第9話 イレギュラー
「それじゃあ手順は分かっているな?」
「はい! 最初にカンネルさんのヘイト稼ぎのスキルで周りのゾンビを集めるんですよね?」
「あぁ、そうだ。俺のスキルの効果範囲内のモンスターは一斉に俺に向かってくるだろう。幸い俺らの敵は基本ゾンビだ。動きは遅い。準備の時間は充分ある」
「はい、あとは私の神ノ贈物でカンネルさんにバフをかければいいんですよね?」
「あぁ、理由はわからんがバフさえ入れば俺の攻撃が届くようになる。最終目標のワイズレイスもアンデッド族だ。多少不安は残るが……」
「大丈夫ですよ! あのステータスならきっと大丈夫です!」
俺達はワイズレイスの目撃地点に向かっていた。地図上ではまだ少し距離があるものの、ゾンビの数が増えてきて、これ以上の隠密は不可能だと判断した。
そこでアリシアのスキルで俺にバフをかけた後、周囲のゾンビを一掃してからワイズレイスを探すこととした。
周囲のゾンビの量からワイズレイスも近いと予想もできている。
「行くぞ! ヘイトブースト!」
「はい! 神ノ贈物!」
周りのゾンビが一斉に俺の方を向く。超コワイ。だが
「今の俺は今までの俺じゃあ無いんだぜ!」
俺の剣はゾンビの体を真っ二つに切り裂く。そのままの勢いで三体は持って行った。
余裕だった。ほとんど剣を握ったことの無い俺でも勝てるのだ。ゾンビは確かに通常の攻撃に対しては異常なしぶとさを見せる。さらに再生能力もある上、人間のリミッターが外れた怪力を持っている。だが、今の俺にはそんなゾンビも雑魚に見えていた。
剣を振るえば敵が死ぬ。単純だった。アリシアも俺の死角を補うように立ち回ってくれるおかげで俺は今までになかった所謂、無双、という状況に近かったんだと思う。
俺は楽しくて仕方がなかった。今まで出来なかった、モンスター討伐が出来る。しかも無双状態で。
だからだろう、今までやらなかったことに夢中になっていた俺は気が付かなかった。俺の剣が限界を迎えているということに。そして
パキンッ
やけに大きく響く音。もっと早く気がつけたであろう事態。冒険者という職業で己の武器の手入れを怠った者に訪れる不運。
「折れた!?」
そう、俺の剣は根元から折れていた。目の前にはまだ数体のゾンビが居る。終わった。本気でそう思った。
「カンネルさん!」
走ってこっちに向かってくるアリシア。でも彼女が来たところで状況は変わらない。だったら逃げてくれた方が良かった。巻き込まれるようなことはしなくていいのに……
「お前ら! 避けろよぉ!」
そんな声が聞こえる。ただ、俺の目の前には口から涎を垂らした腐乱死体が迫っている。到底間に合わない。
そう思っていた。
「避けろって言ったよなぁ!? まぁいい! 騎士ノ意地!」
急に現れた大柄な男、俺の盾ノ意地の上位互換とも言えるスキルを発動しながら俺とゾンビの間に割り込んできた。大柄な体格に見合った大きなタワーシールドが、ゾンビの攻撃を防ぐ。
「あんたら何しにここに来たんだ!? ここはワイズレイスの目撃情報が出ているんだ! 駆け出しみたいな冒険者は立ち寄るべきじゃない!」
後ろからやってきたパーティーリーダーらしき男が怒鳴る。
その間にもゾンビを倒していくアタッカー。既に周りのゾンビの数は大幅に減っていた。
「カンネルさん! 大丈夫ですか!?」
アリシアも無事だったみたいだ。良かった。
「おい! あんたら早く下がってくれ! 人を守りながら戦うのはリスクがデカすぎる!」
「剣を持ってないか! 俺の剣が折れちまったんだ! 剣さえあれば戦える!」
「いいから黙って下がってくれ! ここは俺達に任せろ! 剣を折るようなやつに渡す物はねぇ!」
クソッ! 言い返せない……そうだ。俺は自分の装備の点検を怠ったんだ。
その時森の奥から黒いモヤのようなものが広がってくるのが目に入る。少しづつ、しかし確実に近付いてくるそのモヤに気が付いたのは俺だけでは無い
「カンネルさん、アレ……なんですか?」
「おいおい……マジかよ……そこの駆け出し共、とっとと逃げた方がいいぜ」
形のハッキリとしないモヤ。しかし、ソレ、は生命の危機を感じさせるのに十分すぎる存在感だった。
「こいつァ……ワイズなんかじゃねぇ。1段、いや2段は脅威度が上がるぞ」
そのモヤが通ったあとはヘドロのようになった地面が顔を出す。まるで生命力だけを吸い取られたかのように、地面が死ぬ。そう表現するしかない現状が拡がっていた。
「お前ら! 撤退だ! ギルドに知らせるぞ! 恐らく環境適応個体だ! 昼間でも活動が可能な様子! 走れ!」
そして死んだ地面に寝転がっていたゾンビ達が再び動き出す。しかしその姿は先程よりもより、おぞましい姿へと変貌していた。俺達はそれを見た瞬間思いっきり走り出した。
その瞬間
「ゾォォォォォガガガァァァァァァ!!!」
レイスが吠えた。地の底に響くような、人の本能に訴えかけてくる、ソレは恐怖そのものだった。
後ろから迫ってくるゾンビ達の足元からドス黒い瘴気のようなものが沸きあがる。ソレはゾンビに纏わり付き、飲み込んだ。
「なんだ!? 何が起きた!」
「影が! 影がゾンビ共を飲み込みました!」
「はぁ!? 何言ってんだお前……」
そこに居たのは影。口元がパックリと裂けた影だった。
そしてその影が1歩前に進むとその周辺の生物が死ぬ。
このままでは全滅する。
全滅する。何も出来ずに。
影から地面を伝って影が伸びる。影から切り離された影は人型となり、地面を進んでくる。
「もう、おしまいだ」
「クソッ! お前ら! ここは俺が守る! いいか!? 一刻も早くギルドに伝えてこい!」
「リーダー!? それだったら私が足止めを」
「お前に何が出来るッ! 俺は装備の都合で脚が遅ぇ! だがなぁ! 防御にだけは自信があんだよ! 行け! 早く助けを呼んでこい!」
そう言われてパーティーは走っていった。しかし俺と、アリシアはその場から動かなかった。
「……俺も残ります。俺だって騎士だ! 2人いれば更に時間が稼げます!」
「お前……いや、今は助かるか。そっちの嬢ちゃんは俺のパーティーに」
「いえ、私も残ります。回復魔法なら多少扱えますので!」
「……お前らは大馬鹿者だな。ただまぁ、ひとりじゃちょっと心細かったんだ。後ろは頼んだぞ!? こいつを使え!」
そう言われて渡された長剣。俺はそれを握りしめリーダーの後ろに立つ。
「俺はパイル。背中を任せる相手の名前は知っておきたいだろ?」
「あぁ、俺はカンネルだ」
「私はアリシアです!」
「よぉし! カンネル! アリシア! 任せたぞ!」
即席パーティーの完成だ