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結婚式

 結婚式当日――私はこの日のために作られた婚礼衣装に袖を通す。

 宝石や真珠の粒があしらわれた美しい一着だった。

 祖父母や親族はきれいだ、美しいと褒めはやしてくれた。

 けれども結婚相手のことを思えば、彼らの言葉は白々しく聞こえてしまう。

 親族の中に、結婚適齢期の娘が数名いるのに気づく。

 けれども彼女達を選ばなかった理由は、単純にワケアリだと思われるヴェルノワ公爵家のご当主に嫁がせたくなかったからだろう。

 彼らにとって私は、都合のよい政治の駒に違いない。

 それを思うと、あのとき祖父母の申し出をきっぱり断り、シスターを続けたらよかった、と後悔してしまった。

 借金取りに捕まった日のように、ここから抜け出して修道院に駆け込むこともできる。

 けれども今回、それをしなかったのは、喜ぶ祖父母の顔を見てしまったから。

 母を思わせる彼らの嬉しそうな顔を見ていると、胸がツキンと痛む。両親があのように喜ぶ姿を、私は見たかったのかもしれない。

 結局、私は彼らを裏切ることができなかったのだ。


 黄金の馬車が私を迎えにやってくる。

 金脈を持つというヴェルノワ公爵家自慢の馬車らしい。

 私はひとりで馬車に乗り込む。

 このときになっても、ヴェルノワ公爵家のご当主は姿を現さなかった。

 祖父母と親族の見送りもここまで。彼らは結婚式に参加できない。

 なんでもヴェルノワ公爵家の伝統らしく、結婚式は新郎新婦のみでひっそりと執り行うようだ。

 白々しい笑顔の仮面を付けたような祖父母や親族達に見送られ、私はたった独りで婚家であるヴェルノワ公爵家に旅立った。


 ヴェルノワ公爵家の屋敷は王都の郊外にあるらしい。

 夜かと思ってしまうくらいの鬱蒼とした森の中を通り、不気味な獣の鳴き声が響く中、馬車が一時的に停車した。御者が扉の外から「門を開いておりますので、しばしお待ちを」と報告してきた。

 御者側のカーテンを手で避け窓から外の様子を見てみると、上空にコウモリが飛び交う、不気味な建物が見えた。森の中で目立たないようにしているのか、黒レンガが積まれたお屋敷だった。 

 それにしても、お城と見まがうような大きなお屋敷だ。

 いったい何階建てで、部屋はどれほどあるのか。まったく想像できない。

 再度、馬車は動き始める。

 今度は座席側の窓から外を見てみたが、冬薔薇ふゆそうびが咲き誇る美しい庭が見えた。ただ、花びらがあまりにも鮮やかな赤で、どこか血を思わせるからか、気味が悪く感じてしまう。

 馬車が停まった先は、礼拝堂の前だった。

 結婚式は新郎新婦だけで執り行う伝統があると聞いていた。敷地内で済ませるためにわざわざ作ったのだろうか? わからない。

 四十代半ばくらいの、人の好さそうな御者が扉を開いて、礼拝堂の中へと誘ってくれる。


「あ、あの――?」


 もういきなり結婚式なのか。

 などと問いかけようとしたのに、御者はこちらの話なんて聞かずに「結婚式の準備は調っておりますので」と言って去っていった。

 礼拝堂の扉がギイ、と不気味な音を立てて開かれる。びっくりして心臓が止まるかと思った。

 勝手に扉が開いたかと思ったが、礼拝堂内に使用人がいた。

 内部は教会にある礼拝室となんら変わらない。

 左右に十人がけくらいの長い椅子があり、それが何席も連なって置かれている。

 吹き抜けの壁には美しいステンドグラスが填め込まれていた。

 そこに描かれるのは、黄金に輝く竜である。あまりにも神々しい姿に、目が眩みそうになった。

 そんなステンドグラスの前には祭壇が置かれており、そこには神父らしき人が立っている。

 参列席には三人だけ、人が座っていた。彼らが親族なのだろうか?

 ここからどうすればいいのかわからずにいたら、背後から使用人が囁く。


「結婚式を始めますので、どうぞ祭壇のほうへ」

「え!?」


 まだ新郎であるヴェルノワ公爵家のご当主様はやってきていない。

 新郎が不在の中、どうやって結婚式を執り行うというのか。

 混乱状態に陥ったが、使用人が早く行けと言わんばかりに私の背中を押す。

 新郎どころか、花嫁のベールを持つ人もおらず、付添人もいない。そんなありえない状況の中、結婚式が始まってしまった。

 くすくす、と無邪気な笑い声が聞こえた。

 笑っているのは、参列席に座った十代半ばくらいの少女だった。

 目が合うと、口元を押さえ、顔を背ける。

 私の姿が滑稽で笑っているように思えてならなかった。

 もう一人、少女の隣に座る四十代半ばくらいの女性は、じろりと私を睨み付けていた。

 最前列に一人で座る六十代くらいの男性は、こちらに見向きもせず、ただただまっすぐ一点を見つめている。

 まるで私など存在しないかのような様子に思えてならなかった。


 神父はどこか目つきが虚ろで、人形のような生気のなさを見せている。

 うわごとを言うように結婚式を進行していった。


「――では、こちらに署名を」


 差しだされた紙には、ヴェルノワ公爵家のご当主様の名前が先に記入されていた。

 そういえばヴェルノワ公爵家のご当主様の名前を知らなかった。

 今になって確認しようと見たのに、悪筆過ぎて読めない。

 夫となる男性の名前も知らないまま結婚するなんて前代未聞だろう。

 もうどうにでもなれ。

 そんな思いでオデット・ド・シャルトル、と署名する。

 私とヴェルノワ公爵家のご当主様の結婚はなんの障害もなく、神の前で認められてしまった。

 

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