霊廟にて
『四つも石版の欠片を戻したら、元の姿に戻ってしまうかもしれないゲロ!』
なんというかケロ様は前向きだ。ざっと見たところ、残りの石版の欠片が填まりそうなスペースは大きかった。四枚程度では埋まらないだろう。
霊廟の最深部まで進み、石碑のある空間へ到着した。
『待っているゲロ。明るくしてやるゲロ』
「ありがとうございます」
石碑の周辺が淡く光り視界を確保してくれる。
「あ――」
『どうしたゲロ?』
「いえ、何か硬い物で叩きつけたかのような打痕があったので」
おそらくハンマーのような物を使って石版を叩き割ったのだろう。
焦っていて狙いが定まらなかったのだろうか、それとも石碑自体を破壊しようとしていたのか。石碑のほうもかなり損傷している。
『記憶が戻ったら、犯人もわかるゲロ』
「そう、ですよね」
ひとまず今日は修繕に集中しよう。
「問題はこの石版の欠片が、どこに填まるかですね」
『そんなの簡単ゲロ』
ケロ様が石版の欠片をじっと見つめたあと、一喝するように叫んだ。
『元の位置へ戻るゲロ!!』
そう言うやいなや、石版の欠片はガタガタと震え、慌てたように石碑のほうへと戻っていく。あっという間に正しい位置に納まった。
『これでいいゲロか?』
「はい!!」
作ってきたモルタルを石版の欠片の裏側に薄く塗って、石碑にどんどん貼り付ける。
すると石版の文字が黄金色に輝いた。
同時に、ケロ様の体も光に包まれていった。
『おおおおおおおゲロ!』
その輝きは空間全体に広がっていく。目も開けられなくなるような光だった。
ケロ様が言っていたとおり、もしかしたら元の姿に戻るかもしれない。
そんな期待を抱く。
目の前が真っ白になりついに私も瞼を閉じた。
バサ、バサという羽音と心地よい風が頬を撫でる。
『オデットよ――』
「はい!」
目を開いてケロ様の姿を確認した。
シルエットでしか見たことがないケロ様の真なる姿を見ることができる――と思っていた。
「あ、あれ?」
『ゲロ!?』
目の前にいたのは、カエルの姿に翼を生やしたケロ様の姿。
『どうだゲロ!? 元の姿に戻っているゲロか?』
「その、あの、カエルです。翼の生えた、カエル」
『ゲロオオオオオオ!?』
やはり石版の欠片が四枚だけでは、元の姿に戻らないようだ。
「でも、移動が大変そうだったので、翼が生えてよかったのではないでしょうか?」
『まあ、そうゲロな。ぴょんぴょん跳んで移動するというのは、大変だったゲロから』
ただ体力の消費が激しいようですぐに疲れてしまうようだ。
『またクレープが食べたくなったゲロ』
「残りがたっぷりありますので、帰ったら食べましょう!」
『ありがとうゲロ』
姿は元に戻らなかった。あとは記憶についても聞いてみる。
「ケロ様、記憶のほうは戻られましたか?」
『あっ――!!』
ケロ様は瞳をカッと見開き、口をパクパクさせる。
もしかして犯人について何か思い出したのだろうか?
『ひ、秘密を、思い出したゲロ!』
「な、なんですか!?」
ついに犯人についての記憶を取り戻したというのか。ドキドキしながら続きに耳を傾ける。
『あの男の好きな食べ物は、チョコレートだったゲロ! 甘い物好きだと周囲にばれるのが何よりも恥ずかしくて、いつもここでこっそり食べていたゲロ!』
「えーーーーっと。ご当主様は、チョコレートがお好きなのですね?」
『そうゲロ!』
戻った記憶がこれらしい。それ以外にはないというのでがっくりと項垂れてしまう。
でもまあ、石版の欠片を集めてケロ様の姿が変わったり、失っていた記憶を取り戻せたりしたので今日のところはよしとしよう。
その後、石碑と周辺の清掃を行い、離れに戻った。
ケロ様にクレープを作り、ヴェルノワ公爵家のご当主様には安眠効果があるオレガノの薬湯を作ってみた。
ケロ様がクレープを食べる様子を視界の端で見守りながら、今日あったことをヴェルノワ公爵家のご当主様に語りかける。
「今日はいろいろありました。フレデ様にドロドロの薬草スープを見せて追い返すことに成功し、ジェイクさんからお布団をいただいて、ケロ様と石版の欠片を探し、エリスさんと食事を一緒に作って、霊廟にいって石碑の修繕をしてまいりました」
やることてんこ盛りの一日だった。おかげでくたくたである。
「ご当主様にも、何か変化があればいいですね」
「……ット」
「はい?」
今、かすかにヴェルノワ公爵家のご当主様の唇が動いたような気がする。
「ケロ様、今、ご当主様がお喋りになりませんでした!?」
『クレープを食べるのに忙しくって、聞いていなかったゲロ』
「そ、そんなーーーー!!」
もう一回言ってくれとお願いしても、びくともしない。
何を言おうとしたか夢で確認する必要がありそうだ。




