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陳腐

作者: 蝸牛

 空気を真っ黒の夜が覆う時間が来た。この時間になると息がつっかえた様に出来なくなる。夜の粒子が空気に充満して、自分の呼吸を邪魔しているみたいだった。そんな風なのに胸の方は洞々と、ぼんやりと、トクトク単調に鼓動を鳴らす。その鼓動が何ともあからさまで、弱さをひけらかす様で、可愛げというものが感じられない様子であるものだから、白灰色のため息がいくつも漏れ出てしまうのだ。自分はこの時間に満足に息も吸えない。自分の命を可愛いとも思えず、ただ夜の粒子たちが朝日に照らされて、死にゆくのを心待ちに鼓動をトクトクと鳴らす何とも虚無的な夜を過ごすのだ。そうして待ち侘びた筈の朝日にさえ、煩わしさを感じながら、息をつく。この怠慢で、傲慢な命の溶かし方を、言い訳と嘘を心の中に塗り固めて、無理矢理に肯定する。そんな惰性の中に自分は暮らしている。命は溶かしているだろうが、生きているのと同義ではない。

 だから極端に言ってしまうと、私は今死んでしまっても何も思わない。少しばかりの恐怖は心臓の方で飼っているだろうが、結局その程度なのだ。稲妻なんかが落ちてきても面白いかも知れない。びかんと頭の方に雷雲の光が落ちてきたら、何と笑えるだろう。

 次に空気に異物が混じった頃、私は気がついた。外の方が何やら、照らされている様だと。それが何だというと、そこには夜が追いついていないように見えるのだ。今日の夜は表の方には追いつけなかったのだ。それを私は嘲る様にして、軒先の方向へ足を運んだ。その足は、夜が覆ったものにしては軽快で、愉快そうに動いている様に思えた。木造りの階段を、刻むように降りて、短い廊下を、沈ませながら進んで、少し古びた戸を、ぎぎと鳴らしながら開いた。その時に吸い込んだ夜はのっぺりと伸ばした絵の具の様に単調で、哀とも、悲ともつかない、空虚な感情を滲ませていた。いくら舌の上に乗せてみても、何も味をさせないで、じわっと溶けるのだ。先程までに感じていた、夜への興味も、愉悦もその時までには霞んで、自分のところに残ったのは、幾ばくかの眠気と、心の方に埋もれた夜の粒子だけだった。

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