呪い
「がっ、ぐああああああああああ!!!!!」
これまでびくともしなかったヴェルノワ公爵家のご当主様が、突然苦しむようにもがきだしたのだ。
誰も触れていないのに肌が裂け、血が噴き出る。それだけで収まらず、血の涙を流し始めた。
「なっ、これは、なんなの発作なのですか!?」
「呪いだ」
「の、呪い!?」
義弟は目を伏せ、静かに頷く。
「先祖の怒りが、このようにご当主様を苦しめるのだ」
「そんな……酷い」
別にヴェルノワ公爵家のご当主様は悪いことなどしていないのに、関係のない過ちのせいでこのように苦しむことになるなんて。
その様子を見ているだけでも痛ましい。
「があ、ぐうううううう!!!!」
ヴェルノワ公爵家のご当主様は誰かに助けを求めるように、腕を伸ばす。
とっさに私はその手を握ってしまった。
「お前、何を――」
「大丈夫です! じきに苦しみは治まりますので!」
戦場で怪我を負った兵士と姿が重なってしまい、ヴェルノワ公爵家のご当主様の手を取ってしまった。
思いのほか強く握り返され、驚いてしまう。
こんな状態になっても、私の手を握り返す力はあるようだ。
「おい、止めろ」
「そうですわ!」
「穢らわしい手でご当主様に触れないでくれる?」
そう言われても、こんなに苦しそうにしているのにただ見ていることなんてできない。
義弟は何を思ったのか、私の肩を掴んで強く引く。
しっかり手を握られていたので、一気に剥がすために義弟は力いっぱい私を引き、その反動でうしろに転んでお尻を床に強く打ち付けてしまった。
「無駄なことは止めろ。この呪いは、魔法で抑えることができるゆえ」
「魔法で、ですか?」
ただの村娘であった私には縁がなかった魔法で、この呪いをねじ伏せるのだと義弟は言った。
「いつ、魔法が効果を発揮するのですか?」
「待て。魔法は自動で発動する」
義弟がそう説明したあと、部屋に描かれた魔法陣が赤く光る。
魔法陣から発せられた光が粒となり、ヴェルノワ公爵家のご当主様のほうへ集まる。
すると、ヴェルノワ家のご当主様は激しく咳き込んで吐血した。
吐いた血や肌が裂けて噴き出た血はすぐにどこかへ消えてなくなり、傷口も塞がっていく。ヴェルノワ家のご当主様の発作のような苦しむ様子は収まったようだ。
「これで呪いはしばらく治まるだろう」
禍々しいとしか言いようがない、不気味な魔法だった。
「もしも魔法が発動されないようだったら、魔法陣に血を垂らせ。そうすれば、すぐに魔法が展開される」
「へーー、血を、ですか。その血は家畜の血でも使うのですか?」
「いいや、違う。お前自身の血を捧げるのだ」
「わ、私の血を、ですか!?」
「そうだ」
まるで生贄を捧げるような魔法だ、とうっかり口にすると、義弟からじろりと睨まれてしまう。
「ご当主様のために、血を捧げられないというのか!?」
「花嫁のくせに、生意気ですわ」
「本当に! 親の顔が見てみたい――って、もういないんだったわね」
義妹が両親について触れてきたので、胸がどくん! と大きく脈打つ。
「あなたの両親について、知っているのよ? 下賤な男と恋に落ちて、駆け落ちしたのですって」
「あら、そうでしたの? あなたの生まれは卑しいものだったのですわね」
母娘は愉快だとばかりに、くすくす笑う。
私自身についていろいろ言うのは構わない。けれども両親を悪く言うのは許せなかった。
「他人を見下す人のほうが、卑しいと思うのですが」
「なんですって!?」
「お父様、聞きました!?」
義弟がじろりとの睨んできたので、睨み返す。
すると、即座に義弟は私の頬を打った。
「うっ!!」
ばちん! と大きく音が鳴り、私はその衝撃で転倒してしまった。
「ふふふ、生意気な態度を取るから、そんなことになりますのよ!」
「本当のことを言っただけなのにたてつくなんて!」
頬がじくじく痛む。口も切ってしまったのか、血の味がした。
一刻も早く、彼らと別れたい。そう思い、必要最低限のことだけ聞き出すことにした。
「他、何かしなければいけないことはありますか?」
「ご当主様に関しては、血を捧げること以外に何もしなくていい。墓守の仕事について説明する。こっちにこい」
義弟一家は私の返事を聞く前に、部屋から出ていく。
私は頬を摩りながらあとに続いた。
草花をかき分けるようにしながら霊廟を目指す。続く道は、獣の通った痕跡すらない。
普段から誰も近づいていないであろうことは明白だった。
「もう、なんですの、この草は!!」
「エリス、しばしの我慢よ」
離れから歩くこと五分――石造りの霊廟に行き着いた。
霊廟と呼ぶくらいなのでとてつもなく大きく立派なものだろう、と思っていたが建物自体はそこまで多くない。
石壁には蔦がびっしり張り付いていて、その辺の草木と一体化していた。
義弟は私を振り返り、墓守について説明する。
「お前の仕事はここの霊廟内を清掃し、ご先祖様が快適に過ごせるようにすることだ」
何か特別な清掃方法や禁忌があるのかと聞いたところないという。
「ただし、お前が清掃の手を抜いたり、不遜な態度を取ってご先祖様の怒りを買ったら、ご当主様のように呪われることになる。ゆめゆめ忘れぬように」
「はあ」
呪われないためには、毎日の清掃が大事だという。
「ちなみにこれまでは、どなたがお掃除をされていたのですか?」
「それはご子息が――」
「おい!」
義妹が何か言いかけたが、義弟が制する。
エリスは何もわかっていないからか、キョトンとしていた。
ヴェルノワ家のご当主様にはご子息がいるようだが、結婚式には参列していなかった。
そして先ほどの口ぶりから、ご子息が霊廟の管理をしていた模様。
「あの、ご子息様は今、どちらに?」
「うるさい!!」
そんな言葉を残し、義弟は踵を返していなくなる。義妹も続き、エリスは私にべーっと舌を出してからいなくなった。
霊廟の前に一人残され、言葉を失う。
与えられた情報があまりにも多すぎて、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
一つわかったことと言えば、私はお飾りの花嫁だということ。
おそらく初夜もなければ、子どもを産む義務を果たさなくてもいいのだ。
想定していた結婚とは大きくかけ離れていたので、呆然としてしまう。
呪い? 墓守? ヴェルノワ家のご当主様の世話?
なんだそれは、と言いたい。
まだシスターとして働いていたほうが百倍もましである。
ただ、祖父母についていくと決めたのは私だ。受け入れる他ない。
義弟と義妹、エリスについては、なるべく関わらないようにしよう。生活の拠点は本邸と離れで異なるようだし。
はーーーーーーー、と盛大にため息をつくと、返事をするようにお腹がぐーーーーーーと鳴った。
結婚式のあとは披露宴が開かれるのだろう、と思っていたが、この様子だと何もないのだろう。
がっくり項垂れながら、ひとまず離れに戻ることにした。