この十字路の法則は、
※生き物の死の描写があります。
そこまで生々しい訳ではありませんが、苦手な方は無理しないで下さい。
中学一年生の頃の話だ。
その日は部活がない曜日だったのか、俺はまだ明るい時間帯に帰路についていた。
通学路は田畑ばかりが広がる何の面白味もない田舎道である。
七月上旬にも関わらず真夏のような暑さにうんざりしながら歩いていると、十字路の真ん中にキラリと光る小さな何かが落ちていた。
何だろうと歩みを進めれば、すぐに潰れたコガネムシだと分かる。
カメムシやカナブンよりは珍しいが、だからどうしたって程度のものだ。
せめて生きていれば「縁起がいいかも」と思えたかもしれないが。
俺は何の感情もなくコガネムシの死骸を横目に通り過ぎ、帰宅した。
その数日後。
やはり部活がない日の明るい時間帯での帰宅中の事だ。
俺はコガネムシを見つけた時と同じ十字路の中央に、見慣れない赤い何かが落ちている事に気が付いた。
(うわ、何で?)
それは死んだ金魚だった。
丸々と太った出目金がピクリとも動かず地面の上に横たわっている。
辺りには水場など無く、右手には畑、左手には山に続く林しかない。
(誰かが落としたのか? 気味悪ぃ)
可哀想とは思うが、たかが金魚である。
俺は心の中で黙祷を捧げながら金魚を通り過ぎた。
更に数日後。
これまた部活のない明るい時間帯に帰宅していた俺は、これまた同じ十字路で見慣れない何かを発見してしまう。
(うわ……)
それは羽の折れた雀であった。
猫か何かに襲われたのか、周りには羽が散らばっている。
可哀想だが変な菌が付いていたら困ると思い、俺は何も出来ずに雀を通り過ぎた。
更に別の日。
夕方というには明るすぎる時間帯に帰宅している時、俺はいつもの十字路でまたもや発見してしまったのだ。
(げっ)
体の一部が欠けたネズミである。
ネズミといえどもここは田舎。
結構大きい。
流石にこうも小動物の死骸が続くと気持ちが悪い。
不吉な何かの前触れかとソワソワしながら、俺はネズミから距離をとって通り過ぎた。
更にまた別の日。
俺は「そういえば部活の無い日に限って変なモンを見つけるんだよなー」などと考えながら、明るい時間帯に帰宅していた。
少し警戒しながら歩いていると、やはりと言うべきか──
十字路の真ん中に痩せた猫が横たわっていた。
「マジかよ!」
流石に放っておけない。
ギョッとして慌てて駆け寄るも、願い虚しく猫は既に息絶えていた。
少し悩んだ末、俺は一旦帰宅してから母親を連れて十字路に戻り、猫をすぐ横の林に埋葬したのだった。
更に別の下校時。
俺としては「いい加減次は無いだろう」と思っていたのだが、どうやらそうでは無かったらしい。
十字路の真ん中で横たわる血塗れの狸の亡骸──
それを目にした瞬間、俺の両腕と背中がゾワリと粟だった。
亡骸の状態が悪かったからというだけではない。
コガネムシ、金魚、雀、ネズミ、猫、狸。
自分が知るだけでもこれだけの数の生き物が短期間の間に死んでいるのだ。
それも小さい生き物から順に大きくなっていくように。
(だとすると、次は何だ?)
もうこの道を通りたくないが、ここを通らなければ帰れない。
鬱々とした思いを抱えながら、俺は偶然である事を祈りながら帰宅した。
その僅か数日後。
十字路の中央に横たわる大型犬の轢死体を目にした俺は、いよいよ偶然では無い事を確信した。
雑種とは思い難い犬種だ。
亡骸から目を逸らし、激しく鼓動する胸を無意識に抑える。
(大丈夫。もう次は無い。大型犬より大きい生き物なんて、この辺にはいない筈だし)
山や林が近い田舎とはいえ、この辺りに熊はいない。
もはや犬や飼い主を気遣う余裕など無く、俺は逃げるようにその場を離れた。
翌朝には犬の亡骸は消えていたので誰かがどうにかしたのだろうが、亡骸が消えたところで俺の気は晴れない。
流石に次は無いだろう。
──本当に?
犬より大きい動物なんて、
──いない、よな?
でも例えば──
人 間 と か ?
あの道をよく通る生き物が死ぬとしたら、もしかしたら次は……と考えた所で、俺は思考を放棄したのだった。
程なくして、一学期の終業式の日の事だ。
何やら道行く人達がざわついていたが、夏休みに浮かれていた俺は深く考えずに帰路についていた。
そして件の十字路に向かう途中で大勢の大人達に呼び止められる事となる。
「おい、猪が出たってよ。今駆除してるらしいから、この先は通行止めだよ」
「猪!? すっげぇ! デカいの?」
この辺りで猪が出るなんてかなり珍しい話である。
現に周りの大人達も「珍しい」だの「山から来たのだろう」だのと騒いでいる。
俺を引き留めたおっさんの一人が、神妙な顔で声を落とした。
「かなり大きいらしいよ。小学生が一人襲われたらしい。危ないから、暫くは近づいちゃ駄目だからね」
「え……」
この道を通る小学生はかなり限られている。
アイツか、それともアイツか、はたまたアイツか──
誰にしろ俺の知る近所の子供の可能性が高い。
結局、猪は三十分後に射たれたそうだ。
安全が確保されたのは良かったが、事の詳細を聞いた俺は戦慄した。
襲われた子供は俺のよく知る、近所の寺の息子だった。
十字路に差し掛かった時、林の方から猪が飛び出してきたらしい。
幸いにも体当たりが掠っただけで済んだらしく、上手く逃げおおせたという。
無事で何よりである。
猪は暫くの間あちこちを動き回っていたものの、仕留められたのは最初に現れた十字路だったそうだ。
(また十字路か……)
偶然とは思い難い。
とはいえ「猪は160センチもあった」と聞いた瞬間、俺は安直にもホッとしたのだった。
チビで良かった、と。
さて、夏休みは最高である。
部活に遊びにと毎日が忙しい。
すっかり気が緩んでいた俺の元に、ある急報が入った。
「お隣のお姉さん、事故で亡くなったんですって。すぐそこの十字路の所で……」
隣のお姉さんって、確か165センチ位だったような──
夏休みに入ってから成長期が来たのか、全身がバキバキに痛む俺は再び恐怖に慄いた。
以降、俺が知る限り二人亡くなっている。
最期に亡くなったのが190センチ前後の男性だったから、そろそろ打ち止めだと願いたい。
ちなみに俺の成長期は170センチに満たず打ち止めであった。
それにしてもあの十字路は何だったのだろうか。