ケロ様と朝食を
朝食は薬草をたっぷり入れたニンジンの酢漬けにゆで卵、パンを用意した。
目覚めたばかりのケロ様はお腹が空いていたようで、大喜びで食べ始める。
中でもニンジンの酢漬けがお気に召したようだ。
『なんだこれは! 我が知る普通の酢漬けとは違うぞ。なんというか、味が複雑に構成されていて、酸っぱいだけではない』
「この酢漬けには薬草が入っているのですよ」
ローリエにタイム、ローズマリーなどを入れて酢を注ぐのだ。
酢のすっぱさの中に薬草の風味が効いていて、私もお気に入りのレシピである。
「そういえば酢漬けの味をご存じのようでしたが、石碑で眠る以前にも食事をされていたのですか?」
『そうだな。夫が食事をするとき口にすることが何度かあった』
黄金竜であるケロ様は栄養補給を必要とせず、食事も本来であれば食べなくていい。
『けれども人は食事の席に重要な話をするからな。そのさい、付き合うこともあった』
「そうだったのですね」
『ただ、当時の料理ははっきり言って、おいしくなかった!!』
塩や香辛料などが貴重な時代だったらしく、調理方法は焼くだけ煮るだけなどの素材の味を活かしたものばかりだったらしい。
『肉や魚には臭みがあって、野菜もくたくたになるまで煮込まれて旨味なんぞ溶けてなくなっている。そんな料理ばかりだった』
ケロ様は当時の記憶を遠い目をしながら語る。
『それゆえ、オデットの料理を口にしたときはこんなおいしい料理があったのか、と本当に驚いた。今は亡き夫にも食べさせてあげたかったな』
ケロ様と結婚した初代のご当主様はどんなお方なのか。こんなにもケロ様が優しい表情を浮かべながら話すお相手なので、とてもすてきな男性なのだろう。
『毎日オデットのおいしい料理を食べることができて、我は幸せぞ!』
「そんなふうに言っていただけると、作る甲斐もあります」
『いつも感謝している』
「もったいないお言葉です」
褒めていただいたので、お返しにとばかりにニンジンの酢漬けをさらにおいしくいただく方法を伝授した。
「ニンジンの酢漬けを細かくカットして、潰したゆで卵、マヨネーズと和えてパンに載せるとおいしいんですよ」
『やってみたいぞ』
「承知しました」
そう言うと思って、朝からマヨネーズを作って瓶詰めにしておいたのだ。
『オデットよ、その白いソースがマヨネーズ、とやらなのか?』
「ええ、そうなんです」
このマヨネーズは門外不出の、修道院で作っていたとっておきのレシピである。
「修道院では鶏を飼育しておりまして、マヨネーズは産んだその日の卵以外使ってはいけない、という鉄のルールがあるのですよ」
早朝、ジェイクに頼んでいたお買い物品の中に産みたての卵がある、というメッセージがあったのだ。それを見てマヨネーズを思い出し、作ったのである。
マヨネーズ作りに必要な材料は新鮮な卵にレモン、オリーブ油、塩。
ボウルに卵を割り入れ、オリーブ油を入れてとろみが出るまで混ぜる。これに搾ったレモン、塩を入れて混ぜたら完成だ。
ニンジンの酢漬けを刻んでゆで卵は殻を剥いて潰す。それにマヨネーズを和えて、パンの上に載せてあげた。
『おお、おいしそうだ。いただこう』
ケロ様は大きく口を開けてぱくりと頬張る。
『むう! こ、これはおいしい。マヨネーズとやらが酢漬けの酸味をまろやかにし、レモンが豊かに香る!』
ケロ様はマヨネーズがたいそうお気に召したようで、パンを食べたあともニンジンの酢漬けにディップして食べていた。
『オデットは天才だ! 我は幸せ者ぞ!』
尻尾をぶんぶん振りつつ嬉しいことを言ってくれる。
『我はこのように食いしん坊ではなかったのだがな』
「完全体ではないので、食べ物で補っているのかもしれないですね」
『それを抜きにしても、食欲がとんでもない』
たしかに、言われてみれば封印が解けたばかりの頃より体が丸っこくなっているような気がする。
『少し減量したほうがいいかもしれぬな』
「空を飛んだら体がすっきりするかもしれませんよ」
『おお、さっそく試してみよう!』
ケロ様は翼をぱたぱた動かし、テーブルの上で助走し飛び上がった。
しかしながら浮かんだのは一瞬のことで、ぼてん! っと音を立てて着地した――というより落下した。
『最近、オデットに運んでもらってばかりだったから、飛行の勘が鈍っているようだ』
そう言って再度挑戦していたが結果は同じ。
『オデット、大変だ! 太りすぎて飛べなくなっている!』
「だ、大丈夫ですよ。練習すればいいだけの話ですから」
この件については私も悪いだろう。ケロ様が私の料理をおいしい、おいしいと言うから嬉しくなって、たくさん作ってしまったのだ。
今日からは食事量を少し控えめにして、太りにくい料理を作るように心がけなければ。
切り替えの早い私達は、昨晩話題になったご子息ロマンについて話す。
「昨晩、ご当主様とお話ししたのですが、その、ご子息については否定しておられました。いるはずがない、と」
『ならば、フレデの勘違いだったというのか?』
「そう思っているのですが、はたして甥の顔を見間違えるのか、と思いまして」
『たしかに。ただ、我からしてみたら、若者の顔は同じに見えてしまう』
「あー、なるほど」
義弟はヴェルノワ公爵家のご当主様が倒れるまでお屋敷に住んでいなかったというので、甥の顔を覚えていない可能性がある。
「ご当主様と同じ髪色や瞳の色、顔立ちをしていたら、勘違いしてしまうかもしれませんね」
『ふうむ。それはどうだろうか? ヴェルノワ公爵家の者は金の髪に青い瞳を持つ者が多い。ただその色は他にない特別なものなのだ。見間違えるはずはないのだがな』
たしかに夢でみたご当主様の金の髪は他の金髪とは異なる。青い瞳も宝石みたいに美しかった。その特徴は一目瞭然なのだろう。
「もしもその子がご当主様と同じような特徴があれば、間違いようがない、というわけですね」
『そうだな。その辺は実際に会ってみないとわからないだろう』
ヴェルノワ公爵家の特徴を聞いてふと疑問に思う。
「そういえばフレデ様はグレイの髪に紫の瞳の持ち主のようですが、すべての人に特徴が出るわけではないのですね」
『うーむ。我が知る限り、ほとんど特徴を持っているのだが』
伴侶となった者の魔力量が勝っていたら、その者の特徴を引き継ぐようだ。
『ただヴェルノワ公爵家の者達は我が竜の血を引いている。それゆえ、魔力量が勝っていることなどほぼありえない。それに同じ兄弟で片方だけ特徴が出ないというのもまたおかしな話だ』
そうなってしまった可能性については今の私達には関係ない話なので、あまり考えないようにしておこう。




