食事をしよう!
動きにくい婚礼衣装で回れ右をし、歩き始める。
せっかく美しい純白の衣装だったのに、裾は泥まみれ。さらに草花の汁が付着し、なんともいえない感じに色づいていた。
なんとか離れまで戻ると、井戸を発見する。
汚れは時間が経つと落ちにくくなるので、井戸の水で軽く洗った。
「はあ……」
本日何度目かもわからないため息が零れた。
ただここで項垂れていても、お腹は膨れない。行動を起こさなければ。
まず先に、婚礼衣装から着替えよう。
ヴェルノワ公爵家側は私にドレスなどを用意してくれたのだろうか。
なんて期待していたものの、衣装部屋は空っぽ。メイドの服すらない。
まさか、服の一着もないなんて。
どうしよう、と思っていたところにふと思い出す。一週間ほど前に、私物が入った鞄を送っていたのだ。どこかにあるはず。
そう思って離れを探すと、何もない部屋に乱雑に置かれた鞄を発見した。
一度鞄を開けたようで、開きかけている。しっかりかけていた鍵も破壊されていた。
まさか、何か盗まれたとか!?
そう思って中身を確認するも、入れてきた私物はすべて揃っていたのでホッと胸をなで下ろす。
盗まれていたらどうしよう、と思ったが、私の私物は奪う価値などないだろう。
なぜかといえば、これらの品々はシスター時代から使っていた服や下着くらいしか入っていないから。
長年着ていて衣服類は、すっかりくたくたになっている。けれども着心地は最高で、捨てるに捨てられなかったのだ。
もしかしたら慈善活動をするさいの服として使えるかもしれない。そう思って持ってきていたのである。
祖父母からドレスなどが与えられたものの、嫁ぎ先で新しく買ってもらえるだろうから、と親族の娘達が根こそぎ持って行ってしまったのだ。
もしもドレスを持参していたら、盗まれていたかもしれない。
私にしか価値がわからない物だらけで、逆によかったのだ。
婚礼衣装を脱ぎ、着慣れたワンピースを身に纏う。
ひとまず婚礼衣装はあとできちんと洗おう。
次は腹ごしらえだ。そう思って台所にいくも、ここでも衝撃を受けた。
「ない、ない、なーーい!」
食品棚には食材の一つもなかった。
酷い、酷すぎる。
きっといじわるのつもりで用意しなかったのだろう。
仕方がないと思い、本邸に貰いにいくことにした。
ワンピースは動きやすく、外もスキップしながら進める。
もしかしたら食事は本邸でするようになっていたのかもしれない。その辺もきちんと説明してほしかった。
なんて前向きに考えつつ、正面玄関の扉をトントントンと叩いてみると、すぐに開いた。
顔を覗かせていたのは、年若い男性使用人。
「誰? ここは使用人が使ってはいけない入り口なんだけれど」
「あーー、私はご当主様の妻なんです」
「は?」
「新妻です」
胸を張って答えたのに、男性使用人は怪訝な表情を浮かべるばかりだった。
「その、離れに食材がなくて、何かいただけたら、と思っていたのですが」
「物乞いか?」
「はい!?」
「ここじゃなくって、裏口のほうへいってくれ」
「なっ――!?」
「まったく、どうやってここに忍び込めたのか……」
「ちょっ、待ってください!」
無情にもばたん! と扉が閉ざされてしまう。それから何度叩いても、反応はなかった。
どうやら使用人はヴェルノワ家のご当主様の結婚について知らないらしい。
失礼にもほどがあるだろう、と腹立たしい気持ちになった。
これ以上ここで訴えても無駄だろう。そう思って裏口のほうへと回った。
ここでは扉を叩いても、声を張り上げても、誰も出てこなかった。
申し訳ないと思いつつ勝手に入ろうとしたが、鍵がかかっていた。
「ええ~~……」
仕方がない、とばかりに最後の手段に出る。
それは窓からの侵入だった。
使用人に見つかったら気まずい、と思っていたが、誰ともすれ違わない。
祖父母が暮らすお屋敷は大勢使用人がいたのに、ここは必要最低限の人数しか雇っていないのか。
それはそうと、廊下には金でできた趣味の悪いオブジェが飾られていた。
もっとも目立っているのは、女性の等身大の裸体像だ。
顔の造りは適当なのに、乳首だけが妙に精巧である。いったいどうして?
こんなしょーもない物、誰が飾ったのだろうか。
肖像画の額も金のようで、ギラギラ輝いて眩しい。
さすが、金脈を持つ一族だ、と思ってしまう。
そういえば義弟一家も金をこれでもかと身につけていた。
義弟なんか、すべての指に金の指輪が嵌めてあった。成金っぽくて、なんだか品がないな、という印象である。
義妹は金の耳飾りに首飾り、腕輪などを身につけていたが、どれもごてごてと大きな細工で、主張が激しかった。
エリスは金の髪飾りが輝いていたが、正直髪色と肌に合っていなくて、全体がくすんで見えたのが非常に残念である。
金もほどよく身につけないと、逆効果なのだ、と感じた。
二階に上がると、義弟一家の話し声が聞こえてきた。
「――それにしても、バカな女で助かった!」
どうやら誰かの悪口を言っているようである。なんとなく入りにくい雰囲気だった。
「あんな幸薄そうな女がいるなんて、驚いたわ」
「本当に。加えて貧乏くさくって!」
バカで幸薄そうで、貧乏くさい……。
悪口の対象になっている女性を気の毒に思う。
「そんな女でも、利用価値はある。面倒な墓守の仕事だって、押しつけることができた」
「それもそうね」
「オデット・ド・シャルトル――世界一不幸な花嫁ですわ」
「わ、私のことーーーーーーー!?」
思わず部屋の扉を開き、入室しつつ叫んでしまった。
義弟一家は私の悪口を言っていたようだ。