事件の幕は下りる
ジェイクさんの本名はジェルレ・ド・ルサーシュというらしい。
とある貴族生まれだったが、現在はその一族は凋落、及び断絶している。
ブリザール様の父君に対して猛烈なライバル視をしていたようで、いつしか彼の功績を自分のものだと思い込むような言動を繰り返すようになったらしい。
彼は父君について、〝成績は下の下で性格は陰湿そのもの。友達は一人もおらず、常に他人を見下し、下級生をいじめる、人望なんてからっきしもないようなクズ野郎だった〟なんて言っていた。けれどもそれはジェルレ自身の評判だったらしい。
逆に自らについて語っていた〝成績優秀で友達も多く、人望もあった。周囲の人々は口々にお似合いだ、次期ヴェルノワ公爵に相応しいと言っていた〟というのはブリザール様の父君の評判だったようだ。
詳しく調べてみるとジェルレが未来のヴェルノワ公爵だったと決まっていたわけではなかったらしい。あくまでも数いる候補の一人だったようだ。
さらにジェルレは父君の初代夫人であるマーガレットにつきまとったり、激しく言い寄ったりして嫌われていたらしい。そのすべては妄言だったわけだ。
後日、義弟フレデも騎士隊に拘束されたそうだ。ヴェルノワ公爵家の財産を横領した罪とブリザール様の父君の死を知りながらも通報しなかった死体遺棄罪など、複数の罪に問われ拘束されている。
その妻ウラリーはジェルレとの関係について聴取するために騎士隊に出向することとなった。
ジェルレの悪事に荷担はしていなかったものの、前公爵夫人の私物を盗んだ行為など、何かしらの罪に問われそうだ。
残されたエリスは両親やジェルレの罪を知り、修道院へ行こうとしていたところを私が全力で阻止する。
彼女はどこにも居場所がないからと提案を拒んだものの、修道院へ走るなんて許さない。
シスターみたいに禁欲的な生活を送りたいのであれば私が伝授しよう。そう宣言し、エリスに掃除や洗濯、料理や畑仕事などを教える毎日であった。
そんな私達をケロ様は見守ってくれる。ケロ様はエリスが作ったお菓子や料理の味見大使を名乗り、率先して食べてくれた。
最初はケロ様が納得するような料理を作れなかったエリスだったが、みるみる料理の腕を上達させ、ケロ様も絶賛するような一品を作るようになる。
そのお菓子は養育院に持って行ったり、料理は下町で炊き出しをしたりと、さまざまな用途で役立っていた。
最近は養鶏も始め、産んだ卵を使って料理することが楽しいらしい。
そんなことを語るエリスの表情はキラキラと輝いていた。
ロマン君は魔法学校に入学するための勉強を始めた。先生はブリザール様だ。
なんでもロマン君の魔力量はブリザール様よりも高いらしい。魔法のセンスもあるようで、将来大物になりそうだ、とブリザール様は話していた。
そんなロマン君だが、ある日騎士隊から小包が届いた。それはジェルレが幼い頃のロマン君から取り上げた肖像画入りのロケットだった。
「オデットお姉さん、見てください」
「いいのですか?」
「はい」
ロケットにあった肖像画はロマン君の母親であり、私の叔母が描かれたものだった。
見てみると私は驚きの声をあげる。
「叔母様、私にそっくりです」
「ええ、そうなんです!」
そのロケットは赤ちゃん時代のロマン君の首から提げられた状態だったらしい。養育院へ預けるさい、ジェルレはロケットに気づかずにロマン君を託したようだ。
「幼い頃の僕は暇さえあれば、母の肖像画を眺めていたそうです」
院長からおそらく母親の姿を描いたものだろうと教えられ、それを信じ、心の拠り所にしていたのだろう。
「ただある日、それをジェルレが奪ったようで……」
ロマン君が五歳くらいの話だった、と院長は供述したようだ。
「院長は失くしたと思っていたそうです。まさか面会にきていたジェルレが取り上げたなど思いもせずに……」
「そうだったのですね」
ロマン君の中でだんだん母親の記憶は薄くなっていたものの、顔がそっくりである私に会ったときにほんの一部が蘇ったのだろう。
「僕、天涯孤独の身だと思っていたんです。世界でたった一人ぼっちなのだと。だから、オデットお姉さんがいて、とても嬉しいです」
「ロマン君、私もです」
手と手を握り、改めて出会えたことを喜んだのだった。
ブリザール様はジェルレが引き起こした事件について、徹底的に調べたようだ。
その中でジェルレは肉親すら闇魔法の素材として扱っていたことが明らかとなる。
かつてジェルレ自身を見放し、追放した家族を憎んでいたのだろう。
彼の暗躍が原因で、ジェルレの生家は断絶したようだ。ゾッとするような事件である。
ブリザール様が解明したジェルレの罪のすべてが明らかになると、罪状が決まった。
ジェルレ・ド・ルサーシュは死をもって罪を償うべし。
死刑となったようだ。
彼が最期に口にしたのは、娘エリスのことだったらしい。
ウラリーとの間に生まれた娘に対しては、人間らしい感情を抱いていたようだ。
成人するまで見守っていたかった。そんな言葉を遺したようだが、親として生きる人々が当たり前のように望むことだろう。
ジェルレは他人の未来を奪い、自らの欲望を叶えるために生きてきたのだ。
その罪は死をもって償うべきなのだろう。
やっと父君の墓前でいい報告ができた、とブリザール様は言っていた。
何もかも終わった。それなのにブリザール様の表情は晴れない。
「父の無念は晴れただろうか?」
「ええ、きっと晴れていますよ」
空を見上げると晴天が広がっていた。まるで天国の父君は感謝しているような空である。
「オデット、ありがとう」
「なんのお礼ですか?」
「いろいろ、いろいろだ」
そう言って、ブリザール様は私を抱きしめてくれる。
私も抱き返して、赤子をあやすように背中をぽんぽん叩いた。
「普通の者ならば、呪われた私を見て悲鳴を上げて、逃げていただろう」
ウラリーとエリスが現にそうだったらしい。
呪われた状態のブリザール様を見て、化け物だと叫んでいたようだ。
「まあ、私は戦場でいろいろ見ておりましたから、普通の人とは少し違っていたのかもしれませんね」
怪我で体の一部を失った患者や、全身を焼かれて尚生きたいと叫ぶ患者、死にたくないと涙する患者など――。その様子は戦場の当たり前で、目を背ける暇さえなかったのだ。
「ブリザール様はただ眠っているだけで、私が頑張ったらなんとかなるのではないか、っていう希望があったんです」
呪いの知識なんてからっきしだったのに、謎の自信があったのだ。
「オデット、頼みがある」
「なんでしょう?」
ブリザール様は父君の墓前で片膝を突く。
「私と結婚してくれるだろうか?」
まさかの求婚に驚いてしまう。
「こんなところですまない。けれども父の前で言いたかった」
「はい、その、大丈夫です」
私にとってお墓がある場所は神聖な場だ。これ以上、相応しい場所はないように思える。
ブリザール様の差し出された手に、そっと指先を重ねた。
「喜んで、お受けします」
「オデット、感謝する」
そう言ってブリザール様は私を引き寄せると、抱き上げて自慢するように言った。
「父上、彼女が私の妻、オデットです。これからも彼女と、幸せに暮らします!」
その言葉が嬉しくって、涙してしまう。
私も震える声で父君の墓前で誓った。
「ブリザール様のことは、幸せにしますので!」
その言葉にブリザール様が笑った。
「オデットが幸せにしてくれるのか」
「ええ、そういうの、得意なんです」
空に黄金色の光が通り過ぎていく。
ケロ様が私達を迎えにきてくれたようだ。
空から降ってきた光の粒は、ケロ様が降らせたのだろう。まるで私達を祝福してくれているようで、とても嬉しかった。
今日、私達は気持ちを確かめ合い、本当の夫婦になった。
これから辛いことも、大変なことも、苦しみも悲しみも、嬉しいことも、楽しいこともあるのだろう。
何があっても分け合えるような夫婦になれたらいいな、と思ったのだった。
婚家の墓守を押しつけられた私、ご先祖様は黄金竜だそうで、親族をこらしめてくださるそうです――完
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
後日、番外編を更新する予定ですので、お気に入り登録はそのままでお願いします。




