夕食作り
さすがに濡れたままでは寒いので、お風呂に入らせてもらった。ケロ様も桶に薬湯を作り、一緒に浸かる。
『この薬湯とやらは最高ゲロな~』
「お気に召していただけて嬉しいです」
ゆっくりお風呂に浸かったあとは昼食の時間だ。朝に作った義弟撃退スープをいただいた。
その後、離れの掃除やら、洗濯やら、忙しい午後を過ごす。
夕食は少しだけ豪勢にしよう。庭の草むらにディルが元気いっぱいに茂っていたので、ありがたく摘ませてもらう。
ディルとクリームチーズのクレープでも作ろうか。なんて考えていたら、背後から声がかかる。
「あなた、また石を拾い集めているのではありませんよね?」
振り返った先にいたのはエリスだった。
「あはは、誤解です。今日はディルを摘んでいました」
そう言って摘んであったディルを見せびらかす。
「ディル? ただの雑草にしか見えないのですが」
「雑草ではなく薬草ですよ。鎮静効果があって、香りをかぐと心が落ち着くんです」
手のひらで一度叩いたディルをエリスに差しだす。エリスは素直にくんくんと匂いをかいだあと、いい香りだと言ってくれた。
「そのディルとやらを、生のまま食べるつもりではないでしょうね?」
「きちんと調理します。クリームチーズと一緒にクレープ生地に巻いて食べる予定です」
「葉っぱのクレープですって? 聞いたことがないのですが」
「おいしいですよ~」
相変わらず、エリスからの信用は何もないようだ。
「まあ、クリームチーズのクレープでしたら、これと相性がよいかもしれません」
そう言ってエリスが差しだしてくれたのは、サーモンのマリネが入った瓶だ。それとクラッカーもある。
「あなたに差し上げますわ」
「え、いいのですか!?」
いただく前に周囲をキョロキョロ見回す。義弟がいないかの確認だ。
「お父様でしたら、まだ帰っていなくてよ。議会のあと晩餐会に参加するとおっしゃっていたので、戻ったとしても深夜でしょう。普段も同じように、朝から晩まで働いていて、日中は家にいなくってよ」
「なるほど。ちなみに、お仕事は何をされているのですか?」
「伯父様の代理で、国家魔法師の仕事をされているとか」
「そうだったのですね」
そういえばヴェルノワ公爵家は有名な魔法使いの家系だという話を聞いていた。国家魔法師だったとは。なんともご立派である。
そんな会話をする中、再度、エリスが受け取るように差しだしてきたので、ありがたくいただくことにした。
「わあ、おいしそうなマリネですねえ」
「キッチンメイドが作ったマリネは絶品ですのよ」
瓶の中には美しい色合いのサーモンとカットしたタマネギ、ケイパーにディルが入っていた。
「あ、エリスさん、見てください。私が今採っているディルがマリネの中にも入っていますよ」
「あら、本当」
「雑草ではないと信じてくれますか?」
「まあ、信じるしかありませんよね」
キッチンメイドのおかげで汚名返上となった。
「こちらはエリスさんがいただく軽食ではなかったのですか?」
「別に構いませんわ。そこまでお腹も空いていないですし」
そう言ったあと、エリスさんのお腹がぐーっと鳴った。
「よかったら、クレープを一緒に食べません?」
「あなたの食べる分が減るのではなくって?」
「大丈夫です! その代わり、少しお手伝いしてくれますか?」
「わたくし、料理はできないですけれど」
「未経験者大歓迎です!」
そんなわけで、エリスさんと一緒にクレープ作りを行うこととなった。
離れに案内するとエリスさんの表情が曇る。
「あなたは本当に、ここで暮らしていますのね」
「ええ! 住めば都、開き直ったらあんがい快適なんですよ」
ギシギシ音が鳴る廊下も、突然ガラスが割れてしまった窓も、隙間風の大合唱も、今では慣れっこである。あともう少し暮らしたら愛着も湧くだろう。
台所に行き、エリスさんに私がシスター時代から使い込んでいるエプロンを渡した。
エプロンは一枚しかないが、彼女の高そうなドレスが汚れたら大変なので使っていただく。
「エリスさんは卵を割ってください。私は小麦粉の分量を量りますので」
「わたくし、卵を割ったことなんてありませんわ」
朝食で出る半熟ゆで卵は、毎朝メイドが割ってくれるという。
生粋のお嬢様というわけである。
「エリスさん、何事も挑戦です。卵はまず叩いて殻にヒビを入れてから、両手で離すように割るんです」
材料に使う卵は一個だけなので説明しかできない。けれどもエリスはやる気があるようで、凜々しい表情で卵を握っていた。
彼女が卵割りに挑んでいる間、私は小麦粉を量る。
エリスは卵に対する力加減がわからないようで、何度打ち付けても割れないと訴えてくる。
「もっと力いっぱい振りかぶっても大丈夫ですよ」
「わ、わかりました――えい!」
いい感じにヒビが入った卵を、慎重な様子で割っていた。
恐る恐るな手つきだったので黄身は崩壊していたものの、殻の欠片は入っていないので十分だ。
「黄色い部分が割れてしまいました」
「これから混ぜるので問題ないですよ。上出来です」
エリスは褒めて伸びるタイプらしく、他にも手伝いたいと言い出した。
「では、卵をかき混ぜていただけますか?」
「わかりました」
エリスがかき混ぜる卵に砂糖、溶かしたバター、牛乳を入れ、混ざったら小麦粉を加える。粉っぽさがなくなった生地をザルで濾した。
「これはどうして生地を分けますの?」
「舌触りをよくするんです。生地にダマが残ったままだと、なめらかとはほど遠いものになりますので」
「そんな工夫をしていたのですね」
「そうなんです」
生地を少し休ませている間、クリームチーズ作りを行う。
温めた牛乳にレモン汁を加えるとだんだんと分離してくる。そのまま放置したものを、布で濾したあと、しっかり絞った固形状の物に塩を混ぜる。
「クリームチーズの完成です!」
「牛乳とレモンでチーズが作れますのね」
「そうなんです!」
その後、休ませていた生地を薄く焼いて、粗熱を取る。
クレープ生地にクリームチーズ、サーモンのマリネを重ねて生地を被せ、ディルを飾ったら完成だ。
「いただきましょう!」
「ええ」
ケロ様は石版の欠片探しで疲れていたのか眠っているので、あとで持っていこう。
ひとまず今はエリスと二人でいただく。
ナイフとフォークはエリスに貸して、私はそのままかぶりつく。
クレープ生地の端はサクサク、中はもっちりで、レモンの風味が効いたクリームチーズの滑らかな味わいとサーモンのマリネの酸味がよく合う。魚の臭みはディルが消してくれるので、ぜんぜん気にならなかった。
エリスは一口頬張ると瞳をキラキラ輝かせていた。
「お、おいしいですわ!」
「よかったです」
エリスはすべて食べてくれたので、ホッと胸をなで下ろす。
「ありがとうございます。いい経験とおいしい食事がいただけました」
「屋敷での食事は大丈夫ですか?」
「ええ。お父様がいない日は、質素に済ませておりますので」
「そうだったのですね」
ジェイクからエリスの過去について話を聞いたばかりだったので、なんだか気の毒になってしまう。
ヴェルノワ公爵家のご当主様が目覚めたら、エリスの境遇についても相談したい。
「また明日も、何か持ってまいりますね」
「いえいえ、大丈夫です!」
「でも」
「ジェイクさんに食材を頼めるようになりましたので。あ! お布団ですが、今朝方いただきました。お代をお渡ししなければなりませんね」
「よろしくってよ。どうせ家のお金ですし」
「いいのですか?」
「ええ。あなたはヴェルノワ公爵夫人ですもの、問題ありませんわ」
「ありがとうございます」
その後、エリスを見送ったあと、ケロ様の分のクレープ作りを行う。
生地の焼ける匂いに誘われたのか、ケロ様がやってきた。
『オデットよ、何を作っているゲロか?』
「しょっぱい系のクレープです。クリームチーズとサーモンのマリネを巻きます」
『おお、おいしそうゲロ!』
魚は大好物だというので、サーモンのマリネをたっぷり入れてあげた。
夕食を終えたあと、私はケロ様と一緒に霊廟に向かう。
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