鳥はどこに?
あれから使用人に鳥について聞いて回ったが、誰も知らないという。
義弟はおろか、義弟に近しい従僕ですら鳥を連れているところなど見たことがないようだ。
「あとは部屋を直接見て回るしかないようですね」
『そうだな』
執務室なのか、それとも寝室なのか。
「寝室は洗濯メイドのニナリーさんが見ていないと話していたので除外するとして、残るは執務室ですか」
『いってみるか』
執務室の扉はブリザール様の魔法で解錠できるという。以前侵入したときよりもスムーズに入れそうだ。
別の使用人から義弟はすでに出かけているという話も聞いている。見つかる心配もないというわけだ。
ついでに金庫も探れるかもしれない。なんて思っていたのだが、執務室の前に従僕がいたので驚く。
「うわあ~~~~~~」
私の侵入を警戒しているのだろうか。以前まで従僕なんていなかったのに。
『あのように見張りを付けて、余計に怪しいな』
「ですね」
『どうする? あの従僕を倒して中に入るか?』
「いやいや、可哀想ですよ」
出直して深夜にやってくるか? とブリザール様は提案したものの、義弟のことだ。夜にも見張りを立てるくらいの用意周到さを見せるだろう。
「あ、そうだ! 執務室はバルコニーがありましたよね? そこから中に入るのはいかがでしょう?」
『ここは二階なのだが?』
「大きな樹がかかっていたので、簡単に中に入れますよ」
木登りは得意だと言うと、ブリザール様は渋々ながらも『その作戦でいこう』と言ってくれた。
こっそり外に出て、執務室に近い樹の傍へとやってきた。
『たしかに、ここを登ったら執務室に入れそうだ』
気づいていなかった、とブリザール様は驚いたように言った。
『当主の座を奪還したら、まずはこの樹を切り落とさなければならないな』
「防犯対策ですね」
『ああ、そうだ』
まずはブリザール様から登るという。
ふかふかのボディで樹にしがみついたが、ジタバタするばかりで一向に登る様子はない。
挙げ句、足を滑らせて地面にぽてん、と体が投げ出されていた。
『もう一回!』
「ブリザール様、私にしがみついていてください」
『しかし』
時間がもったいない、というのを目で訴える。すると伝わったのか、ブリザール様はこくりと頷いてくれた。
『乙女の体にしがみつくなど……』
「どうかお気になさらず。私はブリザール様の妻ですので」
『う、うむ、そうだったな』
ブリザール様は私の肩に飛びつき、おんぶする形となる。首筋にふかふかの毛並みは触れてくすぐったい。しばしの我慢だろう。
私はするすると登り、樹上から部屋の様子を覗き込む。人の気配はないようなので、バルコニーに下り立った。
バルコニーの扉も魔法仕掛けだったようで、すぐに開けることができた。
「さて――と」
執務室を見渡したが鳥や鳥かごはなかった。棚や引き出しの中も同様に。
「もしかして、金庫の中でしょうか?」
『その可能性はある』
以前教えてもらった黄金竜の絵画を見上げる。ここに金庫が隠された仕掛けがあるのだ。
「ブリザール様、本日、血はお持ちですか?」
『もちろんだ』
朝、血を採取して持ってきたという。かわいらしい葉っぱのポシェットをかけていると思っていたが、中に自らの血を入れていたようだ。
絵画に描かれた黄金竜の鱗に触れると、ガコン! と音が鳴って絵画が扉のように開いた。その先には鍵穴と魔法陣が描かれている。
『ここはマスターキーか、当主の血でないと開けることができない』
「なるほど、そういう仕組みなのですね!」
マスターキーはヴェルノワ公爵家のご当主様が管理することになっているようだが、ブリザール様は記憶にないという。
『おそらくだが、フレデが奪って自らの物としているのだろう』
「酷い話です」
ブリザール様はハンカチに血を吸い込ませ、魔法陣に擦りつけた。すると壁がなくなり、その先に広い空間が現れる。
これがヴェルノワ公爵家の金庫なのかと思っていたら、ブリザール様の様子がおかしい。
『なんだ、これは……!?』
「どうかしましたか?」
『おかしい』
いったい何がおかしいのか。金庫の中には金塊が積まれていて、さすが金脈を持つ一族だと思っていたのだが――。
『こんなに金があるはずがない』
「え? でも、金脈を持っていらっしゃるのですよね」
『あるにはあるが、金脈の金など、とうの昔に尽きてしまった!』
「ええっ!?」
輝く金に目が眩んだかつてのヴェルノワ公爵家のご当主様が、金脈の金を採り尽くしてしまったという。
『金脈の金は必要な分だけ採っていたら、永遠に採れるはずだった』
「たくさんあるものだと思って、採り尽くしてしまったのですね」
『そうだ』
その行為が始祖たる黄金竜の怒りに触れ、金脈はただの石ころの山となってしまった。
そんな歴史があったと言う。
『ヴェルノワ公爵家は資産はあれど、金は保有していない。それなのになぜ?』
この金塊はいったいどこから運ばれた物なのだろうか。
なんて考えていたら、どこからともなくピイピイ、という鳴き声が聞こえた。
「あっ、ブリザール様! あそこに鳥がおります!」
『ロマンの鳥で間違いないだろう!』
美しい声で鳴く白い小鳥。ロマン君が話していた特徴と一致する。
「鳥がいなくなったのに気づいたら、フレデ様が探し回るでしょうか?」
『奪ったものを取り戻そうとするなど、愚かとしか言いようがないがな。まあ、そうなったら面倒ゆえ、幻術で鳥がいるように見せておこう』
ブリザール様は幻術魔法で本物そっくりの鳥を作りだした。
「うわあ、これ、魔法なんですね!」
『感覚も騙す魔法だから、触れることも可能だ』
「さすがです!」
ここまでしたらしばらくは鳥の不在に気づかないだろう。
「ブリザール様、証拠の書類も探しましょう」
『ああ、そうだ――待て、フレデが帰ってきたようだ』
従僕達が言った「フレデ様がお帰りだ!」という声が廊下から聞こえてきたらしい。
「ず、ずらかりましょう!」
『ずらかり?』
「逃げましょう、という意味です!」
『初めて耳にした言葉だ』
あまりお上品な言葉ではなかったな、と言ってから気づいた。
鳥かごを抱えて金庫から飛び出す。施錠したのちに、バルコニーから脱出したのだった。




