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第七編「夢のように」
寄せては返す、さざ波。
波が押し寄せるたび、波打ち際を裸足で歩く、私の足裏をくすぐってゆく。
……ああ。こんな感触、忘れていた。
砂を足で蹴り、遊びながら思い返す。
海なんて子どものころ以来だから、十数年振りだろうか。
彼と二人で来たのだけど、近くに止めた車で待っていてもらってる。
この感触も、この光景も、ひとりだけで味わいたかったから。
けれど、そろそろ時間だ。
今まさに、水平線の彼方に、太陽が消えてゆこうとしている。
遠くから、私を呼ぶ声がした。彼が迎えに来たんだ。
──ばいばい。
最後に砂を蹴って、海にあいさつした。
この感触も感覚も、味わうのは、これが最後。
私の両脚は、明日の手術でなくなってしまうから。
その足の裏を、砂と波が通り過ぎてゆく。
足をなくし、いつか、このときのことを忘れてしまっても、心はきっと覚えてる。
夢のように美しい、黄昏どきの、この砂浜を。