待望の……
あの扉の叩き方はエリスではないだろう。いったい誰だろうか。
そんなことを考えつつ声をかける。
「どなたですか?」
「御者のジェイクです」
「ああ!」
扉を開くと大きな包みを持った御者、ジェイクの姿があった。
「昨日、エリスお嬢様から布団が必要だと聞いておりまして、買ってまいりました」
「わあ、ありがとうございます!」
どうやらエリスは迅速に、ジェイクへお買い物を頼んでくれたようだ。
ひとまず中へ入っていただかなくては。ここを義弟に見られたら大変だからだ。
「あの、中へどうぞ!」
「いえいえ、ここで大丈夫です。あ、布団を運んだほうがよいですか?」
「それは必要ないのですが、フレデ様に目撃されたら大変だと思いまして」
「大丈夫です。フレデ様は議会の話し合いがあるようで、すでにお出かけになっておりますので」
「そうだったのですね」
ジェイクは義弟付きではなく、使用人を運ぶ御者らしい。それを聞いてホッとした。
それにしても、義弟が議会にまで出ているなんて。そこまでする必要なんてあるのか、と疑問に思ってしまう。
義弟にヴェルノワ公爵家を乗っ取られる前に、呪いをなんとかするしかない。
何はともあれ、お布団を買ってきてくれた神みたいなジェイクに、お茶の一杯でも振る舞わないといけない。そう思って家の中へ招こうとしたら、丁重にお断りされてしまった。
「ヴェルノワ公爵家のご当主様が休まれているお宅に、私なんぞが入るわけにはいきませんので」
その言葉を義弟に百万回聞かせてあげたい。
ジェイクが義弟だったらどんなによかったか、と思ってしまった。
「あ、布団代を払わなければなりませんね。少し待っていてください」
「あ、いえ、お代はエリスお嬢様からいただいております」
「そうだったのですね」
あとで会ったときにエリスに支払わなければ。
「ありがとうございます。ここにやってきてからお布団がなくって、とっても助かりました」
「なっ――そうだったのですか?」
「ええ。ここ、何もないんです。ですので先日、王都に連れていってくれたときは、本当に助かりました」
話を聞いていたジェイクの表情は暗い。どうしたのかと問いかけると、思いがけない話を聞いてしまう。
「フレデ様は昔から、ご家族に辛く当たっていらして、またか、と思ったものですから」
その対象は幼いエリスも例外ではなかったらしい。
「エリスお嬢様は毎日厳しく躾られて、よく庭で泣いておられました」
発見してしまったジェイクは見なかった振りができずに、励ましの言葉をかけたという。
「私が飴を差し上げると、嬉しそうに受け取ってくださって……。エリスお嬢様は私共使用人にも優しく接してくださいました」
そんなエリスだったが、だんだんと義弟に叱られないような言動を取るようになったという。
「使用人相手にも悪辣に振る舞われることもあって、心が痛んでおりました」
ただそれも、義弟から酷い言葉をぶつけられたり、殴られたりすることを回避するための処世術だという。
「本来のエリスお嬢様はとても心優しいお方です。それを知っていただきたくって」
話を聞きながら、改めて義弟は酷い人だと思ってしまう。
エリスが可哀想だとも思った。
「ジェイクさんみたいな人が、エリスさんのお父さんだったらよかったですね」
「え!?」
ジェイクは目を極限まで見開き、父親だなんておこがましい、と首を激しく横に振っていた。
「私、エリスさんが実は優しい人だということを知っています。食べ物をこっそり分けてくれたんです」
「そうだったのですね」
義弟の目がないところでは、本音で接してくれるようになればいいな、と思う。
その後、ジェイクから何か必要な品がないかと聞かれたので、いくつかお願いしておいた。
買ってきた品は義弟に見つからないよう、物置のほうへ置いておくようにお願いした。
「どこにあの人の目があるかわからないので」
「そうですね」
お買い物リストとお金を託して、ジェイクと別れることとなった。
布団を寝室に運んでいると、ケロ様がやってくる。
『どうしたゲロか、その布団は?』
「なかったので、買ってきてもらったんです」
『布団がないゲロ!? どうやって寝ていたゲロか?』
「布団のない寝台に、直接寝転がっておりました」
『酷いゲロ!!』
ケロ様は義弟に対し『今度顔を合わせたら、ブレスを浴びせるゲロ!』と言ってくれたものの、今は完全体ではないため、会わせないほうがいいだろう。
「聞いた話なのですが私だけでなく、ご家族にも辛く当たっているようで」
『器の小さい男ゲロな!』
これ以上被害がでないよう、私も立ち回りを考えないといけない。
『もしや、あの男に呪いをかけたのも、フレデではないのか?』
「それは――」
なんとなくそうではないのか、と私も考えていたところである。
「ただ、証拠がないので、指摘しても意味がないでしょうね」
『我が完全体となれば、犯人もわかるだろう』
石版を完全にすることを第一に、頑張る必要がありそうだ。




