現実世界での出会い
義弟が額を押さえ膝を突く。
ふわふわのぬいぐるみから繰り出された一撃は、義弟に大きなダメージを与えたようだ。
「お、お前はカエルの魔物に続き、珍妙な生き物を従えてからに」
「この子は珍妙な生き物ではありません!」
エリスから借りてきたかわいらしいウサギのぬいぐるみに意識を移した、ヴェルノワ公爵家のご当主様である。
「ぬいぐるみのように見える物体が喋って動き、暴力をふるうなんぞ、珍妙な生き物であるとしか思えない!」
「いいえ、違います。このウサギのぬいぐるみは――」
ウサギのぬいぐるみと目が合う。
情報は伏せなくてもいい、とばかりに頷いてくれた。
「ヴェルノワ公爵家のご当主様なんです!!」
「何をバカなことを!!!! 気でもおかしくなったか!!!!」
『話を聞いていれば、我が妻オデットに好き勝手言って――!』
やはりウサギのぬいぐるみはヴェルノワ公爵家のご当主様で間違いないらしい。
ヴェルノワ公爵家のご当主様は私を守るように、前に出てきてくれた。
「妻だと? 何を言っている?」
『言葉のとおりだ! 勝手に結婚を決めたのは、そちらだろうが!』
「なっ!?」
『話はずっと聞いていた。我が屋敷にずかずか上がり込んで当主代理を名乗るなど、誰が許したのか!』
「う、うるさい!! 兄上が倒れたと聞いて、当主代理を名乗ってやったんだ!」
『兄上?』
「そうだ!!」
ヴェルノワ公爵家のご当主様は記憶が曖昧だからか、義弟を上手く問い詰められないでいる。
ここで証拠を突きつけられたらよかったのだが……。
「その珍妙な生き物が兄上と聞いても、信じないからな!!」
『何を言っているんだ。正真正銘、私がヴェルノワ公爵家の当主だと言うのに』
「そのような姿で言っても、説得力などない!!」
騒ぎを聞きつけ、従僕が義弟のもとへ駆けつける。
ヴェルノワ公爵家のご当主様が一撃を入れた額は血は出ていないものの、大きく腫れている。
立ち上がってもふらつくようで、従僕達に支えられていた。
「何か勝手なことをすれば、この離れを燃やしてやるからな!!」
従僕の支えがなければ立ち上がることすら困難な状態なのに、言うことだけは一人前である。
義弟は盛大に舌打ちしたのちに、離れから出て行った。
従僕の手によって玄関扉が閉められると、急いで施錠する。
そして、ただただ立ち尽くしているヴェルノワ公爵家のご当主様に声をかけた。
「あの、ご当主様、ですよね」
『そうだ』
「魔法が、成功されたようで」
『ああ、遅くなった』
ぜんぜん遅くない。ヴェルノワ公爵家のご当主様が駆けつけてくれたおかげで、私達に怪我などの被害はなかったのだ。
『怪我はないか?』
「はい、みんな、ぴんぴんしております」
話しているうちに気持ちがこみ上げ、涙ぐんでしまった。
「お会い、したかったです!」
『ずっと夢の中で顔を合わせていただろう』
「昨晩、会えなかっただけでも、寂しかったんです」
『オデット……すまなかった』
ヴェルノワ公爵家のご当主様の前に膝を突くと、私の膝をそっと抱きしめてくれた。
『待たせて悪かった』
「いいえ!」
ふわふわの体は温かく、ヴェルノワ公爵家のご当主様がこの世に存在し、生きているのだとわからせてくれる。たったそれだけのことが、とてつもなく嬉しかった。
しばし抱き合っていたら、ケロ様とロマン君が顔を逸らした状態でいることに気づいた。
「あ――申し訳ありません。その、ご当主様、ご先祖様のケロ様です」
ケロ様は邪魔をして申し訳ないと前置きしてから、ヴェルノワ公爵家のご当主様の肩をぽんぽん叩く。
『その、なんだ。よく魔法を成功させ、オデットを助けた』
『間に合った、と言ってよかったのかわからないが』
『謙遜するでない。お前は妻と子を助けた』
『子?』
『子だ』
見てみるように言われたヴェルノワ公爵家のご当主様は、ケロ様が指し示した方向にいるロマン君を見る。
『は!? なん――は!?』
あまりにもロマン君が自分自身にそっくりなので、言葉を失っているようだ。
ロマン君は空気を読んだのか、ぺこりと会釈し自己紹介をする。
「ご当主様、初めまして。僕はロマンと申します」
『……』
ヴェルノワ公爵家のご当主様はよたよたとおぼつかない足取りでロマン君に近づくと、顔を見せるように頼んでいた。
ロマン君は片膝を突いて、顔がよく見えるような体勢を取る。
ヴェルノワ公爵家のご当主様は背伸びをし、両手で包み込むようにロマン君の頬に触れた。
『髪の色、瞳の色、目鼻立ち、唇の形、輪郭――信じがたいほど私に似ている』
「そう、なのですね」
ロマン君はごくごく冷静な様子で言葉を返す。
昨晩、ケロ様に会ったので、そこまで驚かなかったのか。
『ロマン、と言ったか?』
「はい」
『お前の父は、誰だ?』
「申し訳ありません。記憶喪失で、母の顔すら覚えておらず」
『そう、だったのか』
ヴェルノワ公爵家のご当主様は振り返って、私に訴えた。
『彼、ロマンは私の子ではない!』




