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空(から)の棺

「……ここは」


 女は、自分が人気(ひとけ)のない小径(こみち)に突っ立っている事に、たった今気付いた。

 直前まで何処で何をしていただろうか。自室でゴロゴロ? 違う。東京でウィンドウショッピング? いつにも行っていない。高校で授業? ああ、確かそうだった──……


 ──いやいや、違うでしょ。


 女は小さくかぶりを振った。


 ──とっくに卒業したでしょ、私。


 女は周囲をぐるりと見回した。名前もわからない木々の葉や雑草が鬱蒼と生い茂っている。どうやら森の中のようだが、とにかく暗過ぎて、じわじわと恐怖を掻き立てられる。

 女は助けを求めるように空を仰いだ。無数の葉が造り上げた分厚いカーテンが遮っているのか、はたまた今が日没後なのか、ほんの僅かな陽の光すら届かない。


「ああ……」


 そのうち少しずつ目が慣れてくると、女は思い出した──この森に来たのは初めてではないという事を。この森の最深部には、あの〝忌々しい魔物〟が封印されているという事を。そしてそいつを封印したのは、自分の親友だという事を。


「嫌だなあ、もう」女は深い溜め息を吐いた。「どっちが帰り道なのかはわかる。だからとっとと帰る、それがベスト。……うん」


 それでも女は、自分は最深部へと向かわなければならないのだと理解していた。

 女はもう一度深い溜め息を吐くと、意を決し、目的地へと足早に歩き出した。小径に落ちている枝葉を踏み付ける度に、木々に残り続けている枝葉が、お返しと言わんばかりに腕や脚をこすり、引っ掻き、切り付けてくる。不快だが、何でも飲み込んでしまいそうな闇の中にただ立ち続けるよりはマシだと思えた。


「こんな時、あの二人がいてくれたらな……」


 女は、高校時代の親友二人を思い浮かべた。一人はちょっと生意気で、時々口喧嘩にもなったが、何だかんだでいい奴だ。もういつにも会っておらず、連絡も取っていないが、元気にしているだろうか。

 そしてもう一人は、残念ながらもう二度と会えない。


 

 最深部へ到着するのに掛かった時間は、ほんの二、三分か、はたまた数時間か。感覚があやふやだったが、女にとってはどうでもいい事だった。

 人工的に作られたと思わしき小さな広場。その手前で女は、はたと足を止めた。

 広場の中央には、長さが二メートル近くある黒い箱が一つ、ポツンと鎮座している。両肩の部分が最も幅広く、足先に向かって細くなっているそれは、二〇年前、女の親友が〝忌々しい魔物〟を封印した西洋型の棺だ。


「……嘘でしょ」


 あの時、棺には間違いなくしっかり蓋がされた。三人で確認したのだから間違いない。

 しかし今、女の目に映っているのは──棺本体と、その隣に落ちている蓋だ。

 血の気が引いてゆくのを感じながらも、女は棺まで走り寄った。落ちている蓋を見やり、それから恐る恐る棺の方へと向く。

 棺は(から)だった。中で眠るはずの〝忌々しい魔物〟の姿はなかった。


「ああ、そんな……」女の声は震えていた。「復活したっていうの? 〝あいつ〟が……あの化け物が……」


 女の問いに答える者は、いない。

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