朝がきた、ついでに義弟もきた
その日、私は不思議な夢を〝みた〟。
黒い靄が沸き立つ中に、ぼんやりと人影のようなものが浮かんでいたのだ。
その姿ははっきり見えない。そんな人影は、一生懸命私に何か語りかけていたのだ。
ただ、その声はくぐもっていて、正しく聞き取ることはできない。
『○×△◇~~~!!!!』
「ええ? なんですかあ?」
『◇○△×!!』
「ごめんなさーい、何をおっしゃっているのか、まったくわかりません」
今日は忙しいので今度にしてほしい。そう訴えたら、怒りだしたかのようにジタバタと地団駄を踏んでいた。
『○□△□~~~~!!』
「だから、わからないですってば!!」
もっと姿を鮮明に、発音も明瞭にしてください、とお願いしたら、黒い靄ごと消えてなくなってしまった。
あれはなんだったのだろうか。
必死な様子で、私に何か伝えようとしていたのだが……。
怨霊のような見た目だったが、恐ろしい感じはしなかった。
戦場で看取った兵士の誰かが心配して駆けつけてくれたのだろうか。
なんてことを呟いたら、先ほどの人影の声だけ聞こえてきた。
『×○×!!!!』
違う、とでも言いたいのか。
せっかく出てきてくれたのに、わからなくてごめんなさい。
と、誠心誠意謝罪したところで目を覚ます。
窓からさんさんと太陽の光が差し込む朝だった。
「うう……」
あの夢はなんだったのか。誰かが夢枕に立って、何か訴えていたように思えてならなかったのだが。
両親のどちらかにはとても思えない。きっと私が知らない人なのだろう。
それにしても全身が痛い。けれども昨日、何も食べてないにしては目覚めはそこまで悪くなかった。
なんとか起き上がり、ブランケット代わりにしていたワンピースに着替えた。
お風呂も入っていないので、何か食べたら温かい湯にゆっくり浸かりたい。
出かける前に、薬湯で体を拭こう。
昨日沸かしたアニスヒソップが残っていたので、それで体を清めた。
歯ブラシや歯磨き粉なども当然ないので、ミントの葉を噛んで歯磨き代わりにしておいた。
「うーーーーーーん!!」
いい朝だ。小鳥が美しくさえずり、リスが元気に駆け回る。草木の木陰からひょっこり顔を覗かせているのはハリネズミだろう。なんというか、お庭なのに自然が豊かだ。
相変わらず、お腹は空腹だと訴えていた。早く何か食べないと倒れてしまうだろう。
この時間、市場ならば空いているはずだ。食べ物を売る露店もいくつかあるだろう。
昨日、井戸の水でせっせと洗った石の欠片は乾いているようだった。エプロンに包んで部屋に持ち帰る。あとで組み立ててみよう。
洗面所の鏡の前で髪を結い、身なりを整える。
出かける前にヴェルノワ公爵家のご当主様に一言声をかけようか。
そう思って寝室に向かっていたところ、玄関扉が勢いよく開いた。
強盗のように乱暴な様子で押しかけたのは義弟だった。義妹やエリスはいないもよう。
「お、おはようございます?」
「いたか」
「ええ、おりましたとも」
義弟はこちらの状況を探るように、キョロキョロと辺りを見回していた。
「昨日、霊廟にいったのか?」
「ええ、行きました。ご先祖様にご挨拶して、掃除をしてまいりました」
「変わったことは?」
散らばっていた石の欠片について報告しようか迷う。
けれども余計なことをするな、と怒られそうだったので黙っておくことにした。
「何かあったのか?」
「いえいえ、異変は何もございませんでした」
「本当か?」
「気になるのであれば、どうぞ霊廟へ確認にいかれてください」
そう返すと、義弟は私をじろりと一睨みしたあと踵を返す。そのまま去ってしまった。
今日はお小言など何もなかったようで、ホッと胸をなで下ろした。
まさか義弟がやってくるなんて。外出中ではなくってよかったと思う。言われていないけれど、きっと屋敷の外に出るのも禁止だろうから。
玄関で乾かしていた石の欠片も、早々に回収していて正解だった。
早く市場に行こうよ、と急かすようにお腹がぐーっと鳴った。
こうしていられない。早く出かけよう。
ヴェルノワ公爵家のご当主様の様子を見に行く。
「ご当主様、おはようございます! 今日はいい天気ですよ」
カーテンを開いて太陽光を部屋に入れる。
不気味な部屋だが、少しはマシになったように思えた。
相変わらず左手は拳を強く握っている。謎が深まった。
そんなことはさておいて、ヴェルノワ公爵家のご当主様に声をかける。
「これから少し出かけてきますね。ご当主様の新しいブランケットや寝間着を買ってまいりますので!」
返答がないことはわかっていたが、何か必要な品はないか、と問いかけてみた。
「……ジッ……ゲドッ」
「え?」
隙間風の音だろうか? ヴェルノワ公爵家のご当主様が何か唸ったようにも聞こえたが。
いやいや、そんなわけないと首を横に振る。
「すぐに戻ってきますので」
そう言って、出かけることにした。
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