いろいろ起こる朝
鳥がキイキイとけたたましく鳴く声で目を覚ます。
のっそり起き上がり、は~~~~~と深く長いため息を吐いた。
夢の中でヴェルノワ公爵家のご当主様に会えなかったからだろうか、なんだかスッキリしない朝である。
声を聞いたり、たわいもない話をしたりするのを楽しみにしていたのだが、ロマン君についてしっかり報告したかったのもある。
現状、ヴェルノワ公爵家のご当主様が息子ではないと否定している限り、その言葉を信じるつもりだ。
ただロマン君がヴェルノワ公爵家の血筋であることはたしかである。
ロマン君についてどんな反応を示すのかも気になるところだ。
ぼんやり考え事をしている場合ではない。昨日からロマン君もいるのだ。
朝食を作って、大きくなるようにしっかり食べさせなければならないだろう。
身なりを整えてから居間を通って台所へ行こうとしたら、すでにロマン君の姿があった。
「オデットお姉さん、おはようございます」
「ロマン君、おはよう。早いですね」
「ええ。昨晩はぐっすり眠れたので、自然と早く起きたようです」
「そうでしたか、よかったです」
ロマン君にはお屋敷からふっかふかの布団が届けられていた。眠る前に安眠効果があるカモミール入りのホットミルクも飲んだので、熟睡できたのだろう。
「朝食の準備、お手伝いします」
「ありがとう! 助かります」
朝食は昨日、水で戻しておいた干しタラを使ったオムレツに白インゲンとキノコのトマト煮込み、パンを合わせたものである。
「ミントティーを淹れるから、外で摘んできてくれますか?」
「生のミントでお茶を淹れるのですか?」
「ええ、そうですよ。びっくりするくらいおいしいので」
「わかりました」
ミントの葉っぱはわかるようなのでお任せした。
しばらく戻ってこないだろうと思っていたが、ロマン君はかごいっぱいのミントを摘んで帰ってきた。
「これくらいでいいですか?」
「わあ、ありがとう。ミント摘み、かなり早いですね」
「養育院でも、野生のミントを摘んで市場で売っていたので」
「そうだったのですね」
ミント摘みとミント売りの経験はある公爵子息、ロマン君。なんて頼りになるのか、とありがたい気持ちでいっぱいになった。
ポットにミントをぎゅうぎゅうに詰め、お湯をたっぷり注ぐ。
「生のミントをどうして大量に買っていく人がいるのか、よくわかっていなかったのですが、ミント茶を飲むためだったのですね」
「ええ、そうなんです。好きな人は一日三回、朝昼晩と飲むそうですよ」
ミント茶はすーっと爽快感のある味わいが特徴で、ぼんやりしている朝にぴったりな一杯なのだ。
朝食の準備が整ったのでケロ様を呼びにいく。寝ぼけていたが、タラのオムレツを作ったと知らせると飛び起きた。
今日も三人で食卓を囲み、ミント茶を飲みつついただく。
ロマン君はどの料理もおいしいと絶賛してくれた。
ミント茶には蜂蜜を入れたらどうかと提案したものの、まずはそのまま飲むという。
ごくんと飲んだあと、ロマン君の瞳がキラリと輝いた。
「このミント茶、すごくおいしいです。こんなおいしいお茶、初めてです!」
「そうでしたか。おかわりもたっぷりありますので、たくさん飲んでくださいね」
「はい!」
昨日のロマン君は暗く落ち込んでいるような様子だったが、今日は表情が明るい。
ここでおいしい物をたくさん食べさせて、もっともっと笑顔を見なくてはと思った。
ロマン君がミントをたくさん摘んでくれたので、まだまだ大量にある。
乾燥させて保存するのもいいが、ミントゼリーにしてもおいしい。
ヴェルノワ公爵家のご当主様の薬湯にも使わせてもらおう。なんてことを考えていたら、玄関から大きな物音と声が聞こえた。
「おい、オデット!! いるのか!?」
「はいはい、おりますよ~」
のんびり答えつつ玄関に向かった。
声の主は義弟である。顔を真っ赤にさせてやってきたようだ。
「お前、どうして屋敷からロマンを連れ出したんだ!?」
「あー、なんだか屋敷が落ち着かなくって、ロマン君もお誘いしたんです」
「離れは見せるなと言っていただろうが!!」
「そうでしたっけ~?」
私ののらりくらりとした態度が気に食わないのか、義弟の口調や態度はどんどん乱暴になっていく。
そんなやりとりを聞いたケロ様が玄関へとやってきた。ロマン君も続く。
ロマン君へ居間へ戻るよう身振り手振りで示したものの、首を傾げるばかりだった。
ケロ様は義弟をじろりと睨み、ケンカをふっかける。
『朝からうるさい男だ!』
「出たな、魔物が!!」
義弟は拳を振り上げ、ケロ様めがけて振り下ろす。
「止めてください!!」
ケロ様を胸に抱き、ぎゅっと目を閉じる。
衝撃を覚悟したが、私の背後から制止するような男性の声が聞こえた。
『おい、何をしている!?』
想定していなかった男性の声に、義弟の動きがぴたりと止まった。
「なんだ、今の声は? おいオデット、答えろ」
「何が、ですか?」
「今、男の声がしただろうが」
「え、えーっと」
「お前、男を連れ込んでいたのか!?」
「まさか!」
背後を振り返ったものの、男性の姿は見られない。
声には聞き覚えがあったのだが。
「はて――?」
「本当のことを言え! でないと、痛い目に遭わせてやるぞ!」
『そんなこと、絶対に許さん!!』
その声は天井のほうから聞こえた。
ふわふわのウサギのぬいぐるみが義弟めがけて落下し、回転しながら踵落としを決める。
「げふっ!!」
そのままくるくる回りつつ、床に着地した。
振り返ったウサギのぬいぐるみが、キリッとした様子で話しかけてくる。
『オデット、無事か?』
「は、はい、この通り」
『よかった』
聞き覚えのあるその声の主は――ヴェルノワ公爵家のご当主様だった。




