オデットの気持ち
こんなにもロマン君とヴェルノワ公爵家のご当主様はそっくりなのに、親子であるということを否定した。
私はすぐさま言葉を返す。深く考えずとも、答えは決まっていた。
「はい、信じます」
その一言を聞いたヴェルノワ公爵家のご当主様は驚いたのか、一歩二歩と後退していく。
『なぜ、信じてくれるのだ?』
「ご当主様が断言されたことだからです」
『オデット……感謝する』
ヴェルノワ公爵家のご当主様は私の手をそっと掴むと、額をくっつける。手の甲にふわっとした毛並みが触れた。
ヴェルノワ公爵家のご当主様は聞き取れるか取れないかくらいの声で、『よかった』と小さく呟く。
視界の端で、ロマン君が不安そうな表情を浮かべているのに気づいた。
「ロマン君、こっちに来てください」
「え、でも……」
「いいから」
やってきたロマン君をぎゅっと抱きしめ、小さな子どもをあやすようによしよしと背中を撫でた。
「ロマン君はうちの子ですからね。これからも私が育てるつもりですので」
「僕はご当主様の子どもではないのに、いいのでしょうか?」
「大丈夫です。私のほうこそ、ヴェルノワ公爵家側から見たら血縁関係にない他人ですので!」
ヴェルノワ公爵家のご当主様に質問を投げかける。
「ご当主様、ロマン君はヴェルノワ公爵家の子ですよね?」
『ああ。金の髪が、青い瞳が証明している。間違いないだろう』
ロマン君に「ね、大丈夫でしょう?」と言うと、少し泣きそうな顔で頷いていた。
「さて、これから作戦を練らないといけないですね」
『その前に、ロマンに私達の事情を説明したほうがいいだろう』
「ええ、それがいいと思います」
私の判断で話していいものか迷っていたのだ。
「ロマン君、これからご当主様を取り巻く問題について説明したいのですが、聞いていただけますか?」
「はい。お聞かせください」
ヴェルノワ公爵家のご当主様は胸に手を当てて安堵した様子を見せている。
居間に集まって、ロマン君に事情を話して聞かせた。
『――というわけで、私の記憶は完全なものでなく、体もこのようにウサギのぬいぐるみだ』
ただ夢の中でだけ話せた状態から、ウサギのぬいぐるみに意識を移し、活動できるようになったのだ。大きな一歩と言えよう。
『おそらくフレデが私を呪ったものだと思われる。現状、証拠もなければ呪いをかけたという痕跡もない』
義弟はウサギのぬいぐるみに入っているのがヴェルノワ公爵家のご当主様であると信じていない。
どうやって信じさせればいいのか、現状としてお手上げ状態である。
ひとまずヴェルノワ公爵家のご当主様とケロ様の記憶を取り戻すのが先決だ。
石版の欠片集めに集中しなくてはならない。
「ひとつ、僕にも――」
ロマン君は紙と羽ペンを取り出し、協力できることがあるかもしれない、と書いていく。
会話が聞かれている可能性があるので、筆談に変えたようだ。
「ロマン君、頭がいいですね」
敵は魔法で離れの会話を盗聴している可能性もあるのだ。
重要な話はなるべく文字に書いて読んだあと、証拠隠滅として燃やせばいい。
ロマン君が協力できることとはいったいなんなのか? その質問に、鳥を取り返してくれたら協力できる、とあった。
なんでもロマン君が大事にしていた鳥を義弟が奪い、人質ならぬ鳥質として取り上げられたらしい。
鳥さえ取り返せば、少しであるものの、今回の事件に関連した情報提供ができるという。
ロマン君に口封じをさせるために愛鳥を奪っていたなんて。酷いことをするものである。
筆談する間、小首を傾げていたヴェルノワ公爵家のご当主様がペンを手に取る。
ぬいぐるみの体では羽ペンが上手く持てず、文字を書くのに苦労していたようだが、時間をかけて一文を完成させた。
そこにはロマン君への質問が書かれてある。
――もしやロマン、記憶を失っていないのでは?
それを見たロマン君は息を呑んだような様子を見せたあと、こくりと頷く。
ヴェルノワ公爵家のご当主様は鳥質がいる時点で、何かがおかしいと感じたようだ。
私はまったく気づかず、のほほんと筆談を眺めるばかりだったのに。
今後の予定が立つのは早かった。
ロマン君とケロ様が石版の欠片を探し、私とヴェルノワ公爵家のご当主様が鳥を助けにいくというもの。
作戦の実行は義弟がいない間がいいだろう。
今日は屋敷にいるだろうから明日以降に行動を起こそう、という話になった。
『そうしてくれると、非常に助か――』
言葉をすべて言い終える前にヴェルノワ公爵家のご当主様は糸が切れた操り人形のように倒れ、そのまま動かなくなる。
「ご当主様!? だ、大丈夫ですか!?」
ぬいぐるみの体を揺さぶったが反応はない。
『オデットよ、心配するでない。ただの魔力切れゆえ』
ぬいぐるみに意識を移す魔法というのは、とてつもなく大量の魔力を消費するらしい。
竜の血脈であるヴェルノワ公爵家のご当主様だからこそ長時間の活動を可能としたようだが、普通の人が同じことをしようとしたら、数秒も耐えきれないという。
『明日になれば再度ぬいぐるみで活動できるようになるだろう』
「それを聞いて安心しました」
今日は義弟が私達を警戒しているので、石版の欠片探しもしないほうがいいだろう。
「よし、ロマン君! 今日は畑に野菜の種を撒きましょう!」
突然の提案にロマン君はポカンとしていた。
暇ができたら種撒きをしたいとずっと思っていたのだ。今日ほど空が晴れていて、種撒き日よりはないだろう。
頼んでいたロマン君の服一式は庭道具の小屋に届いていた。寸法もぴったりで、ロマン君は動きやすくなった! と喜んでいる。
「貴族の服って、動きにくいですよね」
「ええ。屋敷につれてこられたとき、貴族の服を着せられて、これでは何もできないと絶望しました」
そんなささいな会話中に、ロマン君が記憶喪失でないことがわかってしまう。
彼はここにきて初めて、貴族の服を着たなどと言った。
すなわち、ここで生まれ育った者ではない可能性が高い。記憶がなくとも、着慣れた絹の服であれば不快に思わないだろう。
ロマン君は始めから、屋敷を飛びだして行方不明になった子ではないのだ。
「オデットお姉さん」
「はい?」
「さっきは僕のことを、ヴェルノワ公爵家の子だと言ってくれて、ありがとうございました」
「いえいえ」
ロマン君は私の言葉が嬉しかったらしい。
「あの、昨日、オデットお姉さんに初めて会った気がしないと言いましたが、それについての記憶は本当になくて」
「そうだったのですね。まあ、大丈夫ですよ! そのうち思い出すかもしれないし、思い出さないかもしれませんし! ロマン君が親近感を抱いてくれたら、私は嬉しいです」
ロマン君は淡く微笑みながら、「はい」と返事をしてくれた。




