再会
『呪い、ゲロ?』
「はい。ご当主様は現在呪いを受け、意識もなく寝たきり状態となっております」
『なっ、いったい誰がそんなことをしたゲロか!?』
「フレデ様曰く、ご先祖様の呪いだと」
『は!? 我があの男を呪うものかゲロ!!』
やはり呪いをかけたのはケロ様ではないらしい。
ヴェルノワ公爵家のご当主様について語るとき、憎んでいる相手について話しているようには聞こえなかったから。
『なにゆえ、フレデは呪いだと決めつけたゲロか?』
「それが、歴代のご当主様はご先祖様の呪いを受けて亡くなった、とおっしゃっていました」
『そんなわけない――いいや、記憶がないから言い切れないゲロ』
たしかなのは、ケロ様はヴェルノワ公爵家のご当主様を呪っていないということだけだという。
『ひとまず、あの男の元へ行こう』
ケロ様はそう言って、私の手のひらから飛び降りる。そのさい、オタマジャクシの尻尾のようなものを発見した。
見た目はカエルではなくトカゲだったようだ。
ケロ様はぺったんぺったんと飛び跳ねていたが、私を振り返る。
『オデットよ、我を運んでくれゲロ』
「かしこまりました」
ケロ様を両手に乗せ、私は霊廟を出たのだった。
外に出ると、ケロ様の尻尾がピンと立つ。
「どうかなさいましたか?」
『石版の気配を感じたゲロ!』
「この近くにあるのですか?」
『ある――というか、残りの石版の欠片はこの敷地内に散らばっているようだ』
「そうだったのですね」
さまざまな国や地域に石版が散らばっていたらどうしようと思っていたのだが、すべてヴェルノワ公爵家の敷地内にあると聞いて安堵する。
ただ、それでも十分広範囲だろう。見つかるといいのだが。
『ここの近くにもあるゲロ!』
「探してみましょう」
石版の欠片がある方向にケロ様の尻尾が向いて誘導してくれる。
『右右! そこをまっすぐゲロ!』
言葉でも誘導してくれるのでありがたい。
行き着いた先は――離れだった。
「ここ、ですか?」
『そうゲロ!』
まさか私が取りこぼしていたとか? きちんと数を数えて運んでいたつもりだったが。
『オデットよ、このみすぼらしい小屋はなんの施設ゲロか? 使用人の宿舎だろうゲロが』
「いえ、その、ここは私とご当主様の愛の巣です」
『ゲロ!? 今、なんと言ったゲロか?』
「私とご当主様の住居です」
『なんだとゲロ!?』
ケロ様は信じがたい、という目で私を見つめている。
『あの男が望んでここで暮らしていたゲロか?』
「わかりません。私が嫁いできたときにはすでに意識がなかったものですから」
『フレデが邪魔なあの男をここへ押し込んだに違いないゲロ!! 正統なヴェルノワ公爵家の継承者をこのようなボロボロの家に押し込むなんて、許さないゲロ!!』
その辺の事情は義弟には聞いていない。ただ好き好んでここに住んでいるとは思えなかった。
「石版の欠片を探す前に、先にご当主様の元へご案内しますね。その、呪われていらっしゃるので、驚くかもしれませんが」
『ゲロ……』
ケロ様を寝室へ連れて行く。すると壁一面に描かれた仰々しい魔法陣を見てギョッとしていた。
『な、なんだ、この魔法陣はゲロ!?』
「ご当主様の呪いを押さえ込む魔法だそうです」
『そんなわけあるゲロか! これは――ううむ、はっきりはわからぬが、よくないものゲロ!』
おそらく記憶が完全でないので、魔法についても詳しく説明できないのだろう。
「私もこの魔法陣を見たとき、嫌な感じがしたんです」
『なんだ、こう、あれに違いないゲロ!』
ケロ様はもどかしそうな様子で言い切った。
「あちらにいらっしゃるのがご当主様です」
ケロ様をヴェルノワ公爵家のご当主様の枕元に下ろす。するとぴょこんと飛び跳ね、胸の上に乗って顔を覗き込んでいた。
『ゲロッ――!』
ヴェルノワ公爵家のご当主様の呪われた姿を見て、ケロ様はしばし絶句していた。
『本当にあの男ゲロか? いいや、間違いないゲロ』
ケロ様の瞳はうるうる潤み、大粒の涙を零す。
すると、ヴェルノワ公爵家のご当主様が唸り、身じろいだ。
「ご当主様が!」
『ゲロォ!?』
それだけでなく、拳を握ったままの手がヴェルノワ公爵家のご当主様のお腹の上に放りだされる。
拳は開かれ、石版の欠片が手のひらからころりと転がってきた。
「ケロ様、石版の欠片です!」
『むう、ここにあったゲロか』
まさかヴェルノワ公爵家のご当主様が握っている拳の中に、石版の欠片があったなんて。
「どうしてこれを握っていたのでしょう?」
『隠していたように見えるゲロな』
「たしかに」
もしかしたらさらなる反応を引き出せるかもしれない。
そう思ってケロ様がヴェルノワ公爵家のご当主様の上で飛び跳ねたが、びくともしなかった。
『我が完全体となれば、このような呪いなど吹き飛ばせるゲロ』
「でしたら、石版の欠片探しが先決ですね」
『そうゲロ――』
その言葉を最後に、ケロ様までも眠ってしまった。
実体化をしたばかりでいろいろ喋ったり動き回ったりしたので、疲れてしまったのかもしれない。
ヴェルノワ公爵家のご当主様の寝室に、新しい住人ができてしまった日の話である。




