夜に集う者ども
夕食はマッシュルームとチャービルのレモンドレッシングサラダと、セージを効かせたひよこ豆のスープ、野菜のキッシュに鳩肉の丸焼きを作ってみた。
ロマン君が手伝ってくれたので、あっという間に完成する。
ヴェルノワ公爵家のご当主様は意識がないようなので、ケロ様とロマン君と一緒にいただくことにした。
サラダを取り分けてあげると、ケロ様が驚きの声をあげる。
『オデットよ、このマッシュルーム、生ではないのか!?』
「生ですよ」
『キノコの生食は危険だと耳にした記憶があるのだが』
たしかにキノコの生食は大変危険である。なんでも生のキノコには体に害を及ぼす毒素が含まれているようなのだ。加熱することによって毒素はなくなり、食べられるようになる。
一方、マッシュルームに限っては新鮮な物に限定し、生で食べることができるのだ。
日にちが経っていたり、新鮮でも変色したりしているものはお腹を壊す可能性があるので、しっかり加熱が必要である。
ケロ様は生のマッシュルームに対して警戒していたが、ロマン君が食べたので大丈夫だと判断したのだろう。意を決したようにぱくりと食べていた。
『む、おおおおお!? なんだこれは!!』
ケロ様は目をカッと見開いたあと、続けてマッシュルームをぱくぱくと食べる。
『一口食べただけで、マッシュルームの豊かな香りが口いっぱいに広がる! 品のある味わいで、レモンのドレッシングとよく合う。おいしいぞ!』
お気に召していただけて何よりである。
鳩の丸焼きは表面の皮がパリパリで、中のお肉はジューシー。たっぷり効かせたローリエやタイムなどの薬草の風味が、肉の旨味を引き立ててくれる。
ロマン君はこの鳩の丸焼きが一番おいしかったようだ。
「鳩、初めて食べました! おいしいです」
秋から冬にかけてのシーズンは鳩がまるまる肥えているので、食べ頃となるのだ。
「街で鳩を見る目が変わってしまうかもしれません」
「ロマン君、街にいるのは土鳩で、今食べているのは山鳩なんだよ」
「種類が違うのですね」
「そうみたいです。この辺りの森であれば、山鳩がいるかもしれないですね」
「狩りをして、仕留められるかもしれない、ということですか?」
「ええ」
ただ私は狩りなどできない。それについてはケロ様が助言してくれた。
『狩りならばあの男に頼るといい。狩猟大会で優勝した、と毎年のように自慢をしていたからな!』
「そうだったのですね。楽しみにしています」
食後はミントゼリーを食べ、お腹いっぱいになって動けなくなる。
しばし休んだあと、後片付けをロマン君は手伝ってくれた。
そんな彼にお風呂に入るように言ってから、私は残りの食材を確認していく。
調味料や食材など、少し買い足したほうがいいだろう。
ロマン君がいることに加えて、大きくなったケロ様もいるのだ。食べ盛りが増えたので、その分たくさん食べさせなければ。
ただ、所持金が少々心細くなってきた。お金についてヴェルノワ公爵家のご当主様に相談してもいいのだろうか。
それとも私がヴェルノワ公爵夫人であると使用人達に認識してもらったので、お屋敷から食材を分けてもらえるのか。
その辺については一人で決めずに、ヴェルノワ公爵家のご当主様と話し合おう。
ひとまず買い物リストを作成し、明日の朝にジェイクさんに回収してもらえるよう、庭道具の小屋に持って行かなくては。
ロマン君はお風呂、ケロ様は眠っている。置き手紙を残し、角灯を片手に家を出た。
今宵は満月。角灯の灯りがなくても辺りはよく見える。
シスター時代、月灯りだけで夜道を歩けると言ったら、他のシスターに驚かれたことを思い出した。
灯りが少なかった村育ちだからだろうか。暗闇の中でもある程度視界は確保されているのだ。
少し前まで虫の大合唱が聞こえていたのに、冬眠してしまったからか静かな夜だった。
屋敷のほうも灯りはついていない。皆、就寝が早すぎる。
もう少しで庭道具の小屋に行き着こうとした瞬間、話し声が聞こえてギョッとする。
「――こんなところでしたら、誰かに見つかってしまうのでは?」
「大丈夫。あの老いぼれは頭が痛いとか言って、二時間前には眠っていたから」
木々の隙間から、男女のシルエットを捉えてしまった。
こんな時間に逢瀬を楽しんでいるのか?
いったい誰が? そんな疑問を抱いてしまい、思わず目を凝らす。
女性のほうは四十代半ばくらいで、声を潜めるつもりはなくはっきり聞こえる。
「私達、十何年も我慢していたのよ」
「それはそうかもしれません――」
途中で二人の影が重なる。女性のほうが男性を引き寄せ、口づけしたのだ。
その男女の正体に気づいてしまい、ひいいいいと悲鳴をあげそうになる声をごくんと呑み込んだ。
こんな時間に密会していたのは義妹とジェイクさんだったのだ。
話の内容から、二人は昔から知り合いで関係があったようである。
まさか、義妹とジェイクさんがただならぬ関係だったなんて。義妹の口ぶりから、義弟にはバレていないのだろう。
もしも義弟が知ったら、黙って心に秘めておくということはしないはずだ。速攻、ジェイクさんを屋敷から追放していただろう。
それよりも見つかったら大変だ。ジェイクさんの支援も受けられなくなる可能性がある。
ここを動いたら見つかってしまうかもしれないので、しゃがみ込んで草むらに隠れるほかない。
二人は熱い時間を過ごし、十五分ほどでいなくなった。
私はひたすら顔を背けていたのだが、見つかるのではないかと思って気が気ではなかった。
人の気配がなくなると、は~~~~~~と深く長いため息を吐く。
義妹とジェイクさんの関係については、見なかったことにしよう。そうしよう。
気持ちを切り替え、庭道具の小屋に買い物メモを残し離れに戻った。
ロマン君はすでにお風呂から上がっていて、メモを読んだあと帰りを待っていてくれたようだ。
「どこに行っていたのですか?」
「ちょっとそこまで。あ、いえ、庭道具の小屋にお買い物メモを置きに行きました」
「そうだったのですね。敷地内ですが何があるかわからないので、もしも夜に出るときには、僕に声をかけてください。一緒に行きますので」
「ロマン君、ありがとうございます」
彼の言うとおり、夜道で何かを見てしまったので、暗くなってからは外を出歩くものではないな、と思ってしまった。
草むらでじっとしていたからか、虫に刺されていた。体中が痒い。
お風呂に入ったあと、蜜蝋とゼラニウム、ペパーミントの精油で作った痒み止めを塗って眠る。
今日は大変な一日だったと考えていたらすぐに、眠りの世界へ誘われてしまった。




