ついに出会う
誰かに見つからないうちにさっさと屋敷から脱出しよう。
そう思って廊下を走って階段を目指す。誰かが上がってこないか耳を澄ませていたら、背後より声がかかってギョッとした。
「おや、公爵夫人ではありませんか」
「わあ!!」
振り返った先にいたのはジェイクさんだった。義弟や義妹ではなかったので、ホッと胸をなで下ろす。
「ジェイクさん、お屋敷にいるの、珍しいですね」
「ええ、フレデ様から用事を言い渡されまして」
「そうだったのですね」
「公爵夫人はこちらで何をされていたのですか?」
「あー、私はエリスさんに会いに」
「そうでしたか」
私とエリスが仲良くしているのが嬉しいのか、ジェイクさんは目を細めやわらかく微笑む。
「そちらのぬいぐるみは?」
「エリスさんからお借りしたんです。その、ご当主様が眠るときに寂しくないようにと思いまして」
「公爵夫人はお優しいですね」
「いえいえ……」
ヴェルノワ公爵家のご当主様とぬいぐるみを一緒に眠らせるなんて、と非難の眼差しを浴びるかと思っていたが、そんなことはなかった。なんて優しい人なのか、と思ってしまう。
「あ、そうそう! お買い物の品、ありがとうございました。キャンディまで入れていただいて」
「いえいえ、お気に召していただけたらよいのですが」
言えない。虫歯を作ってシスターに叱られ、神様の前で二度とキャンディを食べないと誓ったことなど。
「あれは〝ソフトキャンディ〟と呼ばれるもので、普通のキャンディよりも食べられる期間が短いそうです。なるべく早く食べてくださいね」
「は~~い」
エリスは以前、同じキャンディをジェイクさんから貰ったことがあるというので、期間についても把握しているだろう。
心の中で「ジェイクさん、ごめんなさい」と謝罪しつつ別れたのだった。
離れに戻ると、ヴェルノワ公爵家のご当主様の寝室に行って持ち帰ったぬいぐるみを見せる。
「ご当主様、エリスさんからぬいぐるみを借りてきましたよ」
このウサギは首や手足が動くようになっていて、ぬいぐるみにしてはシルエットもほっそりしている。きっと動きやすいだろうと思って選んだのだ。
ケロ様もやってきたのでぬいぐるみを見せる。
『この体にあの男の意識が入り込むのか。いささかかわいすぎるように見えるが』
「すみません、動きやすさ重視で選びました」
『まあ、よい。今は魔法が成功することを祈るばかりだ』
すでにヴェルノワ公爵家のご当主様はシーツに魔法陣を描いているらしい。もうすぐ完成間近だとか。
『待っても一、二時間程度だろう』
「楽しみですね」
『そうだな』
意識を移すという魔法についてケロ様に質問してみる。
「これは、どの程度の感覚があるのですか?」
『耳は聞こえるし目も見える。痛みは感じないが、眩しさなどはあるだろう』
「嗅覚はあるのでしょうか?」
『あるぞ』
ならば薬草を使って何か作っておこうか。乾燥させた薬草と精油で作るキャンドルとか。
なんて考えていたら離れの扉が控えめに叩かれる。
「公爵夫人、公爵夫人!」
この声はジェイクさんのものだ。
うさぎのぬいぐるみはヴェルノワ公爵家のご当主様の隣に寝かせて玄関に急ぐ。
扉を開くと、そこには額に汗を浮かべたジェイクさんの姿があった。
なんでも屋敷から走ってここまできたらしい。
「どうかしましたか?」
「フレデ様が公爵夫人をお呼びです」
「私、ですか?」
「ええ。ご当主様のご子息、ロマン様がいらっしゃったようです」
「そういうわけでしたか」
一人でいくかどうか迷ったものの、ケロ様は以前義弟と問題を起こしている。義妹にも姿を見られたら面倒なことになりそうだ。
そんなわけでケロ様には離れに残って、魔法の完成を見守っていただこう。
寝室に戻ってケロ様に一言声をかけておく。
「ケロ様、少し出かけてきますね。ご当主様のこと、よろしくお願いします」
『ふむ、わかったぞ!』
ジェイクさんと一緒に屋敷に向かう。
ついにロマン君と会うことになった。彼はいったい何者なのか。
ヴェルノワ公爵家のご当主様は自分の子ではないと否定していたが……。
義弟はなんのつもりでロマン君を連れてきたのか。何か目論みがあるように思えてならない。
それを見抜く能力は私にはないのだが。
一番いいのは、ヴェルノワ公爵家のご当主様の目で確認していただくことだ。
ただロマン君がやってくる時間には間に合わなかった。
あとはヴェルノワ公爵家の特徴である輝く金の髪と宝石みたいな瞳を持っているか否か。
夢の中でヴェルノワ公爵家のご当主様のお姿をしっかり確認したので、私は見間違えるはずがないだろう。
一応、ジェイクさんにも聞いてみよう。
「あの、ロマン君って、どんな子でしたか?」
見た目について聞くわけにはいかず、遠回しに質問してしまう。
「ロマン様は利発そうなお方でしたよ」
心の中でもう一声! と思ったものの、これ以上聞くわけにもいかず。
直接会って、確認するしかないようだ。
ロマン君がヴェルノワ公爵家のご当主様の子どもではないと言ったら、義弟は納得してくれるだろうか?
プライドがどこまでも高いお方なので、認めてくれそうにないのだが。
ロマン君も記憶がないと聞いていた。家族が見つかったと聞いて安心していただろうに、血縁関係にないと言ったらショックを受けるかもしれない。
それを私がしなければならないのだ。
階段を上がる足が重たくなる。けれども客間に到着してしまった。
ジェイクさんが「公爵夫人がまいりました」と声をかける。扉が開かれ、私はロマン君と初めて顔を合わせることとなった。
「――え!?」
ロマン君は弾かれたように立ち上がる。
その様子を見て驚いてしまった。
なぜかと言えば、ロマン君の容姿がヴェルノワ公爵家のご当主様にそっくりだったから。
 




