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03 体育館の怪②

 一階、運動部部室棟。

 二階の足音や声が響いてくる以外は静かで、誰かがいるような気配はない。


「そういえば、部室って鍵掛かってるかな」


「しっかり掛けている所とそうでない所があるそうですよ。まあ、試してみましょう」


 千鶴は階段から一番近い、男子バスケ部の部室のドアノブを回した。


「あ、開いてます。ほら」


 最初に二人の目に入ったのは、漫画雑誌数冊に空の五〇〇ミリペットボトル、その他小さなゴミで溢れ返っているデスクと、その周囲に置かれた五脚のパイプ椅子。その一部には、ジャージやシャツが雑に掛けられている。


「汚いね……」


「これでもマシな方なのかもしれませんよ。もっと酷い部室もあるかも」


 麗美は壁際に目をやった。横長の木製のロッカーには、スニーカーや空気の抜けたボール、菓子の袋などが、統一感なく、やはり雑に入っている。


「ていうか、何か臭い?」


「運動部は仕方ないですよ。……ここは問題なさそうですね」


 麗美はさっさとドアを閉めた。


「どうします? 一つ一つを見て回るのは流石に──」


 ドンッッ。


 足元を突き上げられるような感覚に、麗美は思わず小さな悲鳴を上げた。


「さっきよりも強い……」


「どうもこの階ではなさそうですね」


「て事は……地下?」


 ドンッッ。


「……どうします? 行きますか?」


「……うん。行こうよ」麗美は自分に言い聞かせるかのように答えた。



 試合を全て終えた亜衣は、三人の友人たちを目で探した。


 ──麗美ちゃんと千鶴ちゃんがいない。


 二人のペアだった男子はそれぞれ違う場所に座っている。七海は健斗と共に、るりかと吉田のペアと対戦中だ。


 ──一緒にトイレにでも行ったんだろうな。


 麗美と千鶴以外にも誰かがいなくなっているような気もしたが、数人の生徒たちから歓声が上がると、そちらに気を取られてすぐに忘れてしまった。七海たちの試合が見やすい位置まで移動し、腰を下ろす。


 ──そういえば、麗美ちゃんに絵美子って子の事を聞くのを忘れてたな。


 るりかがワイパーショットを決め、拍手が上がった。


 ──別に、麗美ちゃんの交友関係にとやかく口を挟みたくはないけど、どうしても引っ掛かるんだよね……。


 そんな事を考えながらぼんやり試合を見ていた亜衣だったが、七海たちが繰り広げるシーソーゲームに次第に夢中になっていった。



 地下一階。

 壁を隔てて二部屋に分かれており、階段側から見て右が剣道場、左が柔道場だ。両開きの重い扉はどちらも閉ざされている。


「どっちかな……」


 麗美に耳元で尋ねられても千鶴は答えず、左右の部屋をゆっくり交互に見やった。


 ドンッッ。


 地響きと共に、壁や扉がビリビリと震えた。


「多分……あっちから響いてきているかと」千鶴は剣道場の方を顎で指した。「ほら、よく見ると微妙に開いてません?」


 千鶴の言う通り、扉の真ん中に僅かな隙間が出来ていた。中までは見えず、明かりが点いているのかどうかもはっきりとわからない。


 麗美はゴクリと唾を飲み込んだ。


 ──いつまでも、こうしているわけにはいかないよね。


「……よ、よしっ」


 意を決して一歩踏み出しかけた麗美だったが、突然千鶴に腕を掴まれ、驚いて振り向いた。


「麗美さん、やっぱりやめませんか。何か……凄く嫌な感じがしてきました」


「え……でも」麗美は剣道場をチラリと見やり、再び千鶴に向き直った。「放置するわけにもいかないんじゃない? 原因がわからなきゃ、ずっと続くかもしれないし」


「まあ、それはそうですが……」


「じゃあ、千鶴ちゃんはここで待ってて。わたしが見てくる」


「で、でも──」


「言い出しっぺはわたしだし」


 千鶴がゆっくり手を離すと、麗美は足音を立てないように剣道場の扉の前まで移動した。


「麗美さん気を付けて」


 麗美は頷くと扉にそっと両手を掛けると、思い切って一気に引いた。


 ──……え?


 そこに広がっていたのは、あり得ない光景だった。見渡す限り、濃い緑、緑、緑。あちこちに木々がそびえ立ち、生い茂る葉が天井までビッシリ覆い尽くしていた。足元はフローリングではなく乾いた土で、部屋の奥の、更にその先まで小径が続いているようだ。


「何これ……」


 右足で恐る恐る土を踏んでみた。幻覚でない事は、体育館履き越しの感触でわかった。


 ──ここは……森?


 小径の先は、墨を溢したような真っ暗闇で何も見えない。ずっと見ていると恐怖から叫び出したくなりそうだ。


 ──どうなってるの!?


「麗美」


 ふいに声を掛けられ、麗美はビクついた。


「麗美」


 声は暗闇の中から聞こえた。警戒しつつ目を凝らしてはみたものの、何となく気配を感じるだけで姿は見えない。


「なあ麗美、毎日楽しいか?」


 明るい口調だが、どこかからかうような、小馬鹿にしたような響きのあるその声は、麗美も知っている人物のものだった。


 ──何で()()()がここに……?


「丸崎は残念だったな、意外としぶとくて」


「……な……」


 何て事を言うの、という非難の言葉は、麗美の喉の途中で引っ掛かると、溶けるように消えていった。


「退屈な日常に、もっと刺激とスリルが欲しいんじゃないか?」


「え……?」


「やっとあの棺から出られたんだ……オレはもっと楽しむつもりだ」


「ひ、棺……?」


 ──何を言ってるの?


 麗美は無意識のうちに、声の主の方へ歩き出そうとした。


「麗美さんっ!!」


 右肩を強く揺さぶられ、麗美はゆっくりと横に振り向いた。


「麗美さんしっかり!」


 見た事もないような必死の形相の千鶴を目にした途端、麗美は我に返った。

 千鶴は麗美の腕を引っ張って剣道場の外へと出ると、勢い良く扉を閉めた。


「ち、千鶴ちゃん……今、わたし──」


 剣道場の中から、獣のような唸り声が、やけにはっきりと聞こえた。


「戻りましょう。早く!」


 階段を駆け上がって一気に二階まで戻ると、試合を全て終えた生徒たちが壁際に腰を下ろし、まだ試合を行っているチームを応援したり、好き勝手に雑談をしていた。甲斐を含めた数人が二人に気付いて振り向いたが、誰も特に気に留めた様子はなかった。

 千鶴はドアの階段を閉め、人気(ひとけ)の少ない所まで麗美を誘導すると、大きく息を吐き出しながらへたり込んだ。


「……千鶴ちゃん」麗美は立ち竦んだまま、疲れ切った様子の友人に恐る恐る声を掛けた。「えっと……今のって……何だったんだろ」


「私が聞きたいくらいです」千鶴はゆっくりと顔を上げた。その表情は強張っている。「麗美さん……さっき剣道場で、何が見えていたんですか?」


「何がって──」


 歓声が上がった。るりかと吉田のペアが、七海と健斗のペアとの接戦を制したようだった。


「森だよ」


「森?」


「うん、あれは森。木が沢山生えてて、天井が、というより空が見えないくらい、葉っぱがいっぱいで──」


「私には森は見えませんでした」


 麗美と千鶴は、互いに困惑した様子を見せた。


「それともう一つ」千鶴は小さく咳払いした。「麗美さんは……誰と喋っていたんですか?」


「……え、っと……」

 

〝なあ麗美、毎日楽しいか?〟


〝やっとあの棺から出られたんだ……オレはもっと楽しむつもりだ〟


 麗美には答えられなかった。

 会話内容──ほとんど相手が一方的に喋っていたが──は覚えている。

 しかしどういうわけか、肝心の相手が、相手の声が全く思い出せなかったのだ。

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