第五編「初恋の味」
どきどき、どきどき。
もうすぐ、彼がここを通る。
まだかな、と思い、電信柱の陰から顔を覗かせて辺りを見るが、人っ子ひとり通ってない。
私は大きくため息をつきながら、今日の出来事を思い返していた。
「あんたの好きな彼さ。付き合ってる子いるらしいよ」
昼休み、友だちとご飯を食べていたら、突然そんなことを告げられた。
思わず、食べていた焼きそばパンを落としそうになった私に、友だちが言う。
「ま、初恋は実らないっていうし。そんな、甘くないんだって」
よしよし、と頭を撫でてくれるが、それどころじゃない。
急いでパンを飲みこみ、彼のクラスへ向かった。
彼は、と様子を窺うと、他の女の子と食事中だった。
……とても仲良さそうに。
それは見て私は、友だちが言ってたことは本当なのだと確信してしまった。
授業が始まっても、内容が入ってこない。
さっき言われた、初恋は実らないとか、甘くないとかいう言葉が頭の中をぐるぐる回る。
……そんなのイヤ。
どうすればいいんだろう。彼と結ばれるためには。
一時間考え続け、授業が終わるころ、そうだ! といい考えが浮かんだ。
これしかない。この手でいこう。
私は授業が終わると、部活をサボり、その足で買い物に行った。
そして今、こうして彼を待っている。
そろそろ彼も部活を終え、ここを通るはず。
ここは元々人通りの少ない路地で、日が落ちた今は、近所に住む人間くらいしか通らない。
彼の家もこの近所だから、毎日通学に使ってるってことは、既に調査済みだった。
──来た! 彼だ!!
辺りを窺って何度目に、やっと彼がやって来た。
私は電信柱の陰から飛び出すと、彼の前に飛び出し、そして──。
「う、うわああぁっ!!」
彼は腕を押さえ、逃げて行った。
……失敗した。彼を殺せば、私だけのものにできると思ったのに。
私の手には、さっき買ったナイフ。
そこから滴り落ちる血を指で取り、口に含んでみる。
それはただ、生臭いだけだった。
私はナイフを放り投げ、小さく呟く。
「あーあ。やっぱり、初恋って甘くないんだなあ」