ショックからの石集め
五時間の作業が無になった。私は思わず立ち上がり、叫びながら外へと飛び出す。
「わあああああああ!!!!!!」
勢いのまま、地面に転がっていた白い石を集める。
そこにエリスがやってきたようだ。
「あなた、何をしていますの?」
「うわあああああ!!!!」
思っていた反応ではなかったのかエリスは顔を引きつらせる。
「あ、あなた、石を集めて、何をするつもりですの? まさか、本邸に投げ込むつもりでは?」
そんなつもりはない、とばかりに首を横に振る。
「で、では、それで武器でも作るつもりですか?」
「チガウ……!」
地を這うような低い声が出てしまった。今、忙しいので話しかけないでほしい。
「だったら、それで何をしますの?」
「カエレ……屋敷ヘ、カエレ……!」
「ど、どうしてカタコト喋りですの!?」
「ソレハ――」
答える代わりに、お腹がぐーーーーっと鳴った。
そういえば、お昼を食べていなかった。
エリスと話す体力を節約するため、言葉が端的になっていたのだろう。
「まさか、その石を食べるおつもりで!?」
そんなわけない、と微笑んだつもりだったが、その笑みがエリスには不気味に見えたのか。「きゃあ!」と悲鳴をあげて走り去っていった。
追い払うまでもなく、帰ってくれたので心の中で感謝した。
作業を続けようと思ったが、その前に食事だ。
井戸の水で顔を洗って気分を入れ替える。
長時間煮込んだスープをパンとともにいただいた。
鶏の旨味が溶けこんだスープは極上の味わいで、皮がパリッと焼かれたパンは香ばしい。スープにパンだけというシンプルなメニューだったが、大満足で平らげた。
食後は庭を回って道具などを保管している物置小屋探しを行った。
一時間ほど歩き回り、ようやく見つけた。
欲しかった金槌や石臼、乳鉢、麻袋、鉄肥料などがあり、それらを小屋の脇にあった荷車に乗せて運んでいく。
先ほど集めた白い石を麻袋に入れ、金槌を使って細かく砕いていった。ある程度小粒になったら石臼で粉末状にしていくのだ。
さらに乳鉢を使ってさらさらと細かくなったものに泥、灰、鉄肥料を混ぜ、水で溶いていく。
天然の接着剤であるモルタルの完成だ。
モルタルはよく、教会の建物修繕のために作っていたのだ。
材料になる白い石こと石灰石が転がっていたのは朝に確認していたので、すぐに作ろうと判断したのだ。
このモルタルは石版の修繕に使う。
パズルのように組み立てただけだったので、先ほどのように崩壊してしまったのだ。
モルタルでしっかりくっつけていたら、バラバラにはならないだろう。
部屋に戻ったら、石の欠片達が反省したように一カ所に集まっていた。
私のご機嫌を伺うように、じわじわ接近してくる。
怒っていないとばかりに撫でてあげると、ホッとしたようにポカポカとした温かい熱を発してくれた。
「よし! 今度はモルタルを使ってくっつけますので、びっくりしないでくださいね」
わかったとばかりに石の欠片達は控えめに飛び跳ねていた。
今度は板の上で作業を行う。そうすれば霊廟にも運びやすいだろう。
だいたいの位置は記憶しているので、あとは再現すればいいだけなのだ。
石と石がぴったり合わされば、モルタルを塗ってしっかり固定させる。
その作業を繰り返し、二回目は二時間ほどで完成させることができた。
「で、できた~~~~~!!」
石版となった石の欠片達は安堵したように光る。
「あとはモルタルが乾くまで一晩ここでお休みしてもらいます。絶対に、動かないでくださいね」
わかったとばかりに石版は淡く光った。
無事、修繕できたのでホッと胸をなで下ろす。
先ほどとは違って集中力が続いたので、効率的に作業が進められたように感じる。
やはり食事は大事なのだろう。
夕食は昼間の残りを食べて――などと考えていたら、どんどんと扉が叩かれた。
「誰でしょう?」
義弟であれば勝手に入っているはずだ。不思議に思いつつ玄関へ向かう。
早く出ろとばかりにどんどんどん! と激しく叩き始める。
「はいはい、入っていますよお」
「そ、それはご不浄に入っているときに言う言葉ですわ!!」
激しい指摘が入る。この声はエリスだ。
玄関扉を開くと、頭巾を深く被って挙動不審な様子を見せるエリスの姿があった。
「あら、どうかなさったのですか?」
「どうかしていたのはあなたですわ!!」
「私ですか?」
「そうですわ!! さっき使用人が言っていましたの! あなたが拾った石を細かく砕いて、乳鉢を使って粉末状にしていた姿を目撃したと」
「はあ」
モルタル作りを使用人に見られていたようだ。
義弟か誰かが私を監視するために使用人を寄越したのだろう。
「あなた、粉末にした石を使ってパンケーキか何か作って食べましたの!?」
「え?」
「食事がないから、石を食べていたのでしょう?」
いやいや誤解である。ただモルタルを作って石版を修繕していたとは言わないほうがいいのだろう。
どうせエリスは私にいじわるなことばかり言うのだ。
石を食べる危ない奴だと思わせておいても問題ない。
「どうしてあんなものを食べていましたの!? その辺の草を食べるほうが遙かにマシでしたのに!!」
「いや~~~、石はお腹いっぱいになりますからね」
「おやめなさい!! これをあげるから!!」
そう言って、エリスは手にしていたかごを私にぐいっと押しつけてきた。
中にはクッキーやマフィンなどの焼き菓子の他に、チョコレートやキャンディがこれでもかと詰まっていた。
「こ、これは?」
「わたくしのお菓子よ!!」
「もしかして、私に?」
「犬の餌とでも思ったの!?」
「いえいえ、まさか」
高価そうなお菓子ばかりだったので驚いてしまう。
「も、もしかして、パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない、ってやつですか!?」
「何を言っていますの!?」
異世界から伝わった処刑された王妃の物語をエリスは知らないらしい。
かなりヒットしたとは聞いていたが……。
「これをあげるから、石なんて食べないでくださいませ! 一族の恥ですから!」
「あ、ありがとうございます」
エリスは私に口止めをしたあと、八つ当たりをするように扉を強く閉めた。
バタバタと走り去っていく音も聞こえる。
こんなにたくさんお菓子をくれるなんて。性格が悪い子だなと思っていたが、誤解だったらしい。
お菓子なんて、修道院で調理係をしたときにケーキの端っこや売れ残りを数人で分けて食べるときにしか口にできなかった。
宝石やドレスを売ってお金を得ても、お菓子を買おうという思考にすら至らなかったのだ。
贅沢品ともいえるお菓子をありがたくいただくことにした。
エリスに心から感謝したのだった。