幸せになって
両親はずっと揃って天涯孤独の身だった、などと話していた。
それなのに、祖父母は生きていたらしい。
なんでも母方の祖父母だということが明らかとなった。
身なりがいい彼らは子爵家の人間で、なんと私には高貴な血が流れていたようだ。
思い返せば、母は他の家に比べて礼儀作法に厳しかった。
貴族だったので、その辺のマナーにうるさかったのだろう。
ただわからないのは、どうして両親は親兄弟、みんな死んだ、などと言っていたのか。
その事情は、祖父母によって語られる。
両親は結婚を大反対され、駆け落ちしていたらしい。
母は貴族、父は家庭教師だったようだ。
父は大学を出たあと薬学について研究を続ける学者だったが、それだけでは暮らしていけず、家庭教師をしていたという。
そこで母に出会い、愛を育んだようだ。
貴族ではない父と母の結婚は大反対された。それだけでなく、母は上位貴族との見合い話が浮上していたという。
相手は親子ほど年が離れていたらしい。
悲しみに明け暮れる母は、ついに父と駆け落ちすることを決意した。
父も学者であるという身分を捨てて、母と密かな暮らしをすることを選んだのだ。
それから二十年以上、祖父母は私の両親を探していたが、見つからなかったという。
どうして私を見つけることができたのかというと、ある新聞の記事を見つけたかららしい。
祖父母が持ってきていた新聞には、〝戦場に輝く太陽、兵士達の癒やしとして〟と書かれていた。
そこには私が死にゆく兵士達を健気に看取り続けた、という話が書かれていた。
いったいなぜ? と思ったが、そういえば戦場に記者がやってきたことが一度だけあった。私は取り合わなかったのだが、同僚シスターの誰かが私について語ったのかもしれない。
新聞には艶やかな赤髪に、緑色の瞳、それから私の全名である〝オデット・ポム〟という個人的な情報が書かれていたのだ。
母の持つ赤い髪に緑色の瞳、そして父の家名、それから母が「女の子ができたらオデットと名付けたい」と言っていた言葉から、孫娘ではないのか、と思ってやってきたという。
私を見て、すぐに孫娘だと確信したらしい。
なんでも私は、母の若い頃に驚くほどそっくりだったようだ。
お見合い用にと描いた肖像画を祖母が持ってきていたので見せてもらったところ、生き写しと言ってもいいくらい似ていた。
もともと小さな頃から母にそっくりだね、と言われながら育ったので、それに関してはなんら不思議ではない。
祖父母は涙を流し、再会を喜んでくれた。
天涯孤独の身であると思っていたのに、私には家族がいたのだ。
喜ばしいことであったが、想定外の提案を受ける。
それは、還俗し、貴族の一員として暮らさないか、というものだった。
なんでも祖父母は、私を孫娘として引き取りたいという。
結婚して、女としての幸せを知ってほしい、と言ってきたのだ。
シスターとして生きる決意を固めていたので、結婚願望などこれっぽっちもなかった。けれども両親みたいな仲のいい夫婦になれたら素敵なことだと思う。ただ、今回は恋愛を経ての結婚ではなく、貴族の結婚だ。愛のない、家と家の繋がりを強くすることが目的のすべてだと聞いたことがあった。その点に不安を感じる。
それにいきなり貴族として暮らせと言われても、村育ちの私は社交界で悪目立ちしてしまうだろう。
そう思って一度は断ったが、祖父母に泣かれてしまう。
祖父は母と同じ赤色の髪を持ち、祖母は母と同じ緑の瞳の持ち主だった。二人の面差しは、どこか母を思わせる。
そんな祖父母に泣かれてしまっては、強く断ることもできなくなった。
悩みに悩んだが、シスター達の後押しもあって、私は還俗し、お世話になった教会を離れることとなった。
シスターでなくなった私は、祖父母から一人部屋与えられ、ドレスや宝飾品も大量に購入してもらう。
礼儀作法の先生もやってきたが、基本的なマナーは身についている、と評価してもらった。
親族から温かく迎えられ、本当に家族はいたんだ、と実感する。
孤独な人生に光が差し込んだ、とこのときの私は思っていた。
そうこう過ごすうちに、結婚話が舞い込んでくる。
還俗してから半年も経っておらず、驚いたのを覚えている。
社交界において、女性の結婚適齢期は十六歳から十九歳まで。
その一方、私は二十二歳である。
結婚したいと望む人なんているのか、と思っていたが、あっさり見つかったようだ。
どこの誰かと疑問だったが、相手はなんと、国内で五指に入る名家、ヴェルノワ公爵家のご当主様だった。
ヴェルノワ公爵家といえば、金脈を持つ資産家で、有名な魔法使いの一族でもある。
ご当主様は社交界にあまり顔を出さないらしく、謎に包まれた人物と言われていた。
まさかそんなお方の結婚相手に選ばれるなんて……! と感極まっていたものの、話が進むにつれておかしな点に気づくこととなった。
まず、ご当主様本人どころか、ご家族と顔合わせを行う予定はないらしい。
結婚式の日に初めて会うようだ。
これが貴族の結婚なのか? と信じられない気持ちになる。
不審に思ったので、お茶会にきたご令嬢に聞いてみたが、結婚式まで会わないというのはごくごく普通らしい。
ただ、皆、ヴェルノワ公爵家のご当主様と結婚すると聞いて、引きつった笑みでお祝いの言葉を言ってくれた。
すぐに、ヴェルノワ公爵家のご当主が〝ワケアリ〟なのだと察する。
二十二歳、行き遅れとも言える娘との結婚を望むなんて、おかしいと思っていたのだ。
私を引き取ってくれた祖父母はたった二代しか歴史がない、新興貴族らしい。
歴史あるヴェルノワ公爵家と縁を繋ぎ、社交界で確固たる立場を欲しているのだろう。
誰が見てもわかりやすいくらいの、政略結婚だった。
ヴェルノワ公爵家のご当主が抱える事情とはなんなのか。
それは結婚式の当日に明らかになった。