エリスに会いに
エリスは屋敷にいるだろうか?
そもそも彼女は十代半ばくらいなので、もうぬいぐるみは持っていない可能性もあるが……。
ジェイクさんにいただいたキャンディは誰かに食べてもらおう。そう思ってかごに入れておく。
ケロ様は離れでお留守番をしてくれるようだ。
「なるべく早く戻ってきますね」
『ああ、待っているぞ』
急ぎ足で屋敷に行き、侵入させていただく。
裏口から入り二階へ上がっていく中で、義弟に見つかって何か問い詰められるのではないか、とヒヤヒヤしている。
義弟や義妹に近しい使用人にも遭遇したくない。なんて考えながら歩いていると、運よく洗濯メイドのニナリーと遭遇した。
「あら、離れのオデットじゃない。おはよう」
「おはようございます」
離れのオデットとはいったい……? なんて思ったが、たくさんのシーツを抱えていたので手伝いを申し出る。
「ありがとう。一家全員分のシーツとなったら重たくって」
「わかります」
シスター時代、私も数人分のシーツを抱えて廊下を行き来していた。誰か助けてくれないかと願ったものの、皆それぞれ仕事があるので叶うわけもなく……。
ニナリーが抱えていたシーツの半分を受け取り階下に運んだ。シーツはワゴンに乗せてランドリールームまで運んで洗濯するようだ。
「オデット、今日はどうしたの?」
質問にギクリとしつつ素直に答える。
「エリスお嬢様に用事がありまして。今、部屋にいらっしゃいましたか?」
「ええ、いたわ。本を読んでいたから、声をかけても反応しないかも」
「わかりました。ありがとうございます」
ニナリーと別れたあと急いで二階に駆け上がり、エリスの部屋を目指そうとしたが――ここで気づく。
エリスの部屋はいったいどこなのか、と。
ニナリーに聞きにいこうとしたが、階段を上がってくる義妹の声が聞こえた。
慌てて回れ右をし廊下を進んでいく。
もう自棄だ。そう思って大声でエリスを呼んでみた。
「エリスお嬢様~~! エリスお嬢様~~!」
集中して本を読んでいるとニナリーから聞いていたので、気づかないかもしれない。
それでも叫ぶ他なかった。
神様~~神父様~~エリス様~~と祈りを捧げつつ声をあげていたら扉が開く。
ひょっこり顔を覗かせたのはエリスだった。
「あなた、いったい何をしていますの?」
「エリスさん、会いたかったですっ!!」
「わかったから、大きな声を出さないでくださいませ。今日はお客様がやってくるから、お母様が神経質になっていて」
「そ、そうだったのですね」
エリスは辺りをキョロキョロと見回してから、私を部屋に入れてくれた。
「わあ、かわいらしいお部屋ですねえ」
フリルがあしらわれたピンクのカーテンや、白に統一された愛らしい家具がある部屋だった。そんなエリスの部屋をじっくり観察するも、ぬいぐるみは置いていない。
やはりある程度成長するとぬいぐるみから卒業するのだろう。
「わたくしになんの用事ですの?」
「あ――そう、ですね」
深刻そうな表情で問いかけられる。大声を出して必死にエリスを探していたことは伝わっているのだろう。やっぱりなんでもないです、と言える空気ではなかった。
嘘を吐いて逃れるよりも、正直に伝えたほうがいいだろう。そう思って白状する。
「実は、エリスさんにぬいぐるみをお借りしたいな、と思っておりまして。でも、部屋を見たらなかったので」
「ああ、そういうわけでしたのね。ぬいぐるみならばございますわ」
エリスは立ち上がるとついてくるように言う。
続き部屋となっている扉を開くとその先は寝室だった。
中に入らせていただくと、寝台の上にたくさんのぬいぐるみがあったので驚く。
「わあ、たくさんお持ちなのですね」
「ええ。幼少期から、お祖父様が贈ってくださったお品ですわ」
「お祖父様、ということは、ご当主様のお父君ですね」
「ええ、そうですわね」
誕生日には毎年、ぬいぐるみを贈ってくれたそうだ。それをエリスは毎年楽しみにしていたらしい。
「ただ今年の誕生日は届かなくって」
「んん?」
一年前の誕生日までぬいぐるみは届いていた。ということは、ヴェルノワ公爵家のご当主様が爵位を継承したのは最近ということになるのか。
「エリスさんのお祖父様は、いつ亡くなったのですか?」
「わかりません。お祖父様について尋ねると父は怒りますので、聞くに聞けなくて」
「そう、だったのですね」
ヴェルノワ公爵家のご当主様が八十歳、義弟が六十六歳。その父親である先代公爵はいったい何歳だったのか。竜の血を引いているので長生きなのかもしれないが。
「ぬいぐるみはなんに使いますの?」
「それは、えーっと」
ヴェルノワ公爵家のご当主様が意識を移し、活動するために使うなんて言えるわけがない。必死に頭を動かし、答えを導き出す。
「そのー、ご当主様が一人で眠っていても寂しくないように、傍らにぬいぐるみがあったらいいな、と思いまして!」
「まあ、そうでしたのね。どうぞ、好きなだけお持ちになって」
返すことを条件に、エリスはぬいぐるみを貸してくれるという。
オオカミにクマ、ネコにイタチなど、さまざまな動物を模したぬいぐるみが並んである。
その中でほどよい大きさだった、ウサギのぬいぐるみを貸していただくこととなった。
「ご当主様が元気になったら必ず返しますので」
「ええ、わかりました」
そんなわけで無事、ぬいぐるみを借りることに成功した。
「あ、これ、よろしかったらどうぞ」
「なんですの?」
「ジェイクさんからキャンディを貰ったのですが、以前、食べ過ぎて虫歯を作ってから食べないようにしておりまして。よければ代わりに食べてくれませんか?」
「ジェイクは相変わらず、お菓子を配っていますのね」
そのキャンディはエリスも貰ったことがあるという。
「なんだか懐かしいですわ」
幼少期の記憶が蘇っているのか。エリスは優しい表情でキャンディが入った瓶を見つめていた。
「わかりました。こちらはわたくしが責任を持っていただきますので」
「お願いします」
うさぎのぬいぐるみを片手に、エリスと別れたのだった。




