書類
しまった!
執務室には鍵がかかっているので、誰も入れないものだと思い込んでいたのだ。
慌てて振り返ると、そこにいたのはジェイクさんだった。
「あ……ジェイクさん」
「公爵夫人でしたか」
「はい」
びっくりした。執務室にやってきたのはジェイクさんだった。
義弟や従僕ではなくホッと胸をなで下ろす。
ブリザール様はすぐさまぬいぐるみの振りを始めた。誰かに遭遇したとき、驚かせないよう作戦を決めておいたのだ。
「ジェイクさん、ここで何を?」
「フレデ様に頼まれて、執務机の上にある書類を取りにきたんです」
「そうでしたか」
「公爵夫人はここで何を?」
「あ~~、私はですねえ」
いくらジェイクさん相手でも、義弟がヴェルノワ公爵家の爵位と財産を狙う証拠を盗りにきたなんて言えるわけがない。
「その~~ジェイクさん。お急ぎではないのですか?」
「ああ、そうでしたね」
ジェイクさんが急いで書類を取りに行く様子を見てホッとする。
口止めもしておかないと、と思っていたらジェイクさんが想定外の声をあげた。
「あれ、書類、ないですね」
「他の場所に置いていたんでしょうか?」
「いえ、フレデ様は金庫から取りだした書類を、執務室の机に置いているとおっしゃっていたんです」
「なんの書類かわかりますか?」
「詳しくはないのですが、たしか、何かの譲渡権について書かれた書類だとお聞きしています」
義弟がジェイクさんに持ってくるように命じたものとは、まさか私達が握っている書類の束の中にあるものなのか?
「まだ金庫の中にあるのでしょうか?」
「いや~~~、きっちりしているフレデ様が、そのようなミスを犯すでしょうか?」
「そうですよねえ」
ジェイクさんは執務机の下や棚なども覗き込んでいたが、目的の書類は見つからないようだ。
「すみません、少し金庫の中も――ああ、その書類では?」
その書類、とジェイクさんが指し示したのは、開いた状態の金庫にある書類の束。
私は金庫の中の書類を手に取り、慌てて抱きしめる。
「いえ、こちらはヴェルノワ公爵家にとって、大切な書類なんです。フレデ様であっても、第三者に託すわけがありません」
「ですが――」
もしも何も持たずに戻ったときは、ジェイクさんは叱られるに違いない。
義弟を恐れる気持ちから引くに引けないのだろう。
「少しその書類を拝見してもよろしいでしょうか? 金の印鑑が押された書類なんです。見たらすぐにわかりますので。なかったら〝なかった〟と報告もできますし」
「つ、机の上に〝なかった〟でもよろしいのでは?」
「いえ、公爵夫人が金庫を開いているところに遭遇してしまいましたので、その言い訳も通用しないと思うのです」
痛いところをぐりぐりと突かれてしまう。
口止めをするつもりだったものの、ジェイクさんが納得するような言い訳が思いつかない。
そうなれば彼は私達が金庫を探っていたところを報告するしかないのだ。
何か、何かいい方法はないのか。
「ではまず、公爵夫人が金の印鑑を確認していただけますか?」
「は、はい。それならばできます」
ぱらぱらと書類を捲って確認する。全部で百枚くらいだが、金の印鑑が押された書類はなかった。
「ないです」
「わかりました。では、私にも確認させてください。もしもなければ、そう報告します」
ジェイクさんがにっこり微笑み腕を差し伸べる。
書類は確認するだけ。金の印鑑が押された書類はなかったから、すぐに返してもらえる。
少し見るだけなのだ。それだけならば――。
書類の束を渡そうとしたそのとき、ブリザール様が突然叫んだ。
『待て!!』
「え?」
振り返ろうとしたそのとき、書類の束が奪われてしまった。
「ジェイクさん!?」
「お前、どうしてすぐに渡さない!?」
優しい喋りと口調だったジェイクさんが突然豹変する。
「これがあれば、ここにある財産はすべて私の物になるのに!!」
「な、何をおっしゃっているのですか?」
「まさか邪魔が入るとはな!!」
ジェイクさんはそう言って何やら呪文を唱えると、私の目の前に魔法陣が浮かぶ。
『オデット!!』
魔法陣から黒い球が放たれたが、ブリザール様が私に体当たりする。
黒い球はブリザール様に直撃し、ぬいぐるみの体は黒い炎に包まれた。
『うわああああああああ!!』
「ブリザール様!!」
一瞬でぬいぐるみの体は燃えてなくなった。
「そんな……ブリザール様……」
「バカな男だ。私に刃向かうような真似をするから、二度もこのような目に遭うのだ」
「二度も?」
いったいどういう意味なのか。私がそう問いかけると、ジェイクさんはにやりと口角を上げる。
「一度目はあまりにも私の計画を邪魔するものだから、記憶を奪い、その身を呪ってやったのだ!」
「なっ――!?」
ブリザール様とケロ様の記憶が蘇る前に真犯人が明らかとなる。
諸悪の根源は義弟ではなくジェイクさんだったのだ!




