失墜していく。
あははは……これどうしたらいいんでしょうか。
止まらぬ愚痴に困り果てていた。
しかし、ようやく我に返ったのか、買ってきたレジ袋から水のペットボトルを取り出し、少し飲んで怒りの熱を冷ましていた。
「はぁ、ごめんね、愚痴ばかり言って。ここまでいろいろ言っといてなんだけど、だらし無さ過ぎる彼だけど言ったことは最後まで突き通すはずだから、ロイ君がルリーナちゃんに学内戦で優勝できるって言ったのならその言葉は信じて欲しいかな。」
アスハ先生は申し訳無さそうに笑う。
「それにね、ロイ君はさ……」
それからアスハ先生による怒涛のフォローが入ったことでロイ先生の評価も下の中くらいにまで回復した。
でも、まぁ、わかったことといえば……
アスハ先生がどんな目でロイ先生を見てるのかくらい…ですかね。
空は晴天、時は過ぎ去りレイド実習日。
白く物々しい建物の中に100人近くの学生が集まっていた。
ここはダンジョン管理の為の建物、通称"檻"と呼ばれている。ここでは1級魔導師達によってダンジョンから魔獣が出てこないように常時監視されており、通常は3級魔術師以上しか立ち入ることができない。
学生である生徒達は3級魔術師ですら無いが、今日だけは魔獣との実戦的な戦闘訓練のため、10人以上の1級魔導師が引率の上で立ち入りが許可が下りる。
「今日、君達には3階層まで降りてもらい、低級の魔獣を討伐してもらう。討伐対象魔獣はビースト、狼型の魔獣だ。鋭い牙と爪を使い襲ってくる。あらかじめ障壁は全員に張ってあるからビースト程度の爪や牙では怪我を負うことはない。だが、何らかの要因で障壁が機能しなかったり、障壁が壊れた場合、噛みつかれたら命を落としかねないから十二分に注意してくれ。なにか、途中で違和感を感じたらすぐに引率の先生に報告するように。ダンジョンではその小さな違和感が死を招く原因になりかねないから絶対に報告しろよ。では、各自、事前に決められたレイドメンバーと組み、それぞれの行動を確認し、準備ができ次第ダンジョンに向かえ、以上だ。」
全体へ先生からの話が終わるとレイドメンバーと集合した。
「ルリーナさん、こっちですわ!」
ユークリストがこちらに大きく手を振っている。
「これで全員ですわね。とりあえず初対面の方もいらっしゃるようですので自己紹介から始めましょうか。まずは私から…マリス・ユークリストですわ。後衛の攻撃魔術を担当しますわ。」
「私はポロネ・ザキエルです。後衛支援魔術を担当します。よろしくお願いします。」
「ルリーナ・アルスです。前衛の物理攻撃を担当します。よろしくお願いします!」
「ハーニア・オルクトです。後衛回復魔術を担当します。よ、よろしくお願いします。」
「クロム・カイバルだ。前衛の補助を担当する。ヘイト集めは任せてくれ。」
「あれ、これは私も自己紹介した方がいいかな。皆さんの引率をします。アスハ・ヒメナです。私は緊急時以外は一切手を出さないので自分達で考えて頑張ってね。」
全員の自己紹介が終わり、それぞれ魔術器を構える。今から入るのはダンジョン。危険が常に隣り合わせの世界だ。気を緩めることは即ち死に直結してしまう。
……私も始めてダンジョンに入る時は緊張したな。
アスハは真剣に話し合う生徒達を見て過去に思いを馳せていた。そして、自分も歳を取ったんだなと悲壮感に襲われた。
「先生、配置の確認が終わりました。」
「そっか、じゃあ、行こうか。」
ダンジョンへと足を踏み入れる。
入った瞬間空気が変わる。別の世界に迷い込んでしまったような変な感覚になる。
目指すは3階層、ダンジョンとしては浅瀬だが生徒達の経験としては十分な役割を果たすはずだ。立ち回り、考え方、瞬時の判断、これから魔術師になるこの子達には必ず必要となるものが得られるだろう。
出来る限り多くのことを学んで欲しい。そんなことをアスハは考えていた。
………そして気付いた時には遅かった。気が緩んでたのは私の方だったんだ。
3階層に辿り着いた。
この広いダンジョンでは各チームが同じ場所で戦闘にならないようそれぞれ経路が決められている。
私達はその経路通りに進んでいた。
「いました、ビーストです!クロムさん、敵のヘイトを集めてください。マリスさん、攻撃魔術の準備をお願いします。ルリーナちゃんはクロムさんが引き付けている間に攻撃をお願い!」
「「「了解!!」」」
全体指揮はポロネちゃんが執る事となった。
冷静な判断とその視野の広さからユークリストさんが推薦していた。
結果としては大正解。ポロネちゃんのハッキリとした指示、瞬時の判断とその対応力は目を見張る物がある。これは指揮官向きかな。強化魔術もこれまで習った部分を大まかに使えているし、応用もできる。うん、いい感じだね。
盾役のクロム君はビーストの動きをよく見て防ぎきれてるけど味方の位置まで考えられて無いかな。あれだとマリスちゃんが攻撃魔術を撃ち辛いだろうね。
狙い辛いはずなのに氷魔術が全弾ビーストに当たった。追尾の追加魔術式を付与して、さらに卓越した魔力操作で遠隔で無数の氷の礫を操作してるのか……すごい。あそこまで魔術を使いこなしてる生徒は他にはいないだろうな。でも、流石のマリスちゃんでも不規則な動きをする味方に当てないように操作するのは難しいようだね。たまにクロム君に当たりそうになって、変な動きしてる。
ハーニアちゃんは回復魔術による全体補助か、考えたね。確かに戦闘中継続的に回復魔術をかけ続ければ前衛は多少の傷で怯むこと無く戦える。だけど、それはあまり良いとは言えないね。何が起こるか分からないダンジョンに置いて魔力消費が多くなるのは危険だ。魔力を消費しすぎて重要な時に回復魔術が使用できなくなる可能性もある。まぁ、この戦闘後に注意するかな。
あとはルリーナちゃんだけど……ありゃ、動きが完全にロイ君と同じだ。完全に個人戦闘向きの動きだね。盾役も後方支援もほぼいらない立ち回り。3体のビーストをレイドで相手にしてるのにルリーナちゃんが1体で他のメンバーで2体と戦ってる。あははは……これはレイドでは無いかな。
今回は勝てると思うけど改善点が多いね。まぁ、それでこそ教え甲斐があるってもんだけど。
後ろから大きめの岩に座りアスハは生徒達の戦闘を眺めていた。それぞれの注意点を考え、後に指導する部分を頭の中で纏める。
戦闘はあまり時間をかけずに終わった。
初レイドにしては上出来だ。
ある程度の動きはそれぞれできていたし、戦闘中の報告もかなり良かった。
チームワークは時間が解決してくれそうだった。
「戦闘終了です。お疲れ様でした。周囲の安全が確認できたので一旦休憩します。見張りは私と……マリスさんお願いできますか?」
「わかりましたわ。」
「では、10分程度の休憩を取ります。前半5分はクロムさん、ハーニアさん、ルリーナちゃんが休憩を後半5分は私とマリスさんが休憩を取ります。」
このタイミングの休憩判断、初レイドとは思えないねポロネちゃん。ここで普通の生徒達は次の目標にすぐに動こうとするんだけど、実際は初レイドの戦闘で神経を普段以上に張り詰めてて疲労している生徒も多いから一旦休憩するのが正解。3階層まで来るのに入口から30分はかかるから移動時間も含めてここらで休憩しておかないと後半の戦闘で疲労で動きが悪くなっちゃうんだよね。………私の時は例外だったけど………。
「うん、じゃあ、ちょっと集まってもらえるかな。」
私は生徒達に集合するように声をかけた。
「見張りは私がやるから大丈夫だよ。"炎獄天使の笏杖"認証開始。精霊召喚術式起動。追加IF術式、追加命令の受理、各精霊への共通認識の追加、自動防衛機能の追加。」
その場に炎で作り出された人型が現れ、生徒達が行っていた見張りを交代した。
生徒達は炎の精霊に驚いていたがマリスちゃんだけは仕組みを理解しようとじっと見ている。マリスちゃんなら後で仕組みを教えたらできちゃいそうかも。
「よし、全員集まったね。まずは初戦闘お疲れ様。初戦闘にしは上々だったよ。ある程度の役割はこなせていた。でも、今のままだと精々6階層が限界かな。それ以降の階層の攻略は無理だね。まずはポロネちゃん、支援魔術と全員への指示、瞬時の対応力、全部良かった。やっぱり、指揮官向きだね。でも、指示についてだけ問題点があった。ポロネちゃんさ、全体の状況が見えててわざと言わなかった部分あったでしょ。例えばクロム君とマリスちゃんの連携がとれてないことがわかってたのに言わなかったし、ルリーナちゃんが援護が出来ない動きをしてても注意しなかった。これはクロム君やマリスちゃん、ルリーナちゃんに気遣ったのかな。強く言えなかったとか?でもね、ポロネちゃん、言わないとみんな死んじゃうよ。戦闘中で他のことを考えながら戦えるのは戦闘経験が豊富にある人だけ、戦闘になれていない皆んなは指示が無いと周囲に合わせて動くことは難しい。その指示を躊躇ってしまったら動きが崩れて死に直結する。だから、指示するときは心を鬼にして強めに言うくらいが丁度いいよ。」
「は、はい。」
「次にクロム君。君は盾だよ。皆んなを守る盾。だから、敵の攻撃を怖がって後退ったり、受け止めず避けようとしたりするのはやめよう。あれじゃあ、なにも守れないし、その動きが後衛の動きの邪魔になる。だから、どっかり構えて、相手の攻撃を受け止めつつ、味方に攻撃が向くならすぐさまカバーする。大丈夫、君の盾を壊すほどの敵はここには存在しない。タンクに大事なのは信じる心。仲間を信じる心と自分の力を信じる心を大事にね。」
「うっす。」
「マリスちゃん、魔力制御は完璧だね。あそこまでの魔力制御ができる生徒は見たこと無いよ。でも、氷の魔術に重きを置きすぎかな。もっと頭を柔らかくして考えてみて、他にも敵を撃つための魔術はあるはずだし君は知ってるはずだよ。視野は広く、君ならもっと応用できるはずだよ。あと、出来る限り最小の魔力で敵を討つことを意識して、魔力の枯渇はダンジョンでの死亡原因の一つだからね。」
「わかりましたわ。」
「ハーニアちゃん。回復魔術の全体補助はよく考えたね。確かに全員に回復魔術をかけ続ければ多少の傷を気にせずに前衛は立ち回れる。だけど、それじゃあ、君の魔力が保たないよね。このままじゃ、先に進んた時に君は魔力枯渇によって回復魔術が使えなくなる。このメンバーで唯一のヒーラーである君が魔術を使えなくなったらこのメンバー全員の生存確率が一気に下がる。なんなら君の魔力が枯渇した時点で撤退が得策だ。だから、ヒーラーは魔力の量に細心の注意をしなければならない。確かに戦闘中は不安で全員に回復魔術をかけ続けたくなる気持ちはわかる。だけど、そこは仲間を信じてあげて。レイドは仲間を信じることが大切だから。ちなみにだけど、ここからは怪我した時にピンポイントで回復することを考えてね。レイド中継続的に回復魔術を全員にかけ続けられるのは私が知る限り"色彩の緑"位だから、出来ない君が悪いんじゃなくて出来ないのが当たり前だからね。そこは間違わないように。」
「わ、わかりました。」
「最後にルリーナちゃん。」
「はい!」
「君は一人で突っ走り過ぎ、周りをもっと見て動く。確かに君の実力ならあの程度の魔獣は一対一で勝てるかもしれないけど、今日はレイドだからね。仲間と一緒に戦うんだ。今のままじゃ、レイド実習の点数は低くなっちゃうよ!」
「は、はい……すみません。」
「わかったならよろしい!でも、動きは良いから、連携さえ取れれば問題ないよ。あとはしっかりポロネちゃんの指示を聞いてね。」
「……はい!」
「よし!これくらいかな。」
生徒たちへの指導を終え、炎の精霊を消す。
「さぁ!まだまだ先は長いよ。頑張ってこー!」
「「「「「 はい!! 」」」」」
元気の良い生徒たちの声がダンジョンに響く。元気でよろしい!
生徒達はその後も目標討伐数の15を目指し、ビーストを討伐し続けた。このメンバーは全員の飲み込みが速く、教えたことは次々と吸収して動きが良くなっていった。
後半はビーストの6体同時討伐となり、手を貸そうか迷ったが素晴らしい連携で問題無く討伐できていた。
この子達、とっても優秀だぁ。
どんどん強くなっていく生徒を見て感慨に浸っていると地響きが聞こえた。私は瞬時に杖を握り、生徒達に呼び掛ける。
「全員直ちに集合!」
生徒達は急な呼び掛けに驚いていたが直ぐ様集まってくれた。生徒達の人数を確認し、強化魔術をかける。
「強化魔術式 炎精霊の加護、炎精霊の守護起動。追加IF術式・指定人数に全員に付与。……全員、避難準備して、ダンジョン内で地響きがすることなんてこれまで一度も……」
"ゴゴゴ"地響きが強くなり、ダンジョンが大きく横に揺れ始める。
「きゃあッ!!」
「全員頭を守って!」
「"講師統括より、ダンジョン内の全ての教員に緊急連絡!揺れが収まり次第生徒を連れ直ちにダンジョンから避難してください!繰り返しします!揺れが収まり次第生徒を連れて直ちにダンジョンから避難してください!"」
全教員、ダンジョンでの緊急時の対応は事前に確認している。私達も直ぐ様、避難を……
ダンジョンの壁が崩れ落ちその奥から巨大な手のような物ががダンジョンを壊しながらこちらに伸びてくる。
「なに…これ。」生徒達は目の前の未知の出来事への恐怖で顔を青くしている。
私は生徒達を守るように巨大な手の前に立つ。先程、生徒達にかけていた防衛用の精霊が危機と判断し精霊達は炎で作られた剣で巨大な手を斬り付ける。が次の瞬間、巨大な手の主が漆黒の暗闇の中で咆哮を上げた。その膨大な魔力ののった咆哮によって荒波に飲まれるように炎の精霊は消し飛び、ダンジョンは揺れ動いた。
ダンジョンの外側からの魔獣の出現?他都市による襲撃?狙いは生徒?講師?いや、何でもいい、これが何であれ生徒に対する脅威には間違いない。
「ポロネちゃん!」持っていた端末を投げ渡す。
「それにはダンジョンの地図と緊急時の避難経路が入ってる。時間は私が稼ぐから今すぐここを離れて!」
「……わかりました!皆さん、私が先導しますついてきてください!」
ポロネちゃんはすぐに動いてくれた。良かったやっぱりあの子は優秀だ。
「さてさてさて、実習の邪魔する愚か者はどこの誰なのかな?」
杖を構え、巨大な手を観察する。よく見ると巨大な手の所々に木目のような物が見える。木で出来ているのか。
バキッ……また、木偶の手が動き出しダンジョンが揺れ動く。
このままじゃ、ダンジョンが保たない。
「魔術式起動!炎王の蒼穹!!」
「"起動を確認・発動可能です。"」
杖を弓のように持ち、青き炎の矢を生成し引き絞る。赤の炎とは比べ物にならない程の熱が発せられ、近くの岩壁が熱で赤く染まる。
酸素の代わりに魔力を喰らいより深い青に染まる炎を木偶の手のさらに奥の暗闇に向かい放つ。
放つと一瞬だけ、暗闇が照らされた。
暗闇を埋め尽くす程に大きなため見えたものが何かを瞬時に判断できなかったが矢が着弾し、青き爆炎が起こった後、あれが何だったのかがわかり悪寒が走った。
あれは…目だ。大きな目だった。それが暗闇からこちらを真っ直ぐ見ていた。
一瞬の恐怖に身体が硬直するがすぐに振り払い、再度弓を射る。
先程の攻撃が効いたのか、先程の咆哮は別の女性のような声の絶叫がダンジョン内に響き渡った。
私は思わず耳を塞いでしまう。
絶叫はすぐに止み、体制を立て直そうとしたその時、ダンジョンの床が崩落した。
飛行魔術の魔術式を発動しようとしたがすぐに天井も崩れ落ち、落石に頭を強打してしまい、魔術の発動どころか身体に力が入らず、意識も遠ざかっていく。
私の身体は力無く自由落下を続けた。
な……んで魔力障壁が……消えてる………の?
意識は暗闇へと鎮み、身体も深淵へと放り出されていった。
……「こっちです。急いで!」
私達はポロネちゃんの指示に従いダンジョンからの避難をしていた。あの大きな手は一体何だったんだろう。アスハ先生は大丈夫なのだろうか。いろいろなことが頭に浮かぶ。
再びダンジョンが大きく揺れ動き天井から小石が振り始める。
「クロムさん!こちらにぶつかりそうな落石があったら盾で防いでください。特にハーニアさんの頭上に注意をお願いします。」
「あぁ、任せろ。」
ヒーラーの魔術器は強化魔術には特化していない。自分達は強化魔術を自身に最大までかけ、さらに常時ポロネちゃんの障壁魔術が重ね掛けてあるがハーニアちゃんの強化魔術は私達ほど強度が無いため、落石などでもヒーラーは致命傷を負う可能性がある。
「ポロネさん!あと、どれくらいですの?」
「あと、800mです。」
あともう少し……ッ!?
気付いた時には身体が動いていた。
今、私の位置は最後尾。私はもう間に合わない。巻き込まれる位置にいるのは後方にいるハーニアさんとクロムさんだけ。
「……制限解除」
地面を強け蹴り、クロムさんとハーニアさんの背中に手を当て、前に向かって思いっ切り突き飛ばす。
それからすぐに、私の足元は崩落した。
「ルリーナちゃんッ!」
絶賛落下中の穴の外からポロネちゃんの叫び声。その声にできる限り元気な声で応じた。
「ポロネちゃん!皆んなは任せましたよ!!絶対、帰りますから!!」
落ち始めてから少し時間が経ったときポロネちゃんの障壁魔術の範囲外となり、障壁が消えた。
落ち始めて数十秒後、地面が見えてきた。
「魔術式・ウィンドブラスト!!」
もちろん、このまま落下したら死にますし、私は飛行魔術も使えません。なので今できる最大火力の風魔術を地面にぶつけ、その反動によって上に飛び、落下速度を軽減します。
できるのかは知りません!
地面に全力で風魔術を叩き込む、作戦は成功したが逆に跳ね返ってきた風が強すぎて弾き飛ばされて背中を打ってしまった。
「痛たたた。」
はっと我に返り、すぐに周囲を確認する。ダンジョンは下に行けば行くほど魔獣が強くなるため、今、自分がいる階層がわからないというのは致命的だ。
看板でもあればわかりやすいんですけど。見た感じは無いですね。
まずは、今の状況を確認する。
魔術器は無事、非常用食料が3つと飲用水は2本。保って……どのくらい保つんだろう。こういう時、あと何日くらいだなぁって、わかるものらしいけど私にはさっぱりだ。もっと、ちゃんとダンジョン学を学んどくべきだった。
で、あとは魔術関連、ダンジョンに入るときにかけられた魔術障壁はある。ポロネちゃんの支援魔術や障壁魔術は範囲外。探知魔術は……苦手で使えない。
ダンジョンで迷った時はその場に留まり救助を待つのが適切だけど、ダンジョンが崩落したことでそもそも救助が来るかも怪しい……
あれ、これ、結構絶望では!?
状況を理解すればするほど、希望が失われていく。
「でも、ポロネちゃんと約束したから帰らないと怒られちゃうな。ポロネちゃんは怒るととっても怖いんだよなぁ。」
うん、そもそも選択肢なんて無いですね。
「よし、帰りますか!」
覚悟を決め、ダンジョンの探索を始めた。
…………天井から零れた雫が頬に当たり目を覚ました。
まだ、意識は朧気で身体に力は入らない。
無理に動こうとすると激痛が走る。
違和感を感じて額に触れると手に赤い液体が付着した。
すぐに動いて警戒しなければならないのに頭が回らない。思考に霧がかかったような感覚。
駄目だな、私はいつもここだってところで失敗しちゃうんだもんな。
自身の無力さに力なく笑う。
……生徒達は避難できただろうか。
遠くから魔獣達の呻き声が聞こえる。障壁も失い力なく倒れる私は魔獣達にとって格好の餌だろう。
餌……か、あはは……はは………死にたく……無いなぁ。
涙が零れる。こんな時なのに脳裏に浮かぶのはロイ君の顔だった。もっと、一緒に出かければよかったな。もっと、一緒にいればよかったな。もっと……好きだって伝えればよかったな……。
戦争で全部失って、いつ死んでも良いなんて思ってた筈なのにいつの間にか生き続けることが当たり前だと思っていた。ロイ君と生き続けたい思ってしまった。
ロイ君、私……死にたくないよ。
魔獣達の呻き声がとても近くで聞こえた。いつの間にか魔獣に囲まれてしまっていたらしい。今は警戒して近付いて来ないが襲われ始めたら私はすぐに肉塊に代わり果ててしまう。
「死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、」
死を前にして子どものようにみっともなく泣きじゃくる。
そんなことなど気をもせず、魔獣の一体が咆哮を上げ、私に飛び掛かる。
ロイ君………助けて……。
……血は吹き出し、肉は裂かれる。
それを見た魔獣達は次々に襲いかかる。
私は赤く……真っ赤に染まっていった……。
「全く、人に無茶するなとか言うくせに自分は無茶するのか?」
私に襲い掛かってきた魔獣は目の前で真っ二つに切り裂かれ、その血が飛び散り私に降り掛かった。
「こんなに顔をぐちゃぐちゃにして泣きじゃくって……まぁ、でも、近くにいてやれなかった俺も悪いか……。」
彼はいつも通りのボサボサの髪をしていて、いつもとは違う色彩の紋章が描かれた綺麗なローブを羽織り、いつも通りの……私の大好きな温かい手で私を抱き上げた。
「……遅くなったな。」
私は彼が来てくれたことの嬉しさと安心感で涙が止まらず、彼の服に顔を埋めて泣き続けた……。