血濡れた人生
いったいどうしてそんなことを?
そう問いかけたいのに驚きすぎて言葉にならない。
「ヴェルノワ公爵家の者達は、私からすべてを奪ったんだ! だから、奪い返したまで。この金塊も、財産も、土地も名誉も、爵位だって、私の物なんだ!」
なぜそういう思考になるのだろうか?
これまでのジェイクさんは人がよく、困っている人を放っておけなくって、見ず知らずの私にも手を差し伸べてくれるようないい人だったのに。
「何か、あったのですか?」
震える声を振り絞ってジェイクさんへ問いかけた。
「何があった? 言っただろう、ヴェルノワ公爵家の者達が奪った、と! まあ、いい。これからお前を〝始末〟するんだ。冥土の土産に教えてやろう」
ジェイクさんは私の腕を掴み、ぐいぐいと引っ張ってバルコニーのほうへと連れていく。
何かおかしな行動に出たらここから突き落とす。そう脅しつつ。
ジェイクさんはバルコニーの扉に魔法をかける。黒い蔓がびっしり覆い、出入りできないように施した。
そして私の周囲にも複数の黒い槍を魔法で作り出し、いつでも串刺しにできるよう展開させた。
これで私は逃げも隠れもできない状況になったようだ。
「その昔、私には婚約者がいた。名を、マーガレット・ド・ヴェルノワという。その女性はヴェルノワ公爵唯一の子であり、娘だった」
当時のヴェルノワ公爵はマーガレットと結婚した男をヴェルノワ公爵に据えようと考えていたらしい。
「私は成績優秀で友達も多く、人望もあった。周囲の人々は口々にお似合いだ、次期ヴェルノワ公爵に相応しいと言っていたのに、ある日、婚約は破棄された」
なんでも突然、継承者にするならば血族のほうがいい、と主張したという。
「マーガレットの代わりの婚約者になったのは、魔法学校時代のライバルであり、同級生でもあった男、エドガー・ド・ヴェルノワだった」
「それは、ブリザール様の父君ですか?」
「そうだ」
同級生? と思ったものの、話を折ってはいけないと思ってそれ以外聞かなかった。
「エドガーはマーガレットの従兄で、成績は下の下で性格は陰湿そのもの。友達は一人もおらず、常に他人を見下し、下級生をいじめる、人望なんてからっきしもないようなクズ野郎だった」
そんな男がヴェルノワ公爵になるなんて許せない。
マーガレットに説得を試みようとしたものの、彼女は頷かなかったらしい。
「婚約破棄のショックで、私は大事な国家魔法師の試験にも落ちてしまった!!」
一方、ブリザール様のお父君は国家魔法師の試験に主席合格。マーガレットと結婚し、国家魔法師の地位も約束され、輝かしい未来を歩んでいたという。
「その後、私はどの就職先にも恵まれず、路頭に迷うこととなった。そんな私をあざ笑うかのようにエドガーは私の前に現れ、こう言ったんだ」
――御者であれば雇ってやる。
国家魔法師の試験に落ちてからというもの、酒を浴びるように飲んで親の金を奪い、賭博に明け暮れていたジェイクさんは実家から勘当されていたという。
住む家もなければその日何も食べられないという彼は、差し出された手を掴むしかなかったようだ。
「それから私はエドガーの御者として仕事をしてきた。しかしながら、あの男は幸せな暮らしを見せびらかし始めて――そのために雇い入れたのだと理解するのは、そこまで遅くなかった」
本来であればマーガレットの隣に立っていたのは自分のはずだった。そんな思いが恨みを募らせていく。
「復讐してやろうという気持ちを抱き始めた頃、私は〝闇魔法〟に出会ったのだ!」
闇魔法――それは人の血肉を対価とし魔法を展開させる邪悪なもの。
シスター時代、闇魔法を操る者による被害を何件も耳にしてきた。
闇魔法を使う者の多くは人の弱みにつけ込み、人生ごと奪って魔法の糧とするのだ。
「私は闇魔法にのめり込み、極めるまで六十年以上かかっただろうか?」
「六十? つまりジェイクさんは」
魔法学校の卒業が十九歳。それから数年働いていたとして、若くても八十歳くらいだろう。
「その、見た目がとてもお若く見えるのですが」
「ああ、これは闇魔法の一つで、生き血と絶叫を浴びながら発動させる美容魔法だ」
闇魔法を使って若返りながら、ジェイクさんは別人を装ってブリザール様の父君に接近したという。
「あの男はすっかりしわくちゃになって、憔悴しているようだった。私が歴代の妻を闇魔法に使ったことなど気づいてもおらず、ヴェルノワ公爵家の妻は呪われている、などという噂を聞いて心を痛めていたんだ! ははははは、あーはははははっ!!」
ジェイクさんは愉快だとばかりに笑っていた。
そういえばニナリーが話していたのを思い出す。
ヴェルノワ公爵家に嫁いだ女性は呪われたのちに早死にする、と。
別に呪いなんてなかった。彼が歴代のヴェルノワ公爵夫人の命を闇魔法に使っていたからだったのだ。
「もっとも傑作だったのは、十数年前にエドガーに嫁いで子どもを産んだ女だ。たしか……ああ、そうだ。お前の叔母だ」
「私の叔母、ですか?」
「そうだ。本来は姉がヴェルノワ公爵に嫁ぐ予定だったんだが、駆け落ちだかなんだかして結婚が破談になって、代わりに嫁ぐことになったんだ」
十年前に嫁いだ女性といえばロマン君の母親だ。
まさかの真実に言葉を失う。




