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襲いくる飢え

 ふらふらになりながら部屋に戻ってきたのはよかったが、あることに気づく。


「布団がない!!!!!!!」


 どこを探しても私の布団が見つからなかった。

 あるのは寝台のフレームのみである。


「おのれ……義弟め、絶対に許さん……!!」


 思わず窓際に置いてあった、ずっしりと重たい鋳鉄製の燭台を手に取る。

 鋳鉄製の燭台はいい。叩いても突いても、人間相手に致命傷を与えうる武器になるから。

 なんて考えたあと、私ったらなんて凶暴なことを考えてしまったのか、と深く反省した。

 たかが布団がないくらいで、義弟一家に殺意を抱くなんて……。

 まだ寝台のフレームがあるだけいいのだろう。戦場では床で眠ったこともあるし大丈夫! きっと!


 ひとまず横になろう。眠ってしまったら、この荒ぶった感情も空腹も気にならなくなるはずだから。


「神よ!!」


 ご加護がありますように、と祈りながら堅い寝台の上に横たわる。

 昨日まで、シャルトル子爵家のふかふかな布団で眠っていたのに、今日は木のお布団だなんて。

 ぶるり、と震えたあと、くしゅん! とくしゃみをしてしまった。

 地味に寒い。

 このままでは眠れそうにないので、持ってきていたワンピースをブランケット代わりに被って横になる。


「うう……うううう……!」


 疲れているので瞼を閉じたら眠れるものだと思っていた。

 けれども空腹が、堅い木のベッドフレームが、私をぐっすり眠らせてくれない。


「リス……リス……!」


 うわごとのように呟く。

 離れの外で出会ったリスを、捕まえておけばよかった。

 もしも捕獲できていたら、リスの丸焼きを食べることができたのに。

 これからリスを探しにいこうか。ちょうど、燭台という武器もある。

 リス一匹でお腹いっぱいになれるわけがなかったが、何も食べないよりは遙かにマシだろう。

 目を閉じているとリスへの思いが募っていく。

 まるまると太ったリス……。

 これから冬眠をするので脂肪をたっぷり蓄えているのだ。

 リス、リス……おいしいリス。

 ぐううううううううう!! という抗議するようなお腹の音でハッと我に返った。

 リスは森のお友達だ。修道院にいた時代、パンを分け合い、ふれあい、たまに拾った木の実をあげたりして、友情を築いてきたのだ。

 そんな心の友を捕まえて食べようだなんて、どうかしていた。

 リスは食材ではない、友達だ。そう言い聞かせ、心を落ち着かせる。


「……」


 リスと共に修道院を駆け回った記憶を思い出しつつ、眠ろうと努めたものの無理だった。


「うう、リスは友達! リスは友達……友達……友達は、おいしい――はっ!?」


 このままではいけない。

 何か心を落ち着かせることをしないと。そう思って起き上がる。

 聖書でも持ってきていたらよかったのだが、重くなるからとシャルトル子爵家に置いてきてしまった。今になって後悔する。

 鞄を探っていたらレターセットを発見した。落ち着いたら修道院にいるシスターに手紙を送ろうと思って持ってきていたのだ。

 まだシスターに報告できることなんてない。

 義弟一家に殺意を抱いたり、リスを食べようとしたりなど、懺悔することしかなかった。

 シスター以外であれば手紙を書く相手なんていないので、亡くなった両親に宛てて何か報告してみようと思った。

 角灯に灯りを点け、羽ペンにインクを浸して書き綴る。

 両親に向けて、結婚相手が八十歳の寝たきりのお方だったことと、使用人がするような仕事を押しつけられたことと、義弟一家がいじわるなことを記録するように書いた。

 便せんの行はあっという間に埋まり、敬具と書いてから折りたたむ。


「はーーーーー」


 心はいくぶんか落ち着いたような気がする。あとは眠れるかどうかだ。

 明日からの生活が不安でしかない。疲れて眠りたいのに、目はギンギンに冴えているような気がした。とても眠れそうにない。

 とにかく明日は何か食べないと、私もヴェルノワ公爵家のご当主様のように寝たきりになってしまうだろう。

 いっそのこと、午前中は屋敷を抜け出して食堂で働こうか。

 ただ見つかったら義弟一家は絶対に文句を言ってくるだろう。

 せめて生活費だけでもほしい。

 ヴェルノワ公爵家のご当主様の寝間着や新しいブランケットだって買ってあげたい。

 お金……お金がないと、人は生きていけないのに。

 義弟一家は悪魔のようだと改めて思った。

 消えそうになっていた殺意が、再度じわじわ沸いてくる。

 いけない! 首をぶんぶん横に振り、邪悪な感情を追いだした。


「神よ……!」


 祈りを捧げたあと夜空を見上げた。星がキラキラと輝いている。

 あの星粒を回収して売ったら、いったいいくらになるのか――。

 なんて現実逃避的な考えをした瞬間、私はハッとなる。

 星粒は無理でも、星粒のように輝くドレスならばあるだろう。

 壁際にかけてあった婚礼衣装を盗賊のように奪い取る。


「これだああああああああああ!!!!!」


 勝利の雄叫びのような声をあげつつ、私は婚礼衣装を高々と掲げた。 


「これを売ったらお金になる!!!!」


 にやり、と笑っている自分自身に気づいた。

 年若い娘を捕まえ、下卑た笑みを浮かべる盗賊のような顔をしているだろう。

 祖父母が見栄を張って高価な婚礼衣装を作ってくれたのだ。心の奥底から感謝する。

 ドレスと宝石は別々に売ったほうがいいだろう。

 すぐさま私はナイフで宝石を撤去し、汚れていたドレスの裾や袖などはお湯できれいに洗った。


「これで……これで……パンが買える!!!!」


 ヴェルノワ公爵家のご当主様の意識がないことをいいことに、私は叫びまくっていた。

 その後、明日への希望ができたからか、私は横になった瞬間、眠ることができた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しく読まさせて頂いています 「リス……リス……!」 から 一気に悶えながら読みました もう~!大好き この娘! いいわ~ 今回も面白いです
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