お買い物へ行こう!
ヴェルノワ公爵家のお屋敷は郊外にある。馬車でここまでやってきたときは、三十分くらいかかった。その距離を歩くとなると、往復でいったいどれくらい時間がかかるのだろうか。
まあいい。覚悟を決めて出発する。
正門のほうへ回ったが、鍵がしっかりかけられていた。
守衛の姿はどこにもない。
そういえば結婚式の日、御者が門を開いていた。経費削減のためか人を置いていないようだ。
ここで諦める私ではない。今度は裏門のほうへ向かう。
どうか内側から開くタイプの鍵でありますように。そう願っていたが、裏門も鍵を使って開け閉めするタイプの扉だった。
塀は高くそびえ立っているので、よじ登れるような高さではない。
外出について義弟が何も言わなかったのは、刑務所顔負けの脱出不可能な塀に囲まれているからだった。
仕方がない。そう思って私は塀よりも高い木を探す。
十五分ほど歩き回った結果、ちょうどいい感じの木を発見した。
枝を掴み、よじ登る。
村娘時代、枝払いをしていたので、木登りは得意なのだ。
塀の高さまで登ると、馬車が通りかかっているのを発見した。
使用人を連れてきた馬車だろうか?
結婚式のときにここまで連れてきてくれた、四十代半ばくらいの御者であるのを確認し、声をかける。
「すみませーーん!」
「うわ!!」
塀の上から声をかけたので、驚かせてしまったようだ。
「こ、公爵夫人、そのようなところで、何をなさっているのですか!?」
「王都に行きたいんです。乗せていってくれますか?」
「……」
塀の向こう側に降りて御者にお願いする。
「フレデ様の許可は取っているのでしょうか?」
「私は公爵夫人なのに、どうして義弟の許可を取らなければならないのですか?」
笑顔で押し切る。すると御者は渋々といった様子で馬車に乗せてくれた。
拒絶されたらどうしよう、と思ったものの、彼はお人好しなのだろう。心の中で感謝した。
馬車で揺られること十五分。王都に到着した。
「あの、公爵夫人、帰りはどうなさるおつもりですか?」
「歩いて帰ろうかと思っております」
「ここからお屋敷まで、徒歩だと三時間はかかるかと」
「けっこうかかりますね」
帰りは荷物もあるので、三時間では帰れないかもしれない。
困っていたら、御者が耳よりな情報を教えてくれる。
「三時間後にまたお屋敷へ行くので、お連れしますよ」
「いいのですか!?」
「お安いご用です」
「ありがとうございます!」
昨日、義弟一家に酷いことばかりされたので、御者の優しさが身に染みる。
そうだ、と鞄に入れていた宝石を一粒、御者へと渡した。
「公爵夫人、こちらは?」
「口止め料です」
「いえ、受け取れません」
「そんなことを言わずに、受け取ってくださいな」
彼のポケットに宝石の粒を入れ、またあとでと言って別れる。背後で何か叫んでいたようだが、人混みに紛れて撒いた。これで彼も共犯者である。心置きなく買い物をしよう。
まず、宝石店に行き、鑑定してもらった。
祖父母は婚礼衣装にお金は惜しまなかったようで、金貨八枚ほどの価格がついた。
ドレスは古着店に持っていく。少し汚れが残っていたが、金貨二枚と銀貨三枚の値で買い取ってくれた。
これだけあれば半年は暮らせるだろう。
お金ができたので銀行商で金貨を細かく換金してもらい、すぐに市場を目指す。
もう限界だった。何か食べないと倒れてしまう。
途中で朝からやっている食堂を発見した。すぐさまそのお店に入店する。
お客さんは労働者階級の男性ばかりだったが、気にしていられない。
すぐに店員がやってきたので、スープ定食を注文した。
スープ定食は豆を中心にした野菜スープにパンがついてくる、一日絶食していた人に優しい料理だ。
運ばれてきたスープ定食をいただいた。
まずはスープのみ。野菜の優しい味わいが溶け込んでいて、とてもおいしい。
思わず涙を流してしまった。
泣きながら食べていたので、他のお客さんにギョッとされる。
「お嬢ちゃん、どうしたのかい?」
「昨日、食事をいただけなくって」
「おやおや可哀想に……」
隣の席にいたおじさんが茹で卵を譲ってくれた。ありがたくいただく。
食材と命に感謝しながら平らげたのだった。
お腹いっぱいになると、元気を取り戻したような気がした。やはり食事は大事なのだ。
まさか食事も抜かれるような酷い家に嫁ぐことになるなんて……。わかっていたら食材をいろいろ持参したのに。
まあいい。今日は生活に必要な品を購入して屋敷に戻ろう。
まず向かったのは雑貨を販売する商店である。そこで石けんや清潔な布、お皿やカトラリー類、鍋などを買った。
次は食材だ。真っ先に向かったのは乾物を売るお店だ。次、いつお買い物できるかわからないので、長期保存が利く食材を買っていこう。
乾燥麵に野菜、干し肉、魚などなど。おまけとして干した貝柱をいただいた。
続いて市場を目指し、食材を買って歩いた。
小麦粉に塩、コショウ、野菜に肉、魚、パン――だんだんと荷物が重たくなる。
あとはヴェルノワ公爵家のご当主様の寝間着とブランケットを、と思っていたが、野菜の苗と種を売る店を発見した。
離れの近くに畑を作って野菜を育てるのもいいかもしれない。鍬も売っていたので、野菜の種と一緒に購入した。
鍬は義弟一家に反抗する武器にもなるだろう。かなりいいお買い物をした。
無事、ブランケットも購入し、最後は寝間着である。
大荷物を抱えながらブティックにお邪魔したら、店員にギョッとされた。
「お、お客様、お荷物はどうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
男性用の寝間着が欲しいと言うと、すぐに売り場へ案内してくれた。
「どれくらいの寸法がよろしいでしょうか?」
「そうですねえ」
ヴェルノワ公爵家のご当主様はかなり背が高いほうだろう。ブランケットから足がはみ出ていたのだ。
「足は長くて、上半身はがしっとした感じです」
「でしたらこちらはいかがでしょうか?」
それは手触りがよさそうな、新緑色の寝間着だった。
「いいですね。このサイズのものを、三枚くらいいただけますか?」
「承知しました」
お値段は一着銀貨一枚ほどだったが、ヴェルノワ公爵家のご当主様が着る物なので安いほうだろう。
少々予算オーバーだが、呪われている御身で辛い思いをしているに違いない。少しでも快適に眠ってほしいので、ここはかなり奮発した。
「お揃いの一着はいかがですか?」
「いえ、私の分はいいです」
寝間着を買うくらいだったら、パンが欲しい。そう思ってしまう貧乏性であった。
ブティックの店員から寝間着を受け取ったあと、荷物を抱えて御者と約束していた場所を目指す。
無事合流し、私は屋敷へ戻ることができたのだった。