修繕作業をせよ!
朝の霊廟付近は少し霧がかかっていて、悪霊の一体や二体いそうな雰囲気である。
地下に入ると朝でも暗いので、角灯を片手に入った。
背負っている石版がじわじわ温かいので、体感温度はほどよい。別れが惜しくなるような温もりだった。
石碑がある広間に到着すると、さっそく修繕作業に取りかかる。石版をどこに填めるのか、慎重に探る必要があるのだろう。
「ここかな? え、違う? うーーーん」
間違った場所に填め込もうとすると、石版が嫌だとばかりにガタガタと震えるのだ。
一時間ほど石版の位置を微調節していたら、ここだ!! とばかりに輝いた。
「うわ眩しっ……はい、ここですね」
正しい位置を確認できたので、石版の裏にモルタルを薄く塗って石碑に貼り付けた。
外れないよう、ぐっぐっと力を込めて押し込む。
すると石版がこれまでにない輝きを放ち、表面の文字が黄金色に光る。
「こ、これは――!?」
文字がすべて光るとパチン! と音が鳴り、大きな魔法陣が浮かび上がる。
目の前が真っ白になるくらいの光に包まれた。思わず瞼を閉じてしまう。
ぞく、と全身に鳥肌が立った。何が起きているのかまったくわからなかったものの、嫌な感じはまったくない。
それどころか早朝の礼拝堂にいるときのような、神聖な雰囲気に似ていて戸惑う。
呪いを押さえる魔法を目にしたときは、不気味で不吉な感じしかしなかったのに。
『――面をあげよ!!』
厳格な女性を思わせる凜々しい声がした。
瞼を開くと目の前に巨大な竜のシルエットがあった。
それは黄金色に輝き、あまりにも眩しいのでその姿を正しく捉えることはできない。
『お主は誰ぞ?』
「わ、わたくしめはオデット。オデット・ド・シャルトル――ヴェルノワ公爵家のご当主様の新しい花嫁でございます!」
『ふむ。あの男の妻だったか。他の親族はどうした?』
「いえ、その、ここの管理は私の仕事だ、とフレデ様に言われまして」
『なんだと!?』
叫んだだけで強い風が巻き上がったが、私を避けて通り過ぎていく。
あまりにも大きな力を前に呆然としてしまった。
『以前までもここの管理はあの男が一人でやっていた! フレデなんぞ、一度たりともやってこなかった! その状況を許していたのは、あの男が丁寧にこの我を祀っていたからだった!』
ここでこの結婚が成立した意味を正しく理解する。
義弟はこの霊廟の管理をしたくなかったし、家族にもさせたくなかったのだろう。
正直な話、ヴェルノワ公爵家とシャルトル子爵家の結婚はまったく釣り合っていなかった。お相手が八十歳であっても、普通であれば認められるわけがないご縁だったのだ。
ヴェルノワ公爵家側が貴賤結婚をしたと陰で囁かれても、言いなりになるような花嫁が必要だったのだろう。
食事を抜きにしたのも、支配下に置くための手段だったのだ。
姑息な手を使ってくれるものである。
『歴史あるこの霊廟の管理を花嫁だけに任せるなんぞ、絶対に許さん!!』
「は、はあ」
『ヴェルノワ公爵家の始祖たるこの我を祀るのが、一族の務めだというのに!!』
「え!?」
今、始祖と言った?
この黄金に輝く竜がヴェルノワ公爵家の先祖だと言うのか。
「あ、あの、あなた様はいったい?」
『我か? 我はこの世で唯一の黄金竜である!』
「黄金竜!?」
ヴェルノワ公爵家は金脈を持っていると聞いていた。
金脈というものは長年採り続けていたらいつかは尽きるものだ。けれどもヴェルノワ公爵家が所有する金脈は長い歴史の中で一度も尽きたことがないと言われている。
それは黄金竜を始祖とし、祝福を受けているからだったのだ。
「黄金竜が始祖ということは、ヴェルノワ公爵家の方々は竜の血が流れている、ということなのですか?」
『そうだ。皆、金色の美しい髪に青い瞳を持っているだろう? それが我が血族の証ぞ!』
御年八十歳、寝たきり状態のヴェルノワ公爵家のご当主様の髪は抜け落ちていた。義弟は白髪になって真っ白だったのでわからない。
『一年ほど誰も霊廟へやってこなかったが、ここ数日、そなたがやってきてくれたおかげで、我はとても機嫌がよい!』
「さ、さようでございましたか」
『どうせ、フレデは墓守を押しつける他にも、そなたを軽んじておるのだろう?』
「ええまあ、そう、ですね」
黄金竜はこくこくと頷き、わかった! と叫ぶ。
『酷い目に遭っているお主を助けてやる!』
黄金色のブレスで義弟を懲らしめてくれるのか。
『待っておれ。実体化してやるから』
そう言うやいなや、眩い光を放つ。
光が収まると、上から何かが降ってきた。
思わず両手を差し伸べると、ぼと、とじゅくじゅくに熟れている果実を受け取ったような重みを感じた。
「んん?」
『は?』
私の手のひらに収まっているのはスライムみたいに丸っこく、ぷにぷにした黄金色のカエルだった。




