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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生したら魔術師だった。ヤクザゲーの世界で。

作者: 七原七原

 死んだと思ったら生き返っていた。それも、見知らぬ子供の姿で。


 こうなると、生き返りと言うよりは転生と言った方が良いのだろうか。しかし何分、俺に生まれたときの記憶はない。気が付けば子供の姿で、異様な白装束を身に纏いながら、いかにも怪しげな部屋の中、いかにも怪しげな人々の中で座っていた。


「おお、神よ! 我らが神アウスハウネスよ! 新たな魔術の徒へと祝福を授けたまえ!」

「えっ、何これ。ここどこ。なにやってんのこれ」

「魔術の徒、神城遠矢! 神の御前へ進むのです!」

「進むと言われても……って無理矢理押してくるのかよ」


 殆ど無理矢理押さえ付けるような形で、俺は神とやらの像の前に頭を下げた。この時はまだ、自分が子供になったことに気が付いていなかったので、周囲の人々がとても大きく見えて怖かった。隣でぶつぶつと文句を唱える姿をびくびくとして見つめていた。


「祝福を! ……っ!?」


 唱え終わった瞬間、俺の身体が光り輝いた。えっ何、と思っていると光は止み、代わりに周囲の人々が俺に平伏し始めた。泣いている人さえいた。隣の人は感極まって叫んだ。


「ああ、遂に、遂に神の子が現れた! 我が子……いえ、遠矢様! 貴方こそ、この地上に蔓延る生命の一切を殺戮し、神の国を築く者! 我らの救世主よ!」

「ええ……」


 転生した先はカルト教団だった。殺戮とか、神の国とか、そんなことを真顔で語るこの人こそ、俺の母親だったのである。




 教団の名前はアウスハウネス神来教と言うらしい。この時点で、「何処かで聞いたことがある名前だなあ」と思っていた。しかし、詳しく調べる暇はなかった。教団の人々は、俺を神の子として敬い、四六時中離れることがなかったのだ。


「貴方には、我らの秘奥、魔術の真理を探究する義務があるのです!」


 俺の母親と名乗った人は、そう言って魔術の秘奥義書と呼ぶ本を読ませてきた。


 しかし奥義とは言うものの、それはどう見ても本屋で売られている単行本だった。ご丁寧に著者は「アウスハウネス神来教」と書かれている。中身もカルトか妄想か、訳の分からぬ魔術っぽい何かが書かれているだけで、具体的な手順は何も書かれていなかった。


 例えば、云々すれば恋人が出来る。云々すれば金が貯まるなど、現実的な現象を起こす者は何一つとしてない。典型的な詐欺商法か、と思っていたのだが、どうも教団の皆様方は本気で信じているらしい。日毎教団本部とは名ばかりの我が家に集まって、云々ぶつぶつ唱えている。


 おまけに神の子たる俺には、その魔術の実践を求めてくるのだから困る。放っておいたらビシバシ叩いて終いには電流を流してくるので、仕方なく真似で魔術を実践してみた。周りに友達を作るための魔術という、実に怪しげな魔術(笑)である。


 こんな事で上手く行く筈も無い。身体に電流を流されるのは嫌だなあと泣き泣き寝床に入って翌日、家に新しい信者が詰めかけた。


 俺の魔術が成功したらしかった。嘘でしょ?


 どうにも俺には才能があるらしかった。金運を呼び込む魔術を唱えれば庭先から埋蔵金が見つかり、未来を預言する魔術を唱えれば、警察のガサ入れも躱すことが出来た。所か、何となく出来そうと思って唱えたら、炎やら雷やらまで放つことが出来た。


 いつの間にかアウスハウネス神来教は、本物の神が存在する宗教として密かに有名になっていた。本来ならば、妄想と狂気だけで碌な事もなせないはずの教団は、俺の力によって本物の宗教結社になっていたのである。


 いや、困った。困った所の話ではなかった。最近では俺の母親は、流れ込んでくる人と金に目が眩み、金儲けの話ばかりしている。それでいて俺には更なる魔術を要求し、断れば電流を流してくるので救えない。幾ら魔術を使えるとは言え、大人の腕力には敵わないのである。


 食事には肉も魚も無く、野菜ばかり出されている。それもヴィーガン料理なんて気取った者では無く、生の野菜をそのまま切って炒めただけのものばかり。


「邪なものを遠ざけるためです!」なんて言ってやがるが、自分は酒肉甘味を貪って、ぶくぶく肥え太っている。少しは気にならないのだろうか? 早死にするぞ。


 来る日も来る日も魔術魔術魔術。学校なんて通ってない。もう中学生だってのに殆ど外にも出ていない。前世がある俺じゃなきゃ発狂してるか、言いなりのお人形さんまっしぐらだ。


 しかし生憎俺だったので、反抗として、小さな効果ばかりをもたらすようにしている。母親は不満げな顔をするが、一応は効果が出ているのだから納得してくれ。


 そんなある日、信者達の口から気になる話を聞いた。


「神薙会が内乱を起こして、きな臭いことになっているらしい」


 神薙会とは、ウチのカルト教団とも繋がりを持つ、本州最大級の暴力団である。正直そんな後ろ暗いどころか真っ暗も真っ暗の話など聞きたくなかったのだが、しかしその名前には興味を抱いた。「アウスハウネス神来教」と同じく、「神薙会」にも何だか聞き覚えがあったのだ。


 何だったかなあと頭を捻る。教団の名前に関係すると言うことは、前世の記憶に違いない。転生した矢先に聞いて「聞き覚えがある」と思ったのだ。もしかしたら、これはゲーム世界か何かへ転生したのかも知れないぞ。


 小説、アニメ、ゲーム……どんどん思い浮かべていくが、これといったものは見つからない。俺が魔術を使えている以上、現代ファンタジーものであるのは間違いないのだが、ヤクザが出てくるものなんてあったっけ。


 しかし、この世界がそういう世界なら話は違ってくる。俺もこのまま教祖として言いなりになっているままではいけないだろう。悪魔か神か、魔王か魔人か異星の侵略者か。いずれにせよ敵が来るというのなら、戦うだけの力を持たなければならない。


 俺はその日に決意した。修行をしよう。こんなクソッタレな教団から抜け出す良い機会でもある。乱痴気騒ぎを毎晩起こしている教団本部は地下室に赴き、俺は言ってやった。


「神の言葉だ! この教団は解散し、俺はここを出て行く! 去る者は去れ! と言うか皆去れ! これが神の託宣だぞ!」


 すぐに押さえ付けられて電流を流されちゃった。あーあ(笑)。これ、名ばかりの神の辛いところね。昔から電流流されているせいで、装置見せられると身体が言うこと聞かないんだわ(笑)。


 いや笑い事じゃねえんだよ。


 束縛の日々の中、少しでも俺は自分の力を高めようとした。それは実に子供らしい反抗だったことだろう。少なくとも母親にはそう見えていたはずだ。幼い頃からの肉体的な虐待には対抗できず、部屋に籠もってぶつぶつ何事かを唱えている。遂に狂ったかとほくそ笑み、金儲けの算段を更に良くする。


 嫌だった。俺の力が世に災いを振りまいている。誰よりも奴等が定義する神に近しいというのに、自分自身でさえ救えない。そんな奴が教祖として救済を求められても困るのだ。


 段々と、嫌になってきた。首を括ることを意識し始めた。前世の記憶があって転生によるチートがあっても、全く自由に生きられない。魔術の力は日々高まっているが、思考の奥底には恐怖があった。だから母親に対抗することが出来ないんだ。


 そんなある日、すっかり大きくなった教団本部にて、教祖自らによる神託というか講演を開いていたところ、どやどやと何か騒がしい音が聞こえた。


 広いホールはしいんと静まって、皆さん頭を下げて涙を流し、母親の言葉に聞き入っているというのに、扉の向こうばかりが騒がしい。何だ何だと気にしていると、突然、ばあん! と音を立てて扉が開け放たれた。


 ぞろぞろと、でもないが、入ってきたのは奇怪なスーツ姿の男二人と女一人。奇怪といったのは、どう見てもサラリーマンが着るような黒の落ち着いたものでは無かったからだ。一人は真っ赤、一人は真っ黄色、そしてもう一人は白いスーツにサングラスを掛けて、きっちりと固めたオールバックの髪型だ。どう見ても堅気の人間ではない。


 赤スーツの男は慌てふためく人々に向け言った。


「神薙会は壊滅したぁ! 幹部の神城ぉ、出てこいや」


 やっぱりヤクザだった。禁煙なのに煙草を吹かしてずんずんこちらへ向かってくる。傍にいた母親が青ざめた顔をしていた。あんた、いつの間にヤクザの幹部になんかなったの。


「あ、あれは、神薙会直系、本条組の本条修司!? あの伝説の男が、何故ここに……!?」


 随分詳しいな。そこまでずぶずぶだったのかよ、と呆れながら聞いていたが、どうにもその名前には聞き覚えがあった。同時に、「本条組」という名前にも。


「神薙会」「本条組」「本条修司」。そして、「アウスハウネス神来会」……。ピンときた。思い出した。思い出して、愕然とした。


 この世界は、現代ファンタジーの世界じゃない。ヤクザゲーの世界だ。


 本条修司が主人公だった。彼がヤクザの世界で快刀乱麻に悪を断つ、痛快なゲームである。しかし、その中でアウスハウネスなんて言葉は……。


 いや、あった。そうだ、サブクエストで出てくるちんけなカルト教団がそんな名前だったはずだ。だがそれは木っ端も木っ端のおふざけ団体であって、魔術と称して殴りかかってくるギャグみたいな連中だったはずだ。とてもここまで組織力を持つような団体ではなかったはずだが。


「あ、俺か。俺かあ……」


 俺が本当に力を持っちゃっていたから、ここまで大きくなったのだ。やったな俺。原作破壊という転生主人公みたいなことをやっていたぞ。全然嬉しくないけどな。


「てめえら何もんだ! ここは神聖な場所だぞ! 踏み込むって事は神罰とおぶべっ!?」

「グダグダうるせえっ!」


 おお、流石はヤクザ。信者にあんなチンピラみたいな奴いたっけ? という風貌の奴を、一発で伸してしまった。


 信者達はぎゃあぎゃあ騒ぎながら逃げていく。しかしその中で果敢にも戦おうとするものもいる。信者用の真っ白な服装に、刀と銃と鎖鎌に青竜刀と……って待て待て。なんでそんなものを持っているんだ。


「くくく……! い、いくら本条修司とは言え、私の揃えた部下達に勝てるわけがない……! 大枚叩いて神薙会に名を連ねた甲斐があったというもの……!」


 母親がびくつきながら汚い笑いを溢していた。あんたのせいかよ。


「死ねい邪教徒! 神の子の名の下、地獄に落ちやがれ!」

「うひひ……! 人殺しっ! 人が殺せるっ! 神の子遠矢様、貴方に感謝をぉおおおお!」

「死ねえええええ! 人を殺して私は遠矢様とお近づきになるんだあああああ!」


 そんな事を言われても困る。というか明らかな危険人物ばかり集めてやがる。まだ逃げている人もいるのにバンバンお構いなくぶっ放していやがるよ。ここ本当に日本か? ああ、ヤクザゲーの日本だったわ。


「しゃらくせえ! 政! 殺さねえ程度に殺してこい! 将基! 俺に付いてこい。幹部を逃がすんじゃねえぞ」

「うす!」

「了解!」


 バンバン銃弾が飛び交うというのに、白スーツが赤スーツを伴ってこちらに走ってくる。本当に人間か? 素手で銃と刀相手に立ち向かっていやがる。


「うわああああ!? 何だこいつらっ!? ぎゃあっ!」

「ひっっ、ひ、ひいっ! 俺には神のご加護があぶぎゃあっ!?」

「オラッ! オラッ! 邪魔だお前らっ!」

「堅気がそんな危ねえもん持ってんじゃねえよ! オラァッ!」


 なんか……なんかオーラっぽいのまで見えているぞ。本当に人間か? 何発か食らってるのにちょっと痛がる素振りを見せるだけで、全然倒れる様子がない。もはや人ではなく、種族ヤクザだ。


「クソッ! 使えない奴等め……! 遠矢様! こちらに! 奴等は邪悪な悪魔そのもの! 私と共に逃げるのです!」


 そう言って母親はぐいぐい俺を引っ張るが、しかしもうすぐにまでヤクザさん達は来ているのだ。周囲に控えるチンピラ染みた信者の人達を殴り飛ばし、彼らは壇上に上り、俺達と相対した。


「てめえが神城真理子か……。で、そっちが神の子って奴か? まだガキじゃねえか。……ってお前、口が……」

「兄貴ぃ……! このアマ、自分の子供を……!」


 二人は驚いた顔で俺の顔を見つめている。そう、余計なことを言えないよう、俺の口は縫い止められてしまっているのだ。あくまで比喩である。実際にはアレな事になっちゃってる。舌がねえんだよ。だから喋れないんだ。皮膚も引き攣っちゃって、笑えやしない。


「てめえ……! 何処まで腐ってやがる……! 自分の子供を……!」

「子供!? 所詮は邪教徒の声よ! このお方は私の子供ではない。神の子よ! それなのに、肉としての意識があるものだから、私は神に近づけてあげたの。私は懸命に努力をしたのよ!」


 その努力とは、もしかして酒をかっ食らう事ですかね? それとも信者の少年に乱暴すること? 或いは信者を騙くらかして、何の効果もない石を高値で売りさばいていることか。


 いかん。候補が多すぎて一つに絞り込めん。まあそれだけクズなのが俺の母親ってこと。泣けてくるね?


 母親は二人のやくざに追い詰められて、じりじりと後ずさりしつつ、俺の腕をとった。彼女は耳元でがなり立てた。


「神の子! 私の言葉に応えてちょうだい! 今すぐ、こんな奴らを殺すのよ!」


 いやだ。俺は首を振る。どう考えたってあんたはここで死んだほうがいい。しかし母親は毎度のことながら言うのだよ。ご丁寧に、背中にスタンガンまで押し付けて。


「言うことを聞かないと、また痛くするからね! お前は私の言うことだけを聞いていればいいんだよ!」


 ああ、本当に、仕方がないんだから。


「っ……!? な、なんですかいこいつぁ……。まさか、本当に、魔術とやらを……!?」

「……眉唾だと思っていたが、しかしこうして見せられちゃあな……!」


 高く上げた両掌に、魔力を収束させていく。起こすのは風。しかし、掌大に圧縮した大嵐は、この二人どころかこの場所そのものを難なく吹き飛ばすだろう。


「あ、ははははは! ど、どうだい。これが、神の力! さあ、やってしまいなさい!」


 生まれ落ちたのも仕方がなくて、こうなってしまったのも仕方がない。すべては偶然か運命か、どちらにせよ俺にできることは何一つとしてなかった。すべてはこの女の思う儘、俺の人生は操作されてきたんだ。


 だからさあ、そんなに睨みつけるなよ。少しは俺のこと、可哀想だと思ってくれていいんだぜ。まだ十四のガキなんだからさ。


「……てめえ」

「あ、兄貴!?」


 白スーツが、なぜか知らんが俺に向かって進み出た。逃げたほうがいいと首を振って示すが、しかし眉間に皺が寄った凶悪な顔は止まらない。ずんずんと進んできて、俺の右腕を掴み、言った。


「てめえ、諦めてんじゃねえよ! 自分の人生だろうが。なに、他人の好き勝手にさせてんだよ!」


 …………。


「てめえに何があったか、俺は分からねえ。だけどなあ、なんだよその目は。てめえ、嫌だ嫌だって思ってることは分かってるんだよ。だったら動けよ。今が、最大のチャンスだろうが。今しか、動くときはないだろうが!」

「ああもう……兄貴、相手は恐らく、子供ん時から虐待されてきたガキですぜ? いくら何でも厳しすぎますよ……」

「だからどうしたよ。こいつは男だぜ。もう少しで諦めかけていたが、まだ、諦めちゃいねえんだろ? 目に炎が見える。……男なら、戦いな! 神だのなんだの知らねえと、そこのアマに教えてやりな!」


 …………まったく、無茶を言ってくれる。


 そうだ、思い出した。本条修司とは、こういう男だった。昔気質で、苛烈で、滅茶苦茶で、男であることにこだわり続ける、はっきり言って面倒くさいキャラクターだった。


 でも、どうしてだろうか。今の俺には、その姿がとてもまぶしく見えるのだ。


「はっ! 何を、戯言を……。神の子よ! 奴らに制裁を……!? な、なぜ私の方を向いて、何故洗脳が、あ、ぎゃあああああっ!?」


 俺は振り返り、腕を下した。極小の嵐は、人体を天井へと吹き飛ばした。


「ぼ、ご」と溜息を吐く。ばくばくと心臓が荒く鳴っている。やれた。出来たんだ。俺は母親を、この手で吹き飛ばすことができた。


 つかつかと靴の音が隣に立って、俺の頭に掌が乗せられた。


「やるじゃねえか。これでお前も、正真正銘、男だよ」


 俺はにやりと笑った。笑みにならない笑みを自然に浮かべようとするほど、俺は嬉しかった。


 黄スーツの人もばったばったと信者達を薙ぎ倒し終えたようで、俺達は簀巻きの母親を伴って、外へと逃げようとした。が、その前に立ちはだかってくる者がいた。


「おうおうおう! 本条ぉ……てめえ、ナマやってんじゃねえぞオラァッ!」

「てめえは……神薙会の、隆二ッ!」


 ぞろぞろと黒服ヤクザ共を連れて現れたのは、顔面に大きな刀傷を負った一人の男。いや、あの、なんでRPGなんか背負ってるんですかね? ここ本当に日本か?


「チッ……あいつを相手するには骨の一本は覚悟しなきゃならねえな。突っ込むぞてめえら。おいガキ、後ろ付いてこい」


 いやいやRPG相手に骨折れる程度で済むわけないでしょうが。こいつ本当に人間か? とてもじゃないが、突っ切ってなんとかなる自信はない。俺はあんた達種族ヤクザじゃなくて、身体的には一般人なのだ。


 なので、魔術を使います。


「ッ!? な、なんだァッ!? う、うわあッ!?」

「な、何が起こってるんだ……!? 急に、銃に花が生えて……?」


 銃じゃなくてロケットランチャーでしょうが。と言う突っ込みは置いといて、指先に力を集中させる。これこそ魔術である。花や木に元気をあげる魔術、なんてあの母親が適当こいていた奴をイメージの元にして、独自に発展させた魔術だ。


 その名も、名前を……まあいいや。これだけじゃ芸がないしな。


「ぎ、ぎゃあッ!? なんだこのガキッ!? 腕から、炎ッ!?」

「ギャアアアアッ!? こっちは、雷ィッ! く、くそ、なんだってんだこりゃあッ!」


 指先の動きに合わせ、虚空から数多の自然現象が発生する。これでヤクザも何のその、と言いたいが、何で炎や雷を食らって叫び声を上げられるんだろうか。普通気絶して立ってられないと思うのだが。


「へえ……やるね、そこの子。兄貴、隙が出来ましたよ。このまま行きましょう」

「そうだな、政。……じゃあな、隆二。精々、ポリ公に魔術を使われたとでも言っておくんだな」

「て、めえ……! 待ちやがれェ……!」


 隆二と呼ばれた男は、雷に苛まれながらも、苦し紛れに懐から銃を放った。何でまだ動けるんだよ。と一瞬呆れてすぐにヤバいと思った。射線上には本条が居て、咄嗟のことに魔術の行使も出来なくて。


「オラァッ!」


 バキンと、銃弾がヤクザキックに弾かれた。ええ……。


「へへッ、見たか? 兄貴のパリィ。流石だよなあ」


 赤スーツが自慢するように言う。あのさあ、普通の人間はパリィなんて出来ないんだって。


 そんなこんなで、俺達は無事に脱出した。表門の方には既に喧しいほどのサイレンが鳴っていて、教団の終わりを予感させていた。




「……で、なんで居るんだ?」

「だ、だってぇ……兄貴ぃ……」

「だってじゃねえだろ将基」


 東京都劉両区は名立町、その片隅に立つオンボロビルの二階こそ、本条修司が居を構える本条組の本部である。そこには白スーツの本条修司に、赤スーツの藤堂将基、黄スーツの安治政奈が属している。しかし今この場にはもう一人、似つかわしくない顔がいた。


「でも遠矢君も行き場所がないんでしょう? だったらここに置いてあげましょうよ兄貴。ね? 別にこんな所、家賃を取るまでもないでしょう」

「政……お前までか……。そんなに、そいつが気に入ったか」


 本条が困ったように見つめる先には、一人の少年がソファに座ってジュースを飲みながら菓子を食べていた。全て彼の部下である二人がやったことである。その要望は傾国の美少年の如く美しく、外されぬ布製のマスクも神秘感を演出している……。


 というか、俺である。神城遠矢である。教団が警察の捜査やら裏社会でのごたごたにより壊滅してから早数日、俺はこのオンボロビルに押しかけていた。


 事務所然として閑散とした部屋の光景は見覚えがあり、その中に立ち歩く人々の姿にも見覚えがあった。本条兄貴の部下二人、一方は髭面の極悪人顔、もう一方は切れ長の目をした女スパイもかくやといった風貌にもかかわらず、やけに甲斐甲斐しく世話をしてくれている。


「いやあ、弟ができたらこんな感じなんすかねえ。俺一人っ子だったから弟がずっと欲しかったんすよ。ねえいいでしょう兄貴ぃ。遠矢君もここに居たいって言ってますぜ」

「てめえの弟が欲しかったらてめえのお袋に頼みな」

「やだなあ兄貴ぃ。お袋はもう閉経しちまってますぜ。それに、高齢出産は母子ともにリスクが高いんでさあ」

「……お前、無駄に……まあいい」


 はあ、と呆れ果てたように本条は溜息を吐く。勝手にしろ、と横顔で語っているかのようだ。俺は懐のメモ帳にペンを走らせ、書き終えたそれを本条兄貴に見せた。


「ああ? ……『教団の隠し口座の暗証番号を知っていますよ』? その総資産は……万、百万、千万っ、憶っ、十ぅっ、ひ、百憶……!?」

「うっそまじですか!? そんなにあったらこんなオンボロビルをぶち壊して新築三階建て地下室付き建てられるじゃないですか! 可愛いだけじゃなくてお金まで……! 兄貴ぃ! 私、遠矢君と結婚してよかですか!?」

「馬鹿言うんじゃねえよ! ガキの金に誰が手を付けるって……ん? なに、『暗証番号は他にも知ってるやつがいるから、今引き出さないと全部奪われる』だと!? そして、『妨害も当然出てくるだろうし、もし全額引き出せたら、半分をくれてやる』だとぉ!?」

「こうしちゃいられませんよ兄貴ぃ! こいつは大きなヤマですぜ。すぐに準備に取り掛からねえと!」

「お、おう……。そうだな……。もともと汚い金を、別のやつが奪うってんなら、少しは人さまの役に立つようにしてやろうか。行くぞお前らぁ!」


 そのお前らの中には、言葉にはしないが俺も含まれているようで、物言えぬ俺のため、余計に紙とペンとを持って出ていくのである。なんとも不器用で、しかし男らしい姿であった。


「そう言えば」と、政奈さんが新聞紙を取り出して言った。「あのアマ。何か知りませんが、留置所で死んだらしいですよ。発狂死だそうで、訳分からんこと言いながら首取れるまで頭を壁に打ち付けたそうで。いやあ因果応報ってのもあるものですね」

「あの、政さん……そいつの息子君がここに居るんすがねえ……。ちょっとは配慮を……」

「あ、え? あ、そうだった! いやあ、あんな女が遠矢君の母親だと思いたくなくってね!? ごめんね!?」


 俺は『気にしなくて良い』とメモに書いて見せた。そう、別に気にしなくて良いのだ。そんな事は、新聞に載る前から知っている。


 別に、直接手を下したわけではない。ただ、教団の不正が暴かれて、積もり積もった怨念が渦巻いているのを、ちょっと導いてあげただけだ。彼らの思いは、所詮思いに過ぎない。それで何か魔術が発生するわけでは無いのだ。


 ただ……自分がやったことが、そのまま返ってきただけだ。何百、何千の怨念を直接脳内に浴びせられて、どんな思いをしたのだろうか。知りたくもないし、気にもならない。因果応報、それだけだ。


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