賑やかな朝
ヴェルノワ公爵家のご当主様には名前を知らない弟君がいるらしい。
もしもそれがフレデ・ド・ヴェルノワのことでないとしたら、私にとっては二人目の義弟である。
口ぶりからして、会ったことはないのだろう。
この辺の情報についてエリスやジェイクは知っているのだろうか。一度探りを入れたい。
そうそう。弟の話を聞いて思いだしたのだが、ヴェルノワ公爵家のご当主様にはご子息がいらっしゃるはずだ。
私がやってくる前に霊廟の管理をしていたというが、結婚式にすら顔を出さなかった。彼についても調査したい。
あとはヴェルノワ公爵家のご当主様の呪いについて。いったい誰が呪ったというのか。
義弟がもっとも怪しいのだが証拠は何もない。
これに関しては石版の欠片がすべて集まったら、明らかになる情報だろう。
石版の欠片を探しつつ、情報収集を行う。
頑張ろうと心に誓ったのだった。
◇◇◇
朝食は昨日の残りのクレープ生地に、同じく残ったクリームチーズにディルとチャイブ、パセリを混ぜたものを塗っていただこう。
ケロ様の分も用意したところ、喜んで食べてくれた。
『爽やかな薬草の風味が口いっぱいに広がる、おいしいクリームゲロ!』
「たくさんあるので、たっぷり食べてくださいねえ」
『感謝するゲロ!』
飛べるようになったケロ様だったが、少し飛んだだけでお腹が空いてしまう燃費の悪い体になってしまったらしい。
調査に出かけるときは、何か食べ物を持って行こう。
ヴェルノワ公爵家のご当主様には保湿作用のあるジャスミンから作った薬湯で顔や手、腕などを拭いてあげた。
『オデットよ、そなたは健気ゲロ。清拭など、一日一回でも多いほうだというゲロに』
「夢の中でご当主様が、香りがよりわかるようになったとおっしゃっていたので、できる限り薬草のいい匂いをお届けしたいな、と思っているんです」
『心優しい嫁をもらったものゲロ』
寝たきりとなった状態に限定すれば、私はヴェルノワ公爵家のご当主様にとってよき妻というものなのかもしれない。
貴族の社交界に一歩足を踏み込んだら、そうとは言えないだろう。
「まあでも、ご当主様はお年だし、貴族の集まりなどには参加しないですよね?」
『お年? この男がゲロか?』
「はい。フレデ様からは八十歳だとお聞きしました」
『いいや、そんなはずはないゲロ! この男は、そこまで生きていないゲロよ』
そういえば昨晩、ヴェルノワ公爵家のご当主様も夢の中で八十歳ではない、と言っていたような。
『あの男、何歳だったゲロか。人間の年の流れはよくわかっていないゆえ、見た目だけではよくわからないゲロ』
ヴェルノワ公爵家のご当主様はいったい何歳なのだろうか。義弟が六十六歳だと言っていたので、それよりも若いということはないだろうが。
一日でも長生きしてほしいので、八十よりも若いほうがいい。
『人間というのは、年齢を気にする生き物ゲロな』
「ええ……。千年以上生きる竜族からしたら、年齢なんてささいな問題なのでしょうね」
『そうゲロな~』
なんて話している間に清拭は完了となった。
「よし! 次はお昼にきますので」
「……がと……」
「あ! 今、ご当主様がお喋りしました」
『ふむ、今日は我も聞き取れたゲロ! ただ、何を言ったかまではわからないゲロな』
「たぶんですが、お礼を言ってくれたように思います」
そうだったらいいな、という私の願望もこもっている。
ケロ様はヴェルノワ公爵家のご当主様のお腹の上に飛んで着地すると、ポンポン飛び跳ねながら言った。
途端に、ヴェルノワ公爵家のご当主様の眉間に皺が寄ったように見える。
『おい、もっとわかりやすく話すゲロ! オデットが困っているゲロよ!』
「いえいえ、そんなことありません! お言葉を発していただけるだけで、とっても嬉しいです」
そう訴えると眉間の皺が解れた。
『ふん。嫁が何か言えばなんでも許すゲロな』
「ご当主様が寛大なだけです」
『寛大なものか! こいつはいつもぷりぷり怒って、小言ばかり言っていたぞ』
「そうだったのですね。でしたら元気になって、お小言をたくさん言ってもらいましょう」
ヴェルノワ公爵家のご当主様のお体に優しくブランケットをかけ、出かけてくると伝える。
「ケロ様、今日も石版の欠片のもとへお導きください」
『お安いご用ゲロ!』
ケロ様と共に出発したのだった。




