昼食を作ろう
ロマン君の服や生活に必要な品々が従僕の手によって届けられる。
服はすべてリボンがかかった箱に入っていて、新品が用意されていた。
もしかしなくても、義弟がロマン君のために用意したのだろう。
新品を用意したのはロマン君が成長期で、去年の服が着られなくなったからに違いない。そうでなくても、貴族はシーズンごとに新しく服を仕立てる。何年も服を繕いながら着ていた私とは大違いだ。
それにしても私にはドレスの一着すら用意しなかったのに、ロマン君には十着以上買い揃えたようだ。大歓迎だというのが伝わってくる。
従僕にロマン君が離れで暮らすことに関して義弟が何か言っていたか聞いたが、すでに出かけているのでまだ報告できていないようだ。
嵐の前の静けさだったようである。
面倒なので放っておいてくれたらいいのだが……。今は義弟が文句を言いにこないよう、祈ることしかできなかった。
ロマン君の部屋はヴェルノワ公爵家のご当主様の隣にある部屋に決まった。日当たりがよくなくて私は選ばなかったのだが、瞳の色素が薄いロマン君は暗い部屋のほうが過ごしやすいという。
青い瞳なんてすてきと思っていたものの、太陽光を眩しく感じたり目が疲れやすかったりなど大変なことばかりのようだ。
布団がないので従僕にお願いしたら、すぐに持ってきてくれた。至れり尽くせりである。
ロマン君は義弟からの服を前に、暗い表情でいた。
「どうかしたの?」
「いえ、今着ているようなツルツルした生地が苦手で」
「あーたしかに」
貴族は高価な絹の服を好んで着ている。けれども綿や麻の服で育った私にとっては、ツルツルしていて着心地に違和感を覚えてしまうのだ。
「オデットお姉さんが着ているような服の素材がいいです」
「ああ、これですか! わかりました。頼んでおきますね」
庭道具が入っている小屋にお買い物メモを残しておいたらジェイクさんが買ってきてくれるのだ。明日にはきっと着心地がいい服が用意されるだろう。
「さて、と。食事の用意をするのですが、苦手な食べ物とかありますか?」
「ありません。なんでも食べます」
「好物はありますか?」
おいしい食事を食べて育ったロマン君の好物を作れる自信はないが、念のため聞いておく。
「好きな食べ物などはありません。出された物を食べる毎日だったので」
「そうでしたか」
なんというか子どもらしくない返答である。
食事についての記憶が養育院にいたときのことしかないので、好物などもできなかったのかもしれない。
ひとまず苦手な食べ物はないというので、十歳くらいの子どもが好みそうな料理を作ってみよう。
「あの、オデットお姉さん。お料理、僕もお手伝いします」
「ゆっくり休んでいてもいいんですよ」
「動いていたほうが、時間が過ぎるのが早いので」
「わかりました。では、お願いしますね」
休んでいてもいいと言われたら、やることが山のようにある私とは大違いである。
本やおもちゃなどがないので、時間を潰すのが難しいのかもしれない。
あとで従僕に子ども用の本などを貸してもらえないか聞きに行こう。
「ロマン君は料理はしたことはありますか?」
「養育院で毎日していました」
「だったら心強いです」
カボチャのポタージュを作るために、下ごしらえをしていたのだ。
「茹でていたカボチャを潰してくれますか?」
「わかりました」
ロマン君に調理をお任せしている間、昨日買ってきてもらっていたコイの皮を剥いで三枚に下ろす。
コイは修道院でもよく食べていた。臭みがあると言う人もいるが、しっかり対策しておけばおいしくいただける。
臭み消しのやり方はシンプルでローズマリーを入れた牛乳に浸すだけ。
「オデットお姉さん、終わりました」
「わあ、手際がいいです。ではこれを、スープ鍋に溶かして入れてもらえますか?」
「はい」
このコイはフリッターにしたいので、パン粉を作る。日が経って少し硬くなったパンをおろし金で擂って粉末状にするのだ。
この作業もロマン君が手伝ってくれた。
牛乳に浸けていたコイの身を洗って水分をしっかり拭き取ったあと、塩コショウで下味を付ける。次に小麦粉、卵液に潜らせ、最後に乾燥したバジルとローズマリーを混ぜたパン粉をまぶす。これをひまわり油でカラッと揚げた。
このフリッターに合わせるのは、ホワイトソースである。牛乳に浸したのでコイの身が若干牛乳風味になるので、気にならないようにクリーム系のソースでいただくのだ。
パンをカットしてフリッターと一緒に盛り付ける。庭で採れたベビーリーフやディル、タイムなどで作った薬草サラダにレモンドレッシングをかけたものを添えた。
カボチャのポタージュを合わせたら昼食の完成である。
普段はヴェルノワ公爵家のご当主様の寝室で食べているが、今日は魔法の準備を邪魔してはいけない。ロマン君も緊張しているように見えたので、食卓でいただく。
「ケロ様~~、食事の用意ができました~~」
『おお、いい匂いがしていると思っておったぞ』
ケロ様も食べると聞いてロマン君は驚いていたようだ。
『ロマンよ、オデットの料理は絶品だから、たくさん食べるとよい!』
「はい、ありがとうございます」
ロマン君が調理を手伝ってくれたことを報告すると、ケロ様は偉い! と言って褒めていた。ロマン君は照れたのか、耳の端っこを少しだけ赤く染めていた。
ロマン君はポタージュから食べる。
「――あ、おいしい」
そう言ったあと、二口、三口と食べる。
「オデットお姉さん、とてもおいしいです」
「よかったです」
ケロ様はポタージュをパンにたっぷり浸して頬張っていた。それを見て、ロマン君も同じ食べ方をする。おいしかったからか目を大きく見開いていた。
なんともかわいらしい反応を見せてくれる。
続けてコイのフリッターも食べてくれた。修道院にいた子ども達は大好物だったが、果たしてロマン君もだろうか? ドキドキしながら反応を待つ。
「オデットお姉さん、これはコイの揚げ物ですよね?」
「ええ、そうですよ。コイは初めてですか?」
「いいえ、養育院で週に一回、メニューにコイ料理がありました」
コイは他の魚に比べて安いので、修道院でもよく食卓を彩っていた。
ロマン君はコイのフリッターを小さくナイフで切り分けると、ホワイトソースをたっぷり付けて食べた。
「これは――どうして!?」
「お口に合わなかったですか?」
「いいえ、コイの身が臭くなかったので驚いただけです」
コイの身が臭いのは環境のせいだろう。ただ水質がよくても、普通の魚より臭う。
そのため、臭み消しをしっかり行ってから調理するのだ。
「コイは牛乳に浸けて、そのあと薬草で臭み消しをしているんです」
「ああ、そういえば薬草を入れていましたね。てっきり味付けが目的だと思っていました」
ロマン君はぱくぱくとコイのフリッターを平らげたあと、おいしかったです! と嬉しい感想を言ってくれた。
食後にロマン君は思いがけないことを言ってくれる。
「今日、好物ができました」
「コイですか?」
「いいえ、オデットお姉さんの料理です」
なんてかわいいことを言ってくれるのか。思わずぎゅ~~っと抱きしめてしまった。
夕方、霊廟の掃除に行く。今日はいろいろと忙しかったので、石版の欠片を探しに行けなかった。
状況は日に日によくなっているが、早くみんなが日常を取り戻せますように、と祈るばかりである。
夜になってもぬいぐるみに意識を移す魔法は完成しなかったようだ。
清拭している間も、眉間の皺は解れない。頑張っているのだろう。
その作業が続いていたからかここに嫁いできてから初めて、ヴェルノワ公爵家のご当主様は私の夢に出てこなかった。




