追憶
私はアンネルという村で暮らす、ごくごく普通の少女だった。
母は礼儀作法に厳しいけれど優しく、父は物知りで穏やかな人、そんな両親は娘である私が見ても恥ずかしくなるくらい仲睦まじい夫婦だった。
食事は具が少ないスープに堅いパンという、裕福な家庭ではなかったが、幸せだった。
〝幸せだった〟。そう、十年前――私が十二歳の冬に、両親が亡くなるまでは。
その日、両親は少しおかしかった。
用事があるなどと言い慌てた様子で、乗り合いの馬車に乗って出かけてしまったのだ。
両親が揃って馬車で出かける日などなかったので不思議に思いつつも、私は二人の帰りを待っていた。
酷い雨と風が吹き付けるような日だった。
嫌な予感がするのは、きっとこの雨と風のせいだろう。そう、何度も自分自身に言い聞かせた。
けれども、私の予感は当たってしまった。
両親は帰りの馬車で事故に遭い、死んでしまったという。
爆薬を運んでいる馬車と衝突し、なんらかの原因で発火、馬と車両、乗客全員、跡形もなく散ってしまったようだ。
悲しむ間もなく、私の家に借金取りが現れる。なんでも両親は、金貨百枚の借金を抱えていたらしい。
あの真面目な両親が借金を抱えていたなんて信じられない。
しかも金貨百枚なんて、私に返済できるわけがない。
そう訴える私に、借金取りが答える。返す手段はいくらでもあると。
その手段とは、娼館で働くことだった。
体で返す――その意味を当時の私はあまりよくわかっていなかった。
けれども脳内で警鐘がカンカン鳴っているような気がしたのだ。
無理矢理馬車に乗せられ、どこかへ連れて行かれたが、運よく逃げることに成功した。
ここがどこかもわからない。無一文で、故郷に戻る手段もない。
そんな私が助けを求めた先は、修道院だった。
心優しいシスターが、私を迎え入れてくれたのだ。
これまであったことを告げると、今後は神にお仕えすればいい、と提案してくれた。
天涯孤独の身であった私は、迷いもせずに修道院に身を寄せることとなった。
こうして十二歳でシスターとなった私は、さまざまな経験をした。
シスターはのんびりお祈りをして、人々の悩みを聞いて、優しく微笑む。
そんなお仕事かと思っていたが、現実は違った。
毎日の清掃に、身寄りのない子どもの世話、農作業に、教会で販売する菓子作り、料理などなど、仕事は次から次へと尽きることはない。
疲れているところに祈りの時間が入る。居眠りすると、シスター長にこっぴどく叱られるのだ。
シスターの仕事は修道院での労働と祈りだけではなかった。
国の戦争が激しくなると、不足している看護師の補助役として戦場に送られるのだ。
薬草の知識はあれど、治せるのは擦り傷程度。
そんな状態なので、治療行為はできない。
シスターに命じられるのは、死にゆく兵士達のお世話のみ。
死の不安に直面する兵士の手を握り、心が穏やかになるよう励ますのだ。
皆、明日を生きたがっていた。けれどもそんな命の火は、あっさり消えてなくなるのだ。
他人であっても、看取るのは辛いことだ。
けれども死んでいく人はそれ以上に辛いだろう。
私ができることは、ただただ兵士達の手を握り、きっと明日は楽しい日になるだろう、と希望を口にし続けることだけ。
そんな日々を、終戦を迎えるまで五年間も続けていた。
ようやく戦争が終わり、私は修道院へ戻ることができた。
これからは亡くなった兵士達を偲びつつ、祈りを捧げながら静かに暮らそう。そう思っていたのに、思いがけない訪問者が現れる。
それは、私の祖父母、シャルトル子爵家を名乗るご夫婦だった。