新参者
皆、驚いた顔で私を見つめている。無理もないだろう。悪く言っていた張本人が部屋に飛び込んできたのだから。
しーーーーん、と静まり返り、気まずい雰囲気となる。
義弟はさすが年の功と言うべきか。無表情で私を見つめていた。
その一方、義妹とエリスは驚愕の表情を浮かべている。
なんて言葉をかけていいものか迷っていたら、エリスが文句を言ってきた。
「な、なんですの、あなた! 勝手に屋敷に上がり込んで!」
「勝手にって、私がヴェルノワ家のご当主様の妻ならば、ここの屋敷の主は私のほうだと思うのですが~」
「だ、黙りなさい、新参者のくせに!!」
新参者――それはたしかに、と思ってしまう。
義妹も続けて物申す。
「あなた、もしかして、ご当主様を見捨てて、ここで寝泊まりしようだなんて考えていないわよね!?」
「いえ、そうではなく、食事をいただけたらな、と思っておりまして」
朝からコルセットを絞るため、食事を抜かれていたのだ。先ほどからお腹がぐーぐーと空腹を訴えて鳴り止まないのである。
離れには何も食材がなかったことを訴えた。
「別に料理じゃなくてもいいんです。小麦粉とか、野菜とかいただけたら、それで充分ですので」
最悪、小麦粉と塩だけあればいい。離れの周辺は草木が豊富にあったので、食べられる葉っぱがあるだろう。
幸いと言えばいいのか。私は修道院で料理の作り方を叩き込まれている。貧相な食材でお腹いっぱいになる料理を作るのは得意だった。
「食材をいただいたら、すぐに離れに戻りますので」
「ならぬ」
「え……? 離れに戻るな、ということですか?」
「どこをどう聞いたらそうなるのだ」
呆れたように言われてしまった。
ならぬ、というのはどうやら食材を渡さない、という意味だったらしい。
「いや、そうではないか、と察していたのですが、さすがにそこまで酷いことは言わないだろうと思いまして」
悪魔ですか、という言葉までは言わなかった。
「何も働きもしないのに食事だけは一人前に食べようとするなんて、愚かとしか言いようがない」
「いやいや、人は食事を取らないと生きていけないんですけれど、もしかして、ご存じないのですか?」
「なんだと!?」
ピリ、とわかりやすいくらいに空気が震えたのがわかる。どうやら義弟の怒りを引き出してしまったようだ。
義弟に乗じていろいろ言ってくる義妹やエリスも、怯えた様子でいる。
この家族の力関係を垣間見てしまった。
「とにかく、我が家では働かざる者食うべからず、を信条しているゆえ、何か成果を出すまで食事は抜きだ!」
「悪魔ですか!?」
思わず、先ほど我慢した言葉を口にしてしまった。
義弟は眉をつり上げ、すさまじい怒りの形相で花瓶を掴む。投げられる! ととっさに気づいた私は即座に退室し、扉を閉めた。
扉がばたん! と音を立てて閉まる音と、がちゃん! という花瓶が扉に当たって割れる音が聞こえたのは同時だった。
私は脇目も振らずに廊下を走り、階下へと逃げ込んだ。
階段の下に隠れて耳を澄ませたが、義弟が追ってくる気配はなかった。
はーーーー、と息を吐き、呼吸を整える。
思っていた以上に、義弟一家はいじわるな人達だったようだ。
ここはご当主様のお屋敷なのに、立派なリビングルームで寛いでいた。
そして、ヴェルノワ家のご当主様はぼろっちい離れに隔離していたのだ。
彼らがヴェルノワ家を乗っ取っている状態なのは明らかだろう。
私はここでどうすればいいのか?
離れは人が暮らせるような品々など揃っていない。さらに、仕事の成果を出さないと食事は抜かれるらしい。
最低最悪の家に嫁いできてしまった。
まともな人は屋敷内にいないのだろうか?
ご子息がいるようだが、義弟の様子から会わせてはくれないのだろう。
これまで霊廟の管理をしていたようだが、彼はいったいどこにいるのか。
いろいろ考えたいのに、空腹だからか集中できない。
まずは食事だ! そう思って私は厨房を目指す。
厨房では数名の料理人が調理していた。さすがにここには人がいてホッとする。
彼らも私の存在について知らされていないだろう。
そう思って、ヴェルノワ家のご当主様の妻、という情報は伏せておく。
料理人は五十代くらいの男性と、三十代半ばくらいの女性の二名だった。
コンコンコンと扉を叩いてから声をかける。
「失礼します!」
「なんだい、見ない顔だね」
女性が反応を示す。さっそく、私に対して不審者を見るような視線を向けていた。
「えー、その、私は新参者です」
嘘は言っていない、嘘は。エリスお墨付きの新参者である。
「新しい使用人がくるなんて話は聞いていなかったけれど」
「えー、その話はおいおいあるかと」
たぶん。一生、使用人にすら紹介される気がしないのだが、今日はなんとしても食事を取らなければ。
「それで、なんの用事だい?」
「食事……いえ、食料でもいいので、何かいただきたいのですが」
「それはできないよ」
「な、なんでですかーーーー!?」
この日一番の大きな声が出てしまう。その理由について、女性が説明してくれた。
「なんでって、ここでの仕事は食事は出ないんだよ。聞いていなかったのかい?」
聞いていない、という言葉の代わりに、お腹がぐーーーーーーっと鳴った。
「一年前までは賄いがあったんだけどねえ、ご当主様が倒れてから、いろいろ条件が変わったんだよ」
「そ、そうだったのですね」
ヴェルノワ公爵家のご当主様が呪われてから、すでに一年経つらしい。その辺の情報も聞いていなかったな、と思い至る。
「ご当主様代理のフレデ様はケチくさいお方でねえ」
「おい!」
一言も喋らなかった男性料理人が注意する。すると、女性は口を閉ざし、げほんげほんと咳払いをして誤魔化していた。
「そんなわけだから、悪いけれど食事はあげられないんだ。街に行って、何か食べる物を買いにいったほうが早いよ」
「そ、そんな~~!」
所持金なんて持っていない。祖父母が用意した持参金があるはずだが、たぶん言っても渡してくれないだろう。
ふと、ゴミ箱に野菜の皮や魚の骨などが捨てられているのを発見する。
「あの、ここの食材……ではなくてゴミをいただいてもいいですか?」
「あんた、何を言ってんだい?」
「まだ食べられそうなので!」
ゴミ箱をひしっと抱きしめ、涙目で訴える。
「生ゴミを食べるというのかい?」
「食べます! おいしいです、きっと!」
魚の骨をだしにして、野菜の皮と一緒に煮込んだら、立派なスープが完成するだろう。
ゴミを処分するという目的で、譲ってくれないか。そう頼んだところ女性は頷きかけたが、ここでも男性料理人が待ったをかける。
「生ゴミを食うなんて、野良猫じゃないんだから」
「野良猫の他に、私も食べるんですよ~~!」
そう主張したら、ついに私は男性料理人に首根っこを掴まれてしまう。
悪さをする野良猫のように、厨房から追いだされてしまった。