お屋敷での生活!
義弟改め、叔父一家に何もかも乗っ取られていた私達だったが、あれこれと問題が解決したので屋敷での暮らしを始めた。
広いエントランスにどこまでも続く廊下、広大な庭に気が遠くなるほど広い食堂――すべてが私達夫婦のものだとブリザール様は言う。
離れ暮らしが長かった影響か、屋敷にいたら叔父がひょっこり現れそうで恐ろしい。
「オデット、安心しろ。叔父上は禁固刑が言い渡されたから、数年は顔を合わせることなどないだろう」
出所してきたとしても、私達や屋敷に近づけないような魔法をかけているらしい。
「二度と会うこともあるまい」
「は、はあ」
家具を総入れ替えした部屋が与えられ、私専属のメイドまでいるという。
なんという至れり尽くせりの暮らし!
夜は大人が六人寝転がっても余裕がありそうな寝台のある部屋で、ブリザール様と一緒にお休みする。
「ブリザール様、お屋敷での暮らしはお姫様になったかのようで、夢のようです」
「現実だ」
隣に見目麗しい夫がいるというのも現実らしい。
目覚めたら戦場にいるのではないか、と今でも思うくらいだ。
ブリザール様は私の手にそっと触れ、悲しげな表情を浮かべる。
「こんなに手が荒れて……。私がふがいないばかりに、苦労をかけさせた」
「いえいえ、そんなことないですよ!」
手が荒れているのは修道女時代からずっとである。お手入れ用の薬用クリームなどは用意されていた。夜、きちんと手入れをすればいいのに、面倒で放置していたのだ。
「これからは真面目に手入れを行いますので」
「メイドにも命じておこう」
「いえいえ、自分でできます!」
そう訴えるも、ブリザール様は聞く耳なんて持たないらしい。
「昼間、庭で薬草を摘んだり、料理をしたりしていると聞いている」
「あー、それはそのー、そうですね」
「働く必要などない」
「働くというよりは、単なるライフワークというか、暇つぶしというか」
「暇であれば、舞台にいったり、美術館にいったりすればいい」
お貴族様の暇つぶしといえば、優雅なものばかりなのだろう。
私みたいに庭で薬草に触れ、料理を行うというのはみっともないのかもしれない。
「オデット、これからはなんの苦労もなく、ただただ楽に生きてほしい」
私にとってなんて都合のいい生活なのか。
やはり夢に違いない、と思ってしまった。
翌朝――私は硬く冷たい床の上で目覚める。
昨晩はふかふかの布団に、なめらかな触り心地のブランケットを被って眠っていたのに。隣には美しい夫がいるはずだった。けれども隣には誰もいない。
ここは戦場なのか?
やはりこれまでのことは夢だったのか。
妙に作り込まれたいい夢だった――なんて考えていたら、ブリザール様の焦るような声が聞こえた。
「オデット!! オデット!! どこにいる!!」
ここですう、と言いたかったが、起き抜けで喉がガラガラになっており、声が上手く出せない。
どうやら寝台から転げ落ちたらしい。
もしかしたら贅沢な布団の上で眠ることを体が拒絶し、床で眠ることに懐かしさを覚え、勝手に転がっていったのかもしれない。
ブリザール様は私が床に転がっていることなど気付かずに、寝台の上を探し回っているようだ。
「私が悪かった! 薬草を摘んでもいいし、料理もしていい! オデットがしたいことをするなとは言わない! だから、戻ってきてくれ!」
そう言ってブリザール様は寝台から飛び出すと、棚やチェストの中を探し始める。
私が拗ねてそんなところに入っていると思っているのか。
「あ、あの~~、ブリザール様、私はここです~~」
「オデット!?」
床に転がる私を見てブリザール様はギョッとしていた。
「オデット、どうしてそこに!?」
「寝台から落ちてしまったようで」
「どうして早く言わない!?」
「朝一番は声が出ないんですよ」
飛び上がってハキハキ喋ることができるブリザール様はすごい。屈強な喉の持ち主なのだろう。羨ましく思ってしまう。
ブリザール様は私を横抱きにし、寝台に下ろしてくれる。
そして神妙な表情で私を見上げ、謝罪してきた。
「オデット……昨晩は行動を制限するようなことを言ってしまい、すまなかった」
「いえいえ。貴族の嗜みを知らずに、勝手なことをしていたな、と反省しています」
「反省など必要ない。これからもオデットが好きなように過ごしてくれ」
「でも――」
「私は楽しく自由に暮らすオデットが好きなのだ」
「ブリザール様……!」
私の薬草摘みに理解を示してくれるなんて。ありがたい気持ちで心が満たされる。
「休日は私にも薬草について教えてくれ。共に庭を回ろう」
「ブリザール様も薬草摘みをなさるのですか?」
「おかしいか?」
「いいえ、ぜんせん!」
そんなわけで、ブリザール様も暇さえあれば私の薬草摘みと料理に付き合ってくれることとなった。
そして夜は必ず、「落ちないための対策だ」と言って私を抱きしめて眠る。
くるくると寝返りを自由に打てるくらいの優しい抱擁で、寝台から落ちることもなくなった。
ブリザール様のおかげで、屋敷での暮らしが日に日に楽しくなる。
きっとそんな毎日がこの先も続くのだろう。
そう思えてならなかった。




