お茶会を開こう!
風の噂によると、社交界に生きる淑女は〝アフタヌーンティー〟と呼ばれる、お茶とお菓子を楽しむ時間を設けているらしい。
なんでもコルセットを身につけている女性は満足に食事が喉を通らず、夕食の前に小腹が空くことが常だったらしい。晩餐会が始まる前にこっそりお菓子を摘まみ、紅茶を飲んでいたようだが、それが友人知人の間でも広がり、お茶会を開いてお喋りに興じながら楽しむようになったのがアフタヌーンティーの始まりなのだとか。
アフタヌーンティーを開く際のお決まりのアイテムが、〝ティースタンド〟や〝ケーキスタンド〟と呼ばれるお菓子を置く段になったお皿らしい。
アフタヌーンティーは小さな机にこっそり集まって楽しむものなので、お皿をたくさん並べるようなスペースがないため、必須アイテムのようになったのだとか。
私も昨日購入したお皿にカップを重ね、二段のティースタンドを作ってみた。
そこにエリスから貰ったお菓子を並べてみる。
クッキーを二枚、マフィンに銀紙に包まれたチョコレート、キャラメルタルト――食べきれないくらいのお菓子を盛り付けてみた。
これまでにない豪勢なお菓子に感激してしまう。
そんなお菓子に合わせるのは、摘んだばかりの新鮮な薬草茶だ。
ポットの中に薬草をぎゅうぎゅうに詰め、お湯を注ぐ。しばらく蒸らしたあと蜂蜜を一匙垂らしていただくのだ。
一人で楽しむのは申し訳ない気がしたので、ティースタンドとお茶一式をワゴンの上に置き、ヴェルノワ公爵家のご当主様の部屋へ運んだ。
意識はないものの、お菓子の甘い匂いや薬草の爽やかな香りをかいだら、呪いの効果も薄くなるかもしれない。そんな期待を抱きつつ運んだ。
ヴェルノワ公爵家のご当主様の分の薬草茶をカップに注ぐ。
「ご当主様、こちらはフェンネルとリンデン、カモミールの薬草茶なんですよ」
フェンネルは腸内環境を整え、リンデンやカモミールは気持ちを落ち着かせてくれるのだ。ふんわりと甘い香りが漂う。味わいはすっきり爽やか。お気に入りの薬草茶だ。
カップから湯気が漂う薬草茶を、ヴェルノワ公爵家のご当主様の近くへ運んだ。
すうすう、と寝息を立てているのは確認できるので、薬草茶の香りも堪能してくれるだろう。
「早く、一緒に飲めるようになればいいですね」
せっかく夫婦となったのだ。できるならば仲良く暮らしていきたい。
お菓子も一つ一つ、ヴェルノワ公爵家のご当主様に紹介していった。
「これ、全部エリスさんからいただいたんです。私がその辺の石ころを食べていると勘違いして、わざわざ持ってきてくれたそうですよ。優しいですよね」
私にお菓子をあげたことが家族にばれたら、エリスは叱られてしまうだろう。
今日のことは墓の中まで持っていこう、と心の中で誓った。
「ご当主様も黙っていてくださいね」
そんな話をしながら、クッキーを一つ頬張った。
サクサクしていてバターが香ばしく、とっても甘くておいしい。これが貴族のお菓子なのか、と感激してしまった。
祖父母の屋敷にいた若い娘達は減量が必要だと言って、お菓子をまったく食べなかったのだ。みんな細いのに痩せようとするなんて理解できなかったのだが。
こんなにおいしい物を我慢できる鋼の精神はすばらしいものだ、としみじみ思ってしまった。
「エリスさんとはもっと仲良くなれたらよいのですが」
決してお菓子目的ではなく、年が近い者同士として良好な関係を築きたいのだ。
義弟の睨みが利いている中では難しいような気もするが……。
「あ、そうそう! 今日、霊廟に散らばっていた石の欠片を修繕したんです。モルタルを塗って乾かしている途中で、明日、戻しておきますね!」
再度散らばらないように、石碑にもモルタルを塗って接着させたほうがよさそうだ。
「私、こう見えて村娘かつ元シスターでして、いろいろ知っているんですよ」
屋根の水漏れ修理に窓ガラスの張り替え、ペンキ塗りに薪割り――他にもたくさんの技術を伝授された。それらを習っていたおかげでここでの暮らしに適応しつつあるのだろう。
知識を授けてくれた先輩シスターには感謝しかない。
教会について思いを馳せていると、ある人物について思い出した。
「そうだ! 呪いについて、教会のアイデン神父ならば何かご存じかもしれません」
アイデン神父というのは元貴族で、魔法の心得があるお方だ。
御年五十二歳で、二十年ほど前にとある高貴な人妻に手を出して社交界から追放されてしまったらしい。
アイデン神父はいくつになっても女性に大人気で、信者が大勢押しかけていた。
そんなアイデン神父が得意とするのが悪魔祓いと呼ばれる、悪霊退治である。
以前、悪霊に取り憑かれた人のことを呪いにかかったようなものだ、とおっしゃっていたのだ。もしかしたらヴェルノワ公爵家のご当主様の呪いについて、何かわかるかもしれない。
私がかつて在籍していた教会は王都から馬車で三日走らせた先にある。
ここから会いに行くのは難しいかもしれないが、アイデン神父は毎年冬から春になると巡礼の旅と称して王都に足を運んでいた。
運がよければ会えるかもしれない。
「もしもお会いできたら、ご当主様のことについて相談してみますね」
お菓子とお茶を楽しんでいる間に、太陽が傾き始める。そろそろ霊廟に行って掃除をしなければならないだろう。
「ご当主様、また夜に」
はじめてのお茶会は一時間と経たずにお開きとなった。